第30話 全然素晴らしくないその後

 数日後、知らない電話番号からの着信があった。

 出てみると、

「自衛隊の刑務隊です」

 自衛隊の憲兵、日本共和国でいう所の衛兵からだった。

 ああ、私にも来たか。

 何となく来る予感はしていた。

 世の中ではB、C級犯罪者(人に残虐な行為をしていた罪)の逮捕が始まっていた。

 私も人を殺したことがある。

 日本国の刑法に照らし合わせると死刑になるほどの人を。

 業務で、国境で、ハントで、そして美沙を。

 上月さんが死刑になった時、それ程取り乱さなかったのはすぐに近くに行ける、という確信にも似た気持ちがあったからだ。

「明日、必ず出頭して下さい。来ない場合はこちらから伺います。なお逃げた場合は逮捕しますので必ず出頭して下さい」

 受話器の向こうから力強い声がした。

「はい、わかりました」

 そう言うと電話が切れた。

 ため息が出たが、それは必ずしも悪いため息では無かった。

 上月さん、美沙、そっちに行くからね。

 窓から外を見ると遠く家々の間から夕日がゆっくりと沈みつつあった。

 

 目が覚める。

 時計を見るとまだ朝の五時だ。

 部屋を見渡す。

 昨日の内に綺麗に掃除をした。

 ゆっくり起き上がる。

 窓の外を見ると朝日が徐々に昇りつつあり、街を穏やかに照らしつつあった。

 その朝日に照らされた木々が綺麗な緑色の葉を私に見せる。

 鳥が視界を横切った。

 それを合図に私は朝食をとる事にした。

 

 スーツに着替え、胸ポケットにあの日もらった万年筆を入れる。

「上月さん、今から行きます」

 そう声に出して、私はアパートのカギを閉めた。

 大家の郵便ポストにカギと今月の家賃、それともう帰って来られない事を書いた手紙を入れ、私は呼んでいたタクシーに乗り込んだ。

 タクシーに乗っている間、景色を見る。

 商店街、大きなビル、立派な公民館、市役所、見納めとなるであろう景色はとても綺麗でまるで私がいてはいけない様な錯覚に陥る。

 多分、その錯覚は間違いでは無いのだろう。

 その為私も今日呼ばれたのだろうから。

 習志野市の看板が見える様になった。

 タクシーは大きな道から少し小さい道に入り、大きな建物の前で停まった。

 タクシーの運転手さんに一万円で支払いをする。

 運転手さんにおつりはいりません、と言うと嬉しそうに帰って行った。

 もう私には必要無くなるものだからどうぞご自由に使って下さい。

 心の中で囁き私はその大きな建物、自衛隊習志野駐屯地の正門に向かって歩き出す。

 正門で立番している兵隊さん、いや自衛隊員さんに名前を言うと、この建物に行ってくれと地図を渡された。

 広い敷地内を渡された地図を見ながら歩く。

《自衛隊習志野特殊刑務隊》

 そう看板に書かれたコンクリート製二階建ての建物の前に着いた。

 どうやらここの様だった。

 最後にもう一度空を見上げる。

 済んだ色で美しかった。

 私は澄みきった気持ちになり建物の中に入った。


 中に入り受付に名前を告げると中から人が出てきて、

「ではこちらへどうぞ」

 廊下を歩き出した。

 それについていくと、談話室と書かれたプレートがある所で止まり、

「こちらでお待ち下さい」

 そう言うと行ってしまった。

 室内は外の光が入ってきていて明るく、立派なソファーがあり、観葉樹が空気を柔らかくしている。

 取調室といった感じでは無い。

 何だか不思議な気分で座っているとドアが開き、

「よう、久しぶりだな」

 確実に聞いた様な声、確実に見た事のある顔。

 自衛隊の制服を着た高木が小さな段ボール箱を持って現れた。

 私は完全に拍子抜けしてしまった。

「何だ、俺を助けにでも来たのか」

 唖然としながら聞いてみるが、

「いや、助けるも何も学生は全員罪には問われない事になっているから。全部渡辺国守と衛兵隊が悪いんだからな」

 当たり前だろ、という風に言う高木に、

「でも上月さんは悪くなかった」

 私は抗議の様に大きな声で言った。

 そして、

「なあ、実は上月さんをどこかに匿っていたりとかしないのか。なあ、お前ならその位できるんじゃないのか」

 すがる様に高木に問いただしてみるが、

「残念ながら上月由梨那さんはもうこの世にはいない」

 現実を突きつけられただけだった。

 しかし高木は色々と手を尽くしてくれた様で、裁判の様子を話してくれた。

 上月さんが一切の弁護側証人を拒否したので、検察側証人で出廷し上月さんに有利になる様な証言をしてくれた。

 そして自己弁護を一切せず、罪を認め、刑に服すといった姿勢を終始とっていた上月さんの心象は凄く良かった。

 渡辺国守や他の衛兵将校の様に、贅沢な暮らし、過剰な暴力が無かったのも心象を良くした。

 弁護士さんも殺人では無く、国家貢献法による職務遂行にすぎないといった風に弁護をしてくれて無罪を主張してくれた。

 そして元『物』の人達で作る物権会の人達が、ずいぶん裁判官や検事、政治家に圧力をかけてくれて無罪も十分あり得る状況になった。

 しかし世間の目は厳しかった。

 衛兵将校全員死刑にしろ、と息巻いている人達が多すぎた。物権会の人達の中にもいたらしい。

 そしてこれだけの殺人をした人間が更生して日常生活をおくれると思うのか。勤労、結婚、子育て、近所づきあい、これらは可能だと思うか。

 最終質問で検察が上月さんに問いかけた。

「勤労、どこも雇ってはくれないでしょうね。結婚、誰も貰ってはくれないでしょうね。子育て、という訳で子育てはできないでしょうね。近所付き合い、みんな私を怖がってやはりできないでしょうね」

 寂しい返答だった。

 裁判官達も散々迷ったらしいが、この返答で決めたらしい。

 判決の言い渡しの日、最初に判決理由の読み上げから始まったそうだ。

 死刑が確定した瞬間だった。

 

 呆然と聞いている私に高木が話しかける。

「あのさ、確認したくて呼んだんだけど」

「何をだよ」

「今でも上月さんのこと好き?」

「当たり前だろ」

 その返事を聞くと、

「じゃあこれはお前に渡してやろうな」

 段ボール箱を私に差し出した。

「何これ」

「上月さんの遺品。焼け残った家の机の中から出てきた物しか無いけど。両親には受け取りを拒否されちゃって」

 そこまでか、そこまで彼女から奪うのか。家族までも奪うのか。死んでからもこの扱いか。

 枯れていたと思っていた涙が再び出てきた。

 小さな段ボール箱を開ける。

 そこにはお菓子の缶と骨壺、小さな封筒が入っていた。

 お菓子の缶を開けるとたくさんの髪飾りが入っていた。

 一番上の方には私があげた髪飾りがあった。

「一緒に骨壺に入れてくれって。あの世で使うから。そして家族のお墓には入れないと思うから海にでも投げ捨ててくれって。でもお前そんな事しないよな」

「当たり前だ」

「よし、まあでも墓は高いからな。墓石もとんでもない値段だし。そこでな、今まで上月さんに助けられた人達と私から、プレゼントだ。その封筒を開けてみな」

 美沙の時にこんなに高いのかと戒名でも驚いた位だったので、墓石も買おうと思った私はありがたく頂戴する事にするがやけに軽い。

 開けると中には紙が一枚入っているだけだった。

 何だこれ。

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