第24話 すばらしくなかった
すっかり寒くなってきた。
街のイルミネーションはクリスマスを意識した色とりどりの綺麗な物となっていった。
クリスマスにやる事は東日本も日本共和国も同じである。
私は中尉の為にクリスマスプレゼントを買った。
白い瑪瑙と金の細工の髪飾り。
共和国第三デパートで買ったのだが、とんでもない値段だった。三十万人民円とか、なめているとしか思えない。一ヵ月の手当てが全部飛んでしまった。
でも中尉殿喜んでくれるかな、後どうやってクリスマスイブに誘おうか。
そんな事を考えていたらあっという間に十二月も半ばになってしまった。
クリスマス一週間前の休日、仕事が終わって法律の勉強を教えて頂いている最中、滅多に来客のない上月小隊長室にノックの音が響いた。
立ち上がり、ドアを開けると、
「採れすぎてしまったのでおすそ分けであります」
宮田大尉の従兵が小さな段ボールを持って立っていた。
最近『物』を使って野菜の増産をしていると聞いたので、多分そのお蔭だろう。
増産、と言うと聞こえが良いのだが、『物』を労働時間外に働かせるサービス指導をしているのは容易に想像できた。
受け取り、中を開けてみると見た事が無い野菜? 果物? だった。
「ああ、これゴーヤですね。ありがとうございます。宮田大尉殿に宜しくお伝え下さい」
従兵は敬礼をすると帰って行った。
「しかし不思議な形をした食べ物ですね。食べ方がわからない」
「少し苦いですけど、豚肉や豆腐と混ぜて食べるとおいしいですよ」
「そうですか? どうにも想像がつきませんが」
「じゃあ作ってあげましょうか。明日ご予定良かったら、お昼頃お家にいらして下さいな」
ここ数週間休みの日はあの手、この手で中尉を誘い一緒にいる事が多くなったが、今回は初めて中尉からのお誘いだった。
少しずつ距離が縮まっているのかもしれない。
車を大きな中尉の家の駐車場に停め、正面の門を開けようとすると、
「おう、来るの早すぎ」
私の頭上から笑い声がしたので見上げると、高木が植木の手入れをしていた。
自由すぎる囚われのスパイに苦笑する。こんなの衛兵隊に見られたらどうなるのだろうか、と心配になってしまう。
門を開けて中に入ると、庭の花壇に水をあげていた中尉が私に近づいてきた。
「もう終わりますから、どうぞ家の中へ。高木さんそろそろ終わりにしましょう」
へーい、と高木が返事をして、はしごから降りてきた。
「何か手伝いましょうか?」
台所に入った中尉に話しかけるが、
「今日は私が当番なので、ゆっくりしていて下さい」
こんな返事が返って来た。
「当番?」
「ああ、私と上月さん、交代で食事作っているから」
高木が答える。
スパイと衛兵隊が仲良く同居している訳か。
複雑な、それでいてどこか楽しい気分になった。
「つー訳で、食事まで勝負してようぜ」
高木かトランプを持ち出し私に言った。
高木とトランプをやりだして十分位経ったであろう頃、外から車が何台も停まった音がした後、衛兵隊特有の号令がした。
何だろう、と思って外を見ると、
「開けろー、衛兵隊だ。出てこーい、スパイ防止法違反だ」
怒鳴り声がする。
やばい。
とうとうばれた様だ。
今まで衛兵隊が来なかったのが不思議な位、中尉は高木に自由にさせていた。
普段から自由にさせすぎだ。
とにかくやばい。
「大変な事になった。中尉殿に知らせなくては。高木お前も来い」
台所に行こうとすると、表の声が聞こえていたのか中尉がリビングに入って来た。
しかしそんなに慌てた感じではなく、顔に笑みまで浮かべている。
「中尉殿、どうしましょうか」
慌てる私の頭に手を当て、優しく撫でてくれる中尉。
「落ち着いて山本君、大丈夫だから。一、二分対応していてくれないかな。そうしたら中に入れても平気だから。高木さんこっちへ」
高木の手を引く中尉が足を止めると、
「頼りにしているからね」
私の耳元でそう言って台所の方へ消えて行った。
よしやるぞ、絶対に入れるものか。私はそう決意しつつ門へ向かった。
「早くしろー、門を壊すぞー」
門はカギがかかっていないので簡単に開くのだが、衛兵隊将校の家に無断で入ると従兵に狙撃される事もあるし、またドーベルマンを放っている人もいるので中々踏み込んでは来ない。
ましてや上月中尉の家ともなれば尚更だろう。
私はありったけの声で、衛兵隊将校の様に怒鳴った。
「ここをどこだと思っている。間違いでしたでは済まされんぞ」
少し怯んだのか、騒いでいる声が消えた。
しかしまた怒鳴り出した。
「令状もある。さっさと開けろ。国家反逆罪になるぞ」
「だから、ここをどこと間違えているのかと聞いているのだ」
ひょっとして間違えているのかもしれない。
「上月中尉殿のご自宅というのはわかっている」
間違い無い様だ。
「だったら捜査など必要無いだろう。衛兵将校の誤認逮捕容疑でお前らこそ逮捕するぞ」
「わからん奴だな。従兵は下がれ。早く中尉を出せ」
「貴様、名を名乗れ。誤認逮捕だったらお前を逮捕してやるからな」
また声が消えた。
順調に時間稼ぎが出来ている様だ。
「衛兵士官学校学生、清瀬」
ようやく名乗ったかと思うと、聞いた様な声だった事に気が付く。
「清瀬? 清瀬正彦か?」
ああ、と小さく返事が返って来た。
「開けてさしあげたらどうですか」
後ろから声がして振り向くと、中尉が笑いながら立っていた。
それを聞いて門を開けると、衛兵十数人と私の良く知っている清瀬が立っていた。
清瀬は中尉に歩み寄ると令状を見せ、
「上月中尉殿、保釈された『物』の管理不行き届き、最悪国家反逆罪の疑いがあります。第十八二一三号十二番はとりあえず保釈取り消しですので連行します。連れてきて下さい」
百七十八センチ、体格の良い清瀬もいきなり切りつけられるのを警戒しているのか、百五十センチあるか無いかの中尉とだいぶ距離をとって言った。
「今料理をしているのでちょっと」
困った顔の中尉に、
「そんなの中断させて連れてきて下さい」
怒りとも、怯えともとれる表情で言う清瀬。
「でも、料理していますから」
「だから、そんな事をさせないで下さい。早く連れてきて下さい」
「それは無理かな」
「何故ですか?」
「だから……料理をしているの。十二番を」
えっ? 全員が息をのんだ。
誰も声を発しない。
「その……食べる為にですか?」
恐る恐る聞いてくる清瀬に、
「筋肉質で固そうで、少しダレさせないと美味しく無いから、家でごろ寝させていて、それだけだと食感が悪いから、庭で日光を浴びせたり作業させたりさせていたの。仲良くしておけば逃げないと思ったから少し仲良くしていたけど」
ねっ、という風に清瀬を見る中尉。
衛兵達は完全に飲まれてしまった様で、一人も声を出さず沈黙している。
しかし清瀬は、
「では、料理中の十二番を見せて頂く」
敢然と言い放った。
「ええ、どうぞ。では中へ」
中尉は先導する様にゆっくりと家の中へ入って行く。
私と清瀬、少し離れて衛兵達がそれに続いた。
家の中に入る。
冷やりとした空気に包まれている。
先程、つい先程までいた空間とは何かが違っていた。
台所に入る。
グツグツと何かを煮込んでいる大きな鍋があった。
ふと包丁を見ると、赤く染まっており、更に立てかけてある日本刀も赤く濡れていた。
まさか、この短時間に高木を切り殺して鍋の中へ?
中尉なら出来ない事は無いと思うが。
清瀬が新型ルミノールを包丁と日本刀に振りかける。
青く染まった。
人間の血、しかも保存血では無い新鮮血の証拠だった。
清瀬の顔が白くなったのが、見た目にもわかった。
清瀬は鍋の前に立つと、
「おい、開けろ」
私を見て言う。
冗談じゃない。
「お前が勝手に踏み込んできたんだろ。自分でやれ」
私が言い放つと、
「おい、誰か開けろ」
今度は衛兵を見て言うが、衛兵は台所にも入って来ず、台所の入口の所で全員遠巻きに見ており近づきもしない。
明らかに表情に怯えが見える。
くそっ、と苛立ちながら清瀬は鍋の蓋を掴み、開けた。
本当に高木が入っているのか、私も清瀬と一緒に中をのぞき込むと、
グツグツと音をたてる鍋の中に、髪の毛が見えた。明らかに人毛だった。
野菜と頭蓋骨、長管骨と種子骨が肉と混じり合っているそれは、
どうひいき目に見ても、人間の物だった。
「ほらっ、こうやって料理するんだよ」
清瀬に言う私の声は裏返っていた。
「ど、どうせ、他の動物の肉だろ」
足をガクガクさせながら言う清瀬。
「お前、これ見てもまだそんな事を言っているのか? バカなのか?」
バカにもなるだろう。
こんな物を実際見せられては。
震える手で清瀬は、
「……絶対……これは……人肉じゃない」
新型ルミノールを鍋にぶちまけた。
鍋の中は真っ青に染まった。
近づいてきていた衛兵が悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。
清瀬も腰を抜かしてペタンとその場に座った。
私も動く事が出来なかった。
「あらあら、お鍋をこんなに青くしちゃって。もう食べられないじゃない」
私も清瀬もビクッとした。
中尉がいつの間にか私達の後ろに立っていた。
「無実の衛兵士官を疑ったんだから、わかっているよね」
血で赤く、新型ルミノールで青く染まった日本刀を手に取った中尉は、
「あなたが食材になりなさい」
そう言って、清瀬に刃を向けた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
座って泣きながら、譫言の様に謝り続ける清瀬。
清瀬を食べるつもりだ。
私は中尉に飛びつき、抱きしめた。
「早く逃げろ、清瀬」
清瀬は腰が抜けているのか、動けずに泣いている。
「何をするの? あなたが食材になるの?」
怒った声の中尉が私に顔を向ける。
一瞬怯み、手を放しそうになったが、再び力を入れて抱きしめた。
「早く行け」
私が再び怒鳴ると清瀬はヒィー、と情けない声を上げ、もがく様にはって台所から出て行く。
外から何台もの車が急発進する音がした後、家の中に静寂が訪れた。
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