呪いのノートの日

「呪いのノートを手に入れました」

「……はぁ」

咄嗟に反応が返せなかった。呪いのノートを手に入れたと言われても、「はいそうですか」以外の何を言えば良いのだろう。彼女が嘘をつくとは思わないが、突拍子も無いことを言いそうな気はしていた。そしてそれが現実になったので、反応に困ってしまう。

「失礼ですね」

「だって、ファンタジーにもほどがあるだろ」

「これが実際のノートです」

そういって机の上に置かれたのは、一般的なメーカーのノートだった。自分も使っているので、本当に普遍的なものだと思う。表紙にも裏表紙にも、名前や教科名は書かれていない。上部から見える白い紙部分から、使われている様子は伺える。とは言っても、パッと見では呪いのノートには思えない。

「開いて見てください」

言われた通り、ノートを開く。絶句した。中には、何Bの鉛筆を使ったのだというくらい太い黒鉛の字で、1人の名前が延々と記されていたのだ。思わず変な声を上げて、ノートを投げてしまった。彼女はそれを、丁寧に拾い上げる。

「なに、それ」

手が震えている。心なしか、気分も悪くなって来た。

「これは、呪いのノートです」

「いや、それは分かったけど」

「丁寧に扱ってくださいよ。落し物ということで、後で届けるんですから」

「中々にチャレンジャーだな!?」

この中身を見られた可能性があるなんて本人が知ったら、どうするか分からない。

「ちょうど教室にいるわけだし、机の中にでも入れておけばいいのに」

「私ですから、おそらく中身を見るまでもなく、思考で知られていると彼女なら判断してくれるでしょう。それに、こういうのは本人に届けた方が安全じゃないですか」

そういうものだろうか。

「そういうものです、多分」

そして、彼女ということは、これを作った人間は女子なのか。知りたくなかった。

「それより、なんで俺に見せたんだよ、怖がらせるためか?」

「いえ、北斗さんがそこまで怯えるのは想定外でした。申し訳ありません」

本当に予想外だったようで、彼女は俯いてしまった。別に俯かないでもいいから、出来れば事情を話してほしい。

彼女は、すぐに顔を上げた。

「事情を話すのは構いませんが、これは私が聞いた限りのことを繋ぎ合せただけです。事実とは異なる部分が必ずありますが、よろしいですか?」

怖いものは、最後まで知って実は怖くないものと思い込みたいものだ。中途半端に知ってしまった今、引き下がるわけにはいかない。

「じゃあまず、なんで俺にこれを見せたんだ?」

「1人では呪われそうだったので、共有したかったのです」

酷い理由だった。

「俺まで呪われたらどうするんだよ」

「呪いの原理は分かりませんが、2人で見ればきっと半分呪われる程度で済みますよ」

「ぜ、絶対そんなもんじゃないだろ!」

彼女は、少しだけ考える素振りを見せた。ちらりとこちらを見やったので、きっと脳内では素振りじゃありませんと否定しているのだろう。睨まれても怖くはない。ため息の後、彼女は口を開いた。

「まあ、一般人である彼女に呪いが使えるとは思いませんし、呪われるとしてもこの名前が書かれている人物だけでしょう。きっと大丈夫ですよ。さて、次に進みましょう」

大丈夫だろうと無かろうと、呪いに対抗できるはずもないので、仕方なく次へ進む。

「そもそも、このノートの持ち主である人間の事情は、思考を読んで知ってたんだろ? なんで拾っちゃったんだよ」

「ノートが廊下に落ちていれば、思わず拾ってしまうでしょう」

「開くか?」

「表紙の裏に名前を書く方もいます」

そんな人間、自分には思い浮かばないが、断言するということは確かに存在しているんだろう。このノートが登場してから、ずっと腑に落ちない。

「じゃあ本題だ。このノートはどんな事情で作られたんだ?」

「嫉妬です」

「嫉妬」

「攻撃の矛先がノートに向いてしまった結果です」

「怖すぎる」

「人に向かなかっただけ良いと思いましょう。こういうのはヤンデレに分類されるんですか? それともメンヘラ?」

「そういうのは自分、専門外なんで」

「そうですか。私にも分からないので、謎のままですね」

怖いのは確かだが、出来た経緯があっさりしていたことに拍子抜けした。ここまで伸ばしたのだから、複雑な事情があるものと思っていたのに。

「事件じゃないんですから、そんなバックホーンはありませんよ」

彼女が薄っすら笑みを見せた時、教室の扉が開かれる音がした。見ると、息を切らした女子生徒が、こちらを絶望の眼差しで見ている。彼女は小走りで駆け寄り、そして机の上にあるノートを手に取った。

「……見た?」

背筋に悪寒が走る。どう答えるべきか。迷っているということはもう見たということの証明でもあるのだが、素直に言ったところで。

「見ました。ごめんなさい」

そんな言い訳が脳内で展開されるのを知っている彼女は、素直に白状して頭を下げた。

「……ごめんなさい」

同じように、自分も頭を下げる。

「……誰にも言わないで」

彼女は小さく呟くと、そのまま教室を後にした。顔を上げ、如月と目を合わせる。俺は思わず、ため息を吐いた。

「……言えるはずないよなぁ」

しかし彼女は様子が違っており、どこか恍惚とした表情を浮かべている。今のどこに、そんな要素があったというのか。

「不思議な気分です。人が入ってくるのを予測出来ないって」

「それは良かったですね」

「はい、とっても!」

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