第29話 素晴らしいその後

 それから数か月間は巡るましく世の中が変わった。

 まず『物』がいなくなった。

 そして次々と国家貢献センターが閉鎖されていった。

 衛兵隊が廃止され、衛兵将校は公職に就く事を禁止された。

 衛兵下士官と衛兵は全員解雇になった。

 渡辺国守書記長が逮捕された。

 それに伴い東日本と日本共和国の合併が発表され、首相は東日本首相が継続しておこない、副首相を今回の一斉蜂起の首謀者、日本共和国の元第一師団長がおこなう事になった。

 東西の人の交流がおこなわれる様になった。

 そして陸軍、海軍、空軍、衛兵各士官学校の生徒三年生は短大卒業の資格か東日本の指定された大学への編入、二年生、一年生も指定された大学への入学が無料、無条件でできる資格をもらえる事となった。

 私は迷わず法学部への入学を希望した。

 今、不当とも思える逮捕、取り調べを受けている一番救わなければいけない人を救う為。

 渡辺国守と衛兵将校は戦死した者以外、全員逮捕された。

 人道に反する罪の容疑者として。

 そして『物』から人に戻った人達の復讐が始まった。


 

 まずはA級犯罪者(国家として残酷な事をしていた罪)の裁判が始まった。

 この裁判をするにあたって国家貢献指導、国家貢献活動等の国家貢献法が違法と判断され、その状態の下日本共和国法で裁判をおこなう事が元共和国最高裁から言い渡された。

 新聞に載ったA級犯罪者の二十八名の中に、上月由梨那衛兵中尉の名前があった。

 裁判は傍聴人無し、一審制の共和国軍法でおこなわれる事となった。

 そしてそれを裁く十三人の判事だが、半分以上の八人が元『物』の法律関係者だった。



「おーい山本君、お客さんだよ」

 師団の兵隊さんが連れてきてくれた。

 結局衛兵隊学生は捕虜になった全員が復員となり、ある者は短大卒の資格証書をもらい就職活動を、またある者は衛兵士官学校臨時卒業証書をもらい四月から始まる学校に向けての準備をする為に実家や学校の近くへの引っ越しを始めた。

 私も大学に編入が許可され指定された千葉県自由大学への入学が決まっていたが、他の学生達とは違って一般家庭出身で家も妹の治療費の為に売ってしまい帰る所が無い、バイトが決まるまで住まわせてもらえないかと師団の兵隊さんに話したら大層同情してくれて、ばれるまで使っていて良い事になった

 電気も水道も使っているし、たまに駐車場を歩いている時に当直の士官と目が合うし、毎日校門の所で歩哨と会い、立ち話までしているので確実にばれていると思うのだがみんな知らん顔をしてくれて、更に三食食堂で食べさせてもらいバイトを始めてからも誰も出て行く様にと言わなかったので、今現在も甘えさせて頂いている。

 そんなある日の事だった。

「捜しましたよ、まさかここにいるとは思いませんでした」

 師団の兵隊さんが連れてきた人が名刺を差し出し言う。

「私は上月由梨那さんの弁護を担当している弁護士の青木と言います」

 久しぶりに自分の頭の中と新聞以外で聞く名前だった。

 部屋の中に案内してお茶を入れる私の手は震えていた。


「新聞で既に報じられた通り、上月さんは死刑が求刑されています。しかし調べを進めているとどうもおかしな話がたくさん出てきました」

 まさか、

「上月さんが殺していた『物』はみんな死がほぼ確定していた人達ばかり、それに噂とは違い『物』にずいぶん良く接していた様で『物』だった人達からかなりの証言が取れました。そして脱東者の中には上月さんに助けられ逃げる事ができたと証言する人がいましたし、何より今回の一斉蜂起の時に共和国第七師団長が暗殺されて有利に自衛隊が進軍できたのは上月さんが流した情報のお蔭の様だそうです」

 これは多分高木だ。生きて帰れたか。

「私財を溜めていた様子も無く、大企業に取り入って贅沢をしていた様子も無い。これはおかしい、と思いましてね、調べたらあなたが上月さんの小隊で実習をしていたという事だったのでぜひその時の様子等お聞かせ頂きたいと思いまして伺いました次第です」

 やった、神はいた、ちゃんと見ていてくれた。

 私は知っている事を全て話した。

 国家反逆罪で捕まり仲間を助ける為に衛兵将校になった事、家の中は家具も殆ど無く質素で自分の事など気にせず『物』を救おうとし続けた事、そして国中の人達から嫌われようともそれを自分の信念として続けていた事。

 この惨めでかわいそうな女の子を救ってくれるかもしれない人に全てを話した。

「その様な事があったのですか。上月さんは自分の事をお話にならないから」

 弁護士さんは納得がいった様な顔をした。

「私も証言台に立たせてもらえませんか」

 面会が出来ない事は新聞で知っていた。ではせめて証言台に立たせてはもらえないだろうか。

 会いたい、無性に会いたい。

 しかし弁護士さんは、

「上月さんはそれを望んでいません」

 暗い顔をしてそう言った。

「なぜ?」

「自分は刑死するべきだ、とお考えの様です。あまりにも人を殺しすぎた、と。それに何も持っていないし、未来ある人に迷惑をかけたくないので、ともおっしゃっていました。どういう意味なのかお聞きしたのですが少し笑っただけで何もお話しにならなくて」

 確かに人はたくさん殺している。確かに学歴も、職歴も、財産も、お金も、家も、そして綺麗な体も全て失っている。

 しかし最後のは何だ。

 私の心配をしているのか、この期に及んで。少しは自分の心配もしてくれよ。

 涙が自然と出てきた。

 それでも私はあなたの事が大好きなのです。

 震えつつ泣いている私を見て、

「あなたの気持ちはよくわかりました。上月さんにも伝えても宜しいですか」

「はい、ぜひお願いします」

 伝わる事を願いつつ、弁護士さんを力強く見つめ思いを託した。



 季節は春が近づきつつあり、少しずつ暖かくなってきた。

 私は衛兵士官学校の寮を出て大学の近くにアパートを借りた。

 初めて東日本で生活をしてみて思ったのだが、日本共和国が再三言ってきた様な貧しく暗い国では無い。

 貧富の差が有り、老人も多く、ニュースでは若者の減少、ニート化問題を問題として報じている。医療費も年々上がっていて政府の借金も多い様だが、むしろ自由で明るい国の様な気がした。合併した後は西日本もこうなるのだろうか。



 ついにこの日がやってきた。

 バイトから帰ってきてアパートのカギを開け、居間に正座し夕刊を見る。

 待ちわびていた夕刊。

 そこには今日おこなわれた裁判の結果が載っている。

 二十八人のA級犯罪者の中で、二十六人が死刑、一人が無期懲役、一人が精神疾患の為医療刑務所送致となったそうだ。

 二人殺されなくて済む。

 それの詳細が今日の夕刊に発表されると聞き、コンビニで買ってきた。

 その二人の内の一人はどうか上月さんであってくれ、と願いつつ。

 心臓が緊張で痛む、喉が渇く、手から血の気が引いていく。

 震える手で新聞をめくる。

《死刑 渡辺国守》

 大きな顔写真と共に今までの悪行が書いてあった。

 隣のページには、

《死刑 飯塚秀樹、上田章貴、永守富士夫、大久保浩二、宮坂明夫、北川守之……》

 将官、佐官が二十三人記載されている。

 これで二十四人、神様、新聞をめくる。

《死刑 坂中守男、上月由梨那 無期懲役 瀬戸雄三 医療刑務所送致 斎藤裕》

 心臓を殴られた様な衝撃が私の体を揺らした。

 足に力が入らずその場に座り込んでしまった。

 上月さんは死刑。

 死刑。

 愕然としていると、携帯電話が鳴った。

 よろよろと立ち上がり、机の上にある携帯を掴む。

 出ると弁護士の青木さんだった。

「新聞をご覧になったかもしれませんが、上月さんの死刑が確定してしまいました。本当に残念です。再審請求や判決の訂正を勧めましたが必要ありません、とおっしゃっていました」

 そうですか、とそれだけ言って、いやそれすらも言ったかどうだかわからなかったが私は電話を切った。

 結局、私やたくさんの元『物』の人達が証言台に立つ事を、上月さんは望まなかった。

 死ぬ事が決まっている裁判に私達を出廷させ余計な心身の負担をかけたくない、という配慮に思えた。

 もう何をやっても死刑だとわかっている、わかっていたのであろう。

 新聞で顔を覆い、私はその場に倒れこむ。

 そしてそれは半分私もわかっていた事だった。

 新聞紙が涙で濡れていくのにそう時間はかからなかった。



 桜が咲く頃入学式を迎えた。

 千葉県自由大学の一年生として初めての日。

 学部はもちろん法学部だ。

 新設校の様で一年生しかいない。

 新しい校舎、新しい体育館、新しい教室、新しい設備、そして新しい日本の学校。

 東日本と日本共和国は正式に合併し、日本国という名称になった日が入学式だった。

 みんな晴れやかな顔をしていた。

 暗い顔をしていたのは私くらいだろう。

 昨日最後の日本共和国法により、渡辺国守と衛兵隊将校全員の死刑が執行され、上月さんも死刑を執行されたとテレビも新聞もトップニュースで報じた。

 日本共和国軍法で刑が確定すると早く執行されるのは知っていたが、


 助けられなかった

 

 その思いだけが心の中にずっとこびりついて、私の心を締め付けていた。


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