蜜柑ゼリーの日
蜜柑ゼリーの入った袋を、彼女に手渡す。なんですか、と目が問いかけてくる。
「いらなかったら、捨ててくれて構わない」
瞬間、彼女は首を横に振る。嬉しそうな顔を浮かべているので、いらないわけではないのだろう。
「ありがとうございます。蜜柑関係のものは大抵好みのものなので、嬉しいです」
それなら良かった。早速フタを開けて、ゼリーの中にある蜜柑を口にしている。目につく位置に蜜柑ゼリーのあったコンビニに感謝だ。
「じゃあ、今度は蜜柑のケーキがある店にでも行こうか」
そう声をかければ、驚いたように目を見開いている。そんなに驚くことか?
「そんなこと、言っていいんですか。私、あなたと一緒の外出なら、きっと落ち着いて楽しんでしまう」
「いや。それは、いいことなんじゃないのか?」
「街中にいても、人々の声が聞こえない。とても素晴らしいことです。ああ、それなら久しぶりに映画が見たいです。今は何が公開されているんでしょう? 北斗さんには、見たい作品ありますか?」
本当に楽しみにしているらしい。蜜柑のケーキがある場所すら知らないで適当に言ったとは、言えなかった。
「今度のテストが終わってから行きましょう。お金なら、心配いりません」
そんな言葉は聞こえないと言うように、行くことがほぼ決定して行く。いや、別にいいんだけど。
「流石の俺も、女子に奢ってもらわなきゃいけないほど困窮してない」
「そうですか、流石ですね」
「で、一応聞いていいか?」
「はい、なんでしょう」
「結局俺は、お前の能力をほぼ遮断出来るってことでいいのか?」
「あれ、言いませんでしたっけ」
言われましたけど。
「その時は雑に流した」
この前も、雑に聞いてしまった。
「そうでしたね。いい機会です。詳しくお話ししましょう」
彼女は蜜柑ゼリーを1個食べ終わったのを機に、ルーズリーフとペンを取り出した。これから説明をしてくれるらしい。味が良かったのか、機嫌が良いようだ。3つほど買ってて良かった。減りが早い。
「さて」
「はい」
「私の能力は、普段は読んでいるとは言っているものの、人が考えていることが自然と分かってしまうものです。脳に直接入ってくる方が近いということは、この前説明しましたね?」
「ああ、それは聞いた」
「そして、あなたの半径2メートル内に入ればあなたの思考以外は聞こえなくなる。これは事実です」
そこまでは、俺も知っている。っていうか、それ以上あるの?
「この2メートルは、北斗さんの距離です」
「俺の距離?」
「この距離、人によります」
「……それは初耳だ」
かなり重要な話である。
「50メートル、100メートル離れていても聞こえてくるような思考の方もいますし、北斗さんのようにほぼゼロ距離じゃなければ聞こえない人もいます」
「そんなものなんだ」
「はい、基準は分かりませんけどね」
確かめようがないし、そういうものなんだろう。しかし、てっきり誰も彼もが2メートルなんだと思っていた。それは、思っていたよりも騒がしいだろうな。
「もう慣れましたから。さて、以上です」
「あっ、以上でしたか」
勢いよく説明を始めたわりに、あっさりとした説明だった。結局、ルーズリーフもペンも使われなかったし。
「ところで、外出の話なんですけど」
本当に行きたいんだな。あぁ、こっちで使うのか。なんか既に色々書き込んである。
「お前が行きたいところでいいよ。日程も出来るだけ合わせる」
「なんという至れり尽くせり! それじゃあ、テストが終わってすぐに最適なプランを組み立てますね、北斗さんにもそれを見てもらって、詳しく決めましょう」
「そんなに大ごとにしなくても」
そうは言っているが、前回の悪い顔よりも深く、本当に楽しそうな笑みを浮かべている彼女を見ていると、自分も少々楽しみになってきてしまった。
「楽しみにしてる」
「はい、私もです」
○
スマートフォンのアプリでラジオを流しながら、音楽プレーヤーから音楽を流す。最後にテレビを点けて、そのまま5分。もう少し音を増やすべきだろうかと思ったが、鳴らし始めた瞬間からうるさい。5分もしないうちに、頭がガンガンと悲鳴を上げ始めた。彼女はこれを超える音を、ほば四六時中、否が応でも聞かされているのだ。自分だったら耐えられない。彼女は平然としているように見えるが、アレはそうであると演じている姿なのだろうか。それとも、いつからか感覚が麻痺してしまったのか。どちらにせよ、俺には理解出来ないのだろう。
理解したいというわけではない。それでも、色々知ってしまった手前、引くわけにはいかないような気がしているのも確かだ。まあ、悪い方向に行かなければいい。なるようになれ、だ。
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