日直の日

ホームルームが終わり放課後になってしまえば、生徒は大体自由だ。そんなことを言えば課題が、テストが、部活がどうだと言った意見が飛んできそうだが、それを含めてどのように時間を使うのか考えられる自由である。上手く時間を使いこなして、最強の自分を作ろう!

「何言ってるんですか?」

本当にな。疲れが溜まっているせいか、思考がおかしくなっている。

早く帰りたい。

そう思っている人間が多数なのだろう。自らの所属するクラス大半の人間は、教室から出て行くという自由を選んだ。視線の先には、蜜柑を食べている如月だけがいる。

「帰ってから食べればいいのに」

「これは学校用ですので」

「……はぁ?」

そんなことを言っている場合じゃない。日誌だ。これを書き上げて担任へと提出しなければ、帰ることが出来ない。授業やHRについては書くことが出来たが、最後のまとめの欄がどうしても書き出せないまま。行事があった日ならいくらでも書くことはあるんだろうが、今日はごく一般的な授業が延々と続いただけ。同じような日程を担当した人間は、大体所属している部活動の状況で締めくくっている。帰宅部の自分は、なにで締めくくればいいのか。卑怯だと思うが。不本意ではあるが。普段の言動からすると考えられないが。

「なぁ、如月」

思いつく気配がまったくないので、助けてほしい。

「北斗さんに好きな人はいないんですか?」

「なんで?」

どうして今、そんな質問を飛ばそうと思ったのかがまったく分からない。向こうもどうして分からないのかとでも言いたげな顔をしているが、そっちはなにが分からないんだ。

「部活動の話がダメだとしても、あなたには読書という立派な趣味があります」

その発想は無かった。昨夜読み終わったばかりの小説が頭をよぎる。アレなら社会問題とも絡められないこともないし、題材としては悪くない。書き出しが決まれば、あとは書き切るだけだ。いける、帰れる。

「ありがとう、如月」

「いえ。それよりも、質問に答えてください」

言葉に少々の棘が混じってきた。

「いない。なんでそんなこと聞くんだよ?」

思考を読めば、好きな人がいるかいないかなんて分かりそうなものなのに。やっぱり俺のこと好きなの?

そんな思考で茶化そうとした途端、苛ついていることを隠すこともなくため息を吐かれた。

「思考を読んでも、分からないことはあります。今までの交流で、分からなかったので聞きました」

いつもの無味乾燥な口調はどこへやら。早口でまくし立てるような口調に、思わず日誌から顔を上げる。彼女は真剣な表情で、こちらを見つめていた。

「今日のお前、どうしたんだよ?」

「とある出来事により、気が立っています。ただでさえ付き纏わられて迷惑しているあなたに怒りなんて感情をぶつけて、大変申し訳なく思っていますが止められません」

あまりにも冷静な自己分析に、思わず吹き出してしまいそうなのを必死に堪える。こちらこそすまない。必死なお前を、笑ってしまって。それは構わないとでも言うように、彼女は首を横に振った。

「では、話を元に戻します」

「どうぞ」

「私はあなたと出会うことで、大衆の中での静寂を知りました。それは、ひどく心地良い。出来れば、手離したくない」

普段と比べると何倍も感情のこもった切ない声で、勘違いしてしまいそうな愛しい言葉をかけられる。一瞬、息が詰まった。

「ですが、そうはいかないことくらい分かっています。もしも北斗さんに好きな人がいるのならば、私が側にいるわけにはいきません」

「離れるつもりがあるのかよ?」

彼女の真剣な表情から、はぁと間抜けな声が溢れる。

「すごい台詞ですね」

言われてから振り返ると、本当にすごい台詞だ。どこの恋愛ゲームの俺様キャラだよ。自分の語彙に、そんな台詞があったことが驚きだ。

「だけど、間違ってないだろ?」

「そうですね。私から離れることは、ないと言っていいでしょう」

日常の延長線上に、恋愛ゲームのクライマックスのような台詞が続く。こんな台詞、まさか現実で聞くとは思わなかった。

「この世界は、ルートの固定されたゲームではありません。ですから、先に言っておきます。私が本当に不都合になった時は、早い段階で言ってください。元の生活に戻るなら、早い方がいいので」

そこまでを言い切り、彼女は口を閉ざした。ゲームならば、クライマックスの一番盛り上がる場面で交わされる会話だろう。好感度ゲージはMAXの、卒業間近。一番愛に溢れているエンディング。

「なんか」

言うべきか迷ったが、どうせ思考は読まれている。

「スッゲー重たい」

「そうなんですよね。私の存在が、既に不都合なんですよ」

いつの間にか、無表情、無感情な声色に戻っている。自分でそこまで言わなくてもいいだろ。

「少なくとも、この日誌はお前のおかげで書き上げられた。提出してくる」

「この状況で書いてたんですか」

「書かないと押し潰される重さだったからな。ほら、帰るぞ」

机から立ち上がり、日誌とは逆の手で鞄を手にする。

「それだけ重いと言っておきながら、一緒に帰ってくれるんですか」

背中に聞こえた声を、鼻で笑い飛ばす。

「俺は紳士だからな」

小さいが聞こえた笑い声。後ろにきちんと気配があることを確認して、教室を後にした。

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