蜜柑の日

目の前の女子高校生は、蜜柑の皮を剥いている。綺麗な剥き方だ。普段から食べ慣れているのかもしれない。

「剥き方を褒められるとは思いもしませんでした。いります?」

彼女は、目線で机の上を示した。机の上には、彼女が持参した蜜柑がまだ3つ置かれている。

「いや、いい」

「そうですか」

興味無さそうに、白い蜜柑のひと房を口の中へと持っていった。美味しいのだろう、若干口元に笑みが浮かんでいる。

「浮かんでますか」

「そうだな、浮かんでる」

「蜜柑が美味しいからですかね」

「缶詰の奴をタッパに入れてるとかならともかく、皮がついたのを持って来る奴は初めて見た」

「蜜柑がお昼ご飯だと言う方を、見たことがありますよ」

「……なんでそんなことを」

「家に蜜柑しかなかったのかもしれません」

「それはまた、過酷な生活だな」

「実際のところは、どうだったか知りませんけど」

そう言って、最後のひと房を口に含んだ。やはり笑みは浮かんでいる。

「ところで」

彼女が2つ目の蜜柑に手を出したところで、話題を転換させる。

「なんでしょう?」

「思考を読むって、耳に入ってくる感じ? それとも、脳に直接入ってくるの?」

皮を剥きながら、彼女は考えているようだった。皮を剥き終わり、ひと房、ふた房を口にする。もう1つを手に取った後、再び口を開いた。

「脳に直接、というのが近いです」

「近い?」

「はい。私としてはもう『こういうもの』だと思っているので感覚は伝えにくいのですが、強いて言えばその方が近い表現だと思いました」

「一般の人間でいう、呼吸の仕方を説明しろって感じか?」

「呼吸?」

「当たり前過ぎて、説明する方が難しいってこと」

「ああ、そうかもしれません。それに、人に説明したところで、伝わるとは思えませんから」

それもそうだ。聞くだけ無意味だったかもしれない。

「無意味でした?」

「興味深い話だった」

多分、そんな気がする。

「嘘つきですね」

そう言われても、否定は出来ない。

「聞きながら思ったんだけど」

「はい」

「普段は兎も角、テストの時とかカンニングし放題じゃん」

彼女は、気付いちゃいましたか、とでも言いたげに目を細めた。悪そうな顔だ。

「ふふ、気付いちゃいましたか」

口調も、どことなくいたずらっ子のようである。決してバレないズルをしていると白状しているのだから、そんな風にも見えるか。

「尤も、そんなに大胆には出来ませんよ。自分が理解していなければ、誰かの思考を読んだところで、計算なんか出来ませんし」

「暗記物は?」

「目の前が記憶の得意な方なので、とても助かっています」

先ほど蜜柑を食べていた時よりも、笑みが深くなっている。いいのか、それで。

「ああ、ゲームなんかも得意ですよ。まあ最近は誘われることがないのでやりませんが。してみます? ババ抜き」

彼女が鞄からトランプを出すのを見て、思わず笑ってしまった。用意周到過ぎる。勝てるわけがない。

「条件が悪過ぎる」

対人戦では、手札を知るよりも有効な手だろう。どうやったって、ジョーカーの位置を意識しないわけにはいかない。そう考えると、ちょっと羨ましく思えてきた。上手く使えば、かなり人生が有利になるんじゃないだろうか。

「そうは言っても、この能力を欲しいとは思わないでしょう?」

彼女は、からからと笑った。楽しそうに聞こえたけれど、どこかに諦めを含んでいるようにも思える。

「そうだな」

彼女にとってのそれは、欲しがるものではなかったのだ。俺は、自らの軽率な思考を恥じています。

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