第27話 すばらしいくりすますとそのご

 そしてクリスマスイブの日になった。

 イブの数日前、高級レストランに誘ったのだが、お料理作りますからお家に来ませんか、と誘われた。

 もちろんそっちの方が良いので甘える事にした。

 夜になりスーツに着替えて、プレゼントを持って中尉の家のインターホンを押す。

 ドアが開き、

「メリークリスマス、どうぞ中へ」

 白いパーティドレスを着た中尉が出てきた。

 珍しく濃い目の化粧をしていたが、とても似合っていて今日は可愛いというより神秘的なくらい綺麗だった。

「とても似合っていますよ」

 素直に褒めると、

「ありがとう。今日は特別な日だからね」

 そう言って恥ずかしそうに少し笑った。


 何も無い殺風景なリビングが今日は違っていた。

 クリスマスツリーに電飾、テーブルの上にはワインと綺麗な燭台。

 それと見た事も無い様なご馳走が並んでいた。

「これはすごいな」

 思わず声が出てしまった。

 それを聞いて楽しそうな中尉は私に席を勧めると、

「これ、クリスマスプレゼント」

 私にラッピングされた箱を差し出した。

「あっ、私もこれ中尉殿に……今日は上月さん……由梨那さんとお呼びしても宜しいですか?」

「然るべく」

「えっ?」

「その様にして下さいっていう法律用語だよ。山本君もこれがさっと出る様な法律家になれるといいね。いいよ、名前で何回も呼ばれるの久しぶりで、何だか不思議な感じになりそうだけど」

 照れながらもそう言ってくれた。

「ねえ、プレゼント開けてもいい?」

「ええどうぞ。私も開けても良いですか?」

「はい、どうぞ」

 由梨那さんからのプレゼント。

 箱は小さかったが包装が共和国第三デパートだったので高い物だと予想出来た。

 開けてみると青と金の色が見事な、そして見るからに高そうな、鎖国している日本共和国には珍しいフランス製の万年筆だった。

「大事な書類にはね、そういうしっかりとした物で書き込みましょうねー。特に婚姻届とかは」

 こちらを見て、いたずらっ子の様に笑う由梨那さん。

 あの時は胸に入れているメモペンで書いてしまった私は、思わず苦笑する。

 そして由梨那さんも箱を開けると、手の動きが止まった。

「すごく綺麗。高かったでしょ」

「いえ、それ程でも。良かったらつけてみて下さい」

 しかし由梨那さんは手を止め、笑いを浮かべているもののつけようとはしない。

「お気に召しませんでしたか」

 それともまだ自分の手で触って汚したくないとか考えているのだろうか。

 そういえば由梨那さんが髪飾りをつけているのをまだ見た事が無い。

「いいえ、とても素敵すぎて。ねえ、私の髪に飾って頂けますか」

 黒い漆で彩られた様な素敵な黒い髪を私に向けた。

 私は立ち上がり、白い瑪瑙金の細工で出来た髪飾りを由梨那さんから受け取ると、その素敵な髪に飾った。

「どう、似合う」

 私に向かってその姿を見せる。

「ええ、とっても」

 私が笑顔で答えると、自分の姿をリビングのガラスに写し、

「どっかの国のお姫様みたい。ありがとう山本君」

 嬉しそうに笑ってくれた。

 室内の電気を消し、キャンドルに火を灯す。

 二人でジングルベルを歌った後、ワインを開けた。

 由梨那さんはクリスマスが好きなのか、明るくそして良く喋っていた。

 私もお酒が回って楽しい気分になり、たくさん余計な事を言った様な気がするがよく覚えていない。

 ただ、国を変えてやる、希望を捨てないぞ、そして由梨那さん大好きです。

 この三つは繰り返し言った様な気がするし、そして由梨那さんはそんな私を見てずっと笑顔だった事は覚えている。

 そしてやはり飲み過ぎで大の字に倒れてしまった時、リビングのガラス越しに見える外の景色は雪こそ降らないものの、明るく周囲を照らす満月が装飾の様に空に浮いていた。



 十二月二十七日をもって衛兵士官学習前期過程が終了した。

「山本っち、じゃあ学校でも頑張ってねー」

「後期日程もうちの中隊に来いよ」

「近いんだし、遊びに来いよ」

 中隊長室で挨拶をし、暫しの別れを告げる。

「じゃあ私は山本君を衛兵士官学校まで送って行きますので」

「ああ、由梨那ちゃん頼んだよー」

 中隊の人達に見送られ、私達は部屋を出た。


「あっという間でした」

 車の中で中尉に話しかけた。

「そうだね、ところで本当に車私の家に置いていっていいの?」

「ええ、学校内の駐車場に置いても良い、という事になっているみたいですけど、こんな若さであんな高級車に乗っていたら衛兵将校みたいじゃないですか」

「あはは」

「中尉殿の家の駐車場は広いですし、それに」

「それに?」

「会いに行く口実ができますし」

 そう言って中尉の顔を見た。

 それに対して返事は無かったが、口元に笑みを浮かべて穏やかな表情で車を運転している。

 衛兵士官学校が見えてきた。

 中尉は正門前で車を停める。

「はい到着しました」

「どうもありがとうございました、あの」

「なに?」

「例の件、卒業したら本当に、本気で考えて下さいね」

 別れ際、再確認の為力強く言う。

「そうだね、卒業、したら、ね」

 そう言った中尉の顔を見ると、何かを伝えている様な、それでいてどこか悲しげな表情で笑っていた。

 何だか後ろ髪を引かれる思いだったが、後ろからクラクションの音がしたので慌てて車のドアを閉める。

 中尉の真っ白な高級車が静かに動き出す。

 車が見えなくなるまで見送ったが、まるでこれが最後の会話になる様な気がしてならなかった。


 この日は終業式だった。その後一月初めまで冬休みになる。

 学校では相変わらず友達もいなく一人だったので、携帯電話をいじったり教室を見渡して時間を潰していた。

 そして終業式前、気が付いたことがあった。

 みんな顔の表情が明らかに変わっていた。

 人を殺す覚悟ができた人の顔だった。

 実際に何人かは殺しているのかもしれない。

 そして、終業式後私に話しかけてくるクラスメイトがいた。

 最初に来た奴は人を殺した後の気分やその後の気の紛わせ方、次に来た奴は勲章と一緒にもらえる高級車の事、そして次に来た奴は上月中尉の殺し方、その人数の事。

 詳しく話していたら教官が来てしまったので、放課後飲みにでも行きながら話そうぜ、という事になった。

 友達が出来た。出来て良かったのかどうかはわからなかった。


 放課後そいつらと飲み明かし、気が付いたら朝になっていた。店を出て朝靄の寒さを感じながらみんなで寮に帰って自室のベッドに入った後、中尉はどうしているかな、電話してみようかな、でも今日も勤務だよな、等考えていたらそのまま睡魔に誘われ深く眠ってしまった。



 携帯が鳴る。

 まだ酔いが醒めた感じがせず無視して寝続ける事にしたのだが、何時まで

 経っても鳴り止まない。

 何で留守電に切り替わらないのか、まだ夢を見ているのか、イライラしながら考えていたが、衛兵隊の非常ブザーだと思い出し飛び起きる。

 館内放送が聞こえてきた。

「緊急呼集、緊急呼集、全員完全武装後校庭へ集合せよ」

 何事が起きたのだろうか。

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