第28話 素晴らしい事がおこった
夕闇迫る空を見て良く寝たものだと思いながら校庭へ急ぐ。
校庭に行くと半分位の生徒が出てきていた。
教官も出てきていたがみんな緊張した面持ちで生徒に何かを手渡している。
よく見ると、それは実弾だった。
再び館内放送が流れる。
「緊急呼集、緊急呼集、国境付近及び広島市内各所で暴動が発生。渡辺書記長邸が第一師団に囲まれ攻撃を受けつつある。目下親衛科が防戦中であるが現在第一師団の包囲下にある。衛兵士官学校教官、生徒は完全武装後直ちに救援に向かう」
生徒達は騒然となった。
それを必死で宥める教官達。
私にとってそれは素敵なアナウンスだった。
ついに決起した人達が出てきた。
世の中が変わる。
変わるんだ。
気が付くと私の足は衛兵士官学校の敷地を飛び出していた。
街中を楽しい気分になりながら踊るように歩く。
至る所で火の手が上がっていて、銃声が鳴り響く。
辺りはすっかり暗くなっていていたが、住宅街は街灯りと建物が燃える火でそれ程暗くは感じない。
激しい撃ち合いをしている音がしてそちらを見ると、たくさんの兵隊が大きな住宅に向かって小銃を撃ちまくっていた。
住宅からも反撃の銃弾が幾筋も放たれている。
師団の装甲車が燃えていた。
「突撃ーー」
大きな号令がして士官を先頭に、たくさんの兵隊が大きな住宅の門からなだれ込む。
攻撃を受けているのは衛兵士官、橋本大佐の家だった。
「何をしている」
後ろから声をかけられた。
見ると軍曹の階級章を付けた兵隊がバイクに乗ってこちらを見ていた。
バイクには第一師団の隊章が描かれていた。
「世の中が変わるのですか?」
私の問いに、
「ああ、変わるな」
軍曹は楽しそうに答えると、
「お前、階級章が無いから学生だな。紛らわしいから衛兵将校の制服なんか着ないでこれを着ろ」
そう言ってバイクから陸軍のレインコートを取り出し、私に渡してくれた。
笑いながら軍曹は言う。
「衛兵士官は全員逮捕だからな。抵抗すれば射殺命令が出ているし」
あれ、という事は。
やばい。
私は走り出した。
途中通った商店街は平静を保っていた。
兵隊が至る所に立っていて、歩いている人に今日は家に帰りなさい、と注意していた。
兵隊も人もみんな笑顔だった。
二、三百人程の兵隊が街中を行進している。
その旗を見ると第二師団所属部隊の連隊旗だった。
第二師団も決起したのか。
嬉しい気持ちも勿論あったのだが、とにかく急がなくては。
さっきから走っているものの、街外れにあるそこには中々着かない。
タクシーは一台も走っていなかった。
あちこちから鳴り響く銃声、轟く爆発音。
携帯メールの着信音が鳴ったので休憩がてら見る事にする。
《国境付近、東日本軍侵攻中。第七師団長戦死。敵は広島に向かいつつあり。渡辺書記長と親衛課は囲みを突破し脱出中、全軍集合せよ。集合場所》
まで読んで私は携帯を閉じた。
変わる、国が変わる。
それは良い事なのだが。
私は再び走り出した。
街外れの目的地に着くと、当たり前というか予想通りというべきか、たくさんの兵隊がいた。
その家は何百人の兵隊に囲まれ、装甲車だけでは足りないと判断されたのか戦車までいて砲列をその正門に向けていた。
たくさんのライトに照らされたその家は、まるで不夜城の様に光り輝いていた。
助けにきたつもりだったが、これではどうしようもなかった。
抜刀した若い将校が整列の号令をかける。
戦車兵が戦車の中へ潜り込み、エンジンをかけた。
兵隊の銃口が一斉に正門へ向けられる。
若い士官がインターホンを鳴らし何かを喋っている。
門がゆっくりと開く。
一斉に銃口と兵隊、戦車、機関銃、大砲がそちらを向く。
出てきたのは小さな女の子だった。
その子一人だけだった。
その小さな女の子に若い士官は何かを言っていたが、女の子が頷くと刀を突きつけた。
「突撃」
大きな号令の下、別の士官が戦車を先頭に家の敷地へ入って行く。
その傍ら、若い士官と数人の兵隊は女の子を連行し、どこかへ行こうとする。
「中尉殿」
私はそこに向かって走り出す。
しかし大量にいる兵隊、装甲車、戦車に行く手を阻まれ中々進む事が出来ない。
「中尉殿」
遠くて声が届かない。
「上月さん」
まだ遠くて声が届かない。
兵隊を掻き分け、掻き分け進む。
「由梨那さん」
兵隊が邪魔で近づけない。声が届かない。若い士官が護送車のドアを開けた。
「由梨那――」
渾身の力を込めて怒鳴る。
ふと足を止め、由梨那さんはこちらを見た。
そして小さくバイバイ、という風に手を振る。
そんな由梨那さんを若い士官が突き飛ばす様にして護送車に乗せ、ドアを閉めた。
やめろ
そのこはただ
くにをかえようと
すばらしいくににかえようと
いっしょうけんめいいきていただけなんだ
護送車は走り出し、テールランプが見えなくなった。
私はその場に座り込む。
そんな私を怪訝そうな目で見る師団の士官、兵隊達の目も気にせず泣いた。
力いっぱい泣いた。
由梨那さんの家から火の手が上がった。
師団の勝どきが、私の耳に聞こえてきた。
呆然と夜の街をあても無く歩いた。
治安センター前では機関銃の音と戦車の砲撃音が絶え間無く響いていた。
国家貢献センター前では衛兵将校が両手を上げて、続々と師団に投降していて今まで『物』だった人達が解放されていた。
恐怖の象徴であった衛兵隊本部は燃えていた。
そして渡辺国守書記長邸では師団の将兵が溢れかえっていて東日本の旗、日の丸を掲げて歓声を上げていた。ふと気が付くと東日本軍である自衛隊の装甲車、バイクが停まっていたからもう先頭が首都広島に入ってきているのだとわかった。
時計を見るともう夜明けの時間になっていた。
空を見ると朝日が徐々に昇ってきていて、街を少しずつ照らし始めていた。
行く所が無くなり、衛兵士官学科に帰ると門の前に師団の兵隊と自衛隊が仲良く話をしていた。
私に気がついた自衛隊の人が、
「おい君、ここの生徒さんかい?」
話しかけてきた。
「はい、ここの二年生です」
そう答えると師団の兵隊が、
「衛兵士官学校は昨日で解隊になったよ、というかみんな昨日のうちに全員捕虜になったんだけど君はどうしてここにいるんだい?」
不思議そうに言った。
話を聞くと私がいなくなったあの後、衛兵士官と衛兵学生で渡辺国守書記長が逃れて立て籠もっている集合地点まで行こうとしたらしいのだが、その途中師団の戦車、装甲車に囲まれて一発も銃弾を撃つ事無く降参したらしい。
「私も捕虜になった方が良いでしょうか」
聞いてみる。
すると、
「まあ衛兵学校の学生は捕虜っていっても罪にはしない方針みたいですぐに復員になるみたいだよ。面倒だったら行かなくてもいいんじゃないかな。学生さんはここが寮だよね。もし何か動きがあったら教えてあげるから寮に帰ったら」
意外な返事が返って来た。
どうも、という風に頭を下げ寮に向かって歩き出す。
寮に帰って来たものの頭の中が興奮して全然眠くない。
しかたなくテレビをつけてみる。
『昨日から始まりました東日本による進軍、及び共和国師団の一斉蜂起により衛兵隊は広島より逃走しました。現在一部が山口県国家治安センターに立て籠もって抵抗を続けていますが、師団はこれを鎮圧中です。なお渡辺国守書記長は一部の衛兵将校と共に鳥取県国家貢献センターに逃れましたが、師団と東日本の海上自衛隊が共同で攻撃中であり、間もなく逮捕される模様です』
渡辺国守書記長が逮捕か。
『なお今月の各種国家貢献指導予定者の方々は、国家貢献法廃止の為出頭の必要はありません。現在首都広島は戒厳令下にあります。夜間の外出は』
私はテレビを消して、ベッドに仰向けになった。
日本共和国は一晩で無くなってしまった。
それだけ不満に思っていた人が多かったという事だろう。
この結果を見ると、どうも師団の方では相当周到に準備してきたのではないだろうか。
自衛隊が進軍してきたり、衛兵隊施設や衛兵隊将校の家をしっかり攻撃していた所を見ると多分そうなのだろう。
目を閉じた。
開けた時には更に世界は変わっているのだろう事を感じつつ。
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