第23話 すばらしいけんこくさい
「日本共和国建国祭、一緒に行きませんか?」
法律の勉強が終わって二人でゆっくりしている時、中尉を誘ってみた。
コーヒーカップを両手で持って少し考える仕草になったが、やがてゆっくりと口を開く。
「高木さんも一緒でいいかな」
えー、と心の中で思う。
多分顔に出ていたと思う。
「彼女私の家の敷地からは出られないし、たまには外に出たいと思うの。人も多いし。それに東側の人がまさか建国際に衛兵隊と一緒に来るなんて、警備も思わないでしょ」
頬杖ついて穏やかに私をまっすぐ見つめて言う中尉に、何か言い返す事など出来なかった。
建国祭当日街は華やいでいて、経済の発展と国策の成功を喜ぶ催し物とパレードがあちこちでおこなわれていた。
「豪華だねぇ、なんとまぁ金かけている事か」
呆れた様に話す高木。
まだ午前中だというのに花火が晴天の空に何発も上がり、大通りにはたくさんの出店が出ていて、人々はみんな着飾って楽しんでいる。
「そろそろパレードが始まりますよ、行きましょう」
中尉に言われて私達は沿道に移動した。
白い二頭のアンダルシア馬を先頭に、次々と電飾華やかなパレード車と楽隊、楽しみ組というダンサー集団が進む。
『医療費削減成功中、東日本は増加中』、『人民失業率今年もほぼ0パーセント、東日本はなおも高水準』、『平和国家日本人民共和国、渡辺守人様万歳、渡辺国守書記長万歳』等、私にとって思わず苦笑物の言葉が書いてあるパレード車が現れた後、黄金のトラック上にでかでかと渡辺守人と渡辺国守の肖像が乗っているパレード車が現れ、人々は大歓声を送る。泣いている人もいる。
渡辺書記長は素晴らしい政策で私達を導いてくれている、と学校では教わったし、実際私もそう思っていたのだが、最近は少し疑問を感じ始めていた。
大歓声のこの人達は疑う事もしないのか。
高木もあほらしく感じたのか、小ばかにした顔で見ている。
「二人共気をつけて、衛兵隊が見ている」
歓声を上げていない人を、衛兵隊が見ていて国策反対の国家反逆罪として逮捕する。
衛兵隊の主な仕事の一つだ。
思い出したかのように、高木と二人で大歓声を上げた。
そして渡辺国守が大臣、上級将校と共に乗った大きなパレード車が現れた。
大歓声と拍手で耳が痛い。
バンザイ、バンザイ、そこらじゅうで狂った様に叫ぶ人々。
パレード車が通過した後は耳がキーンとしていた。
「すごいモンだな。しかし私達に出回っている手配書に載ってない奴もいたぞ」
耳を抑えながら言う高木。
「多分それは衛兵副総長の永守中将。最近折口中将と変わったばかりだから」
スパイに教えて良い事なのかわからないが、中尉は高木に教えている。
「第七師団長の梅田中将の顔もだいぶ変わっていたでしょ、最近太り過ぎたから。第七師団本部の近くで大体金曜日に遊びでハントしている。木曜日の人民会議の後は特に。顔覚えた?」
中尉は高木に問う。
「あ、ああ。しかし上月さん、私一応スパイなんだけど」
困惑する高木の言葉を無視するかの様に、
「さて、向こうであんみつの特配やっているから行きましょうか」
引換券を三枚出して歩き出した。
笑顔になってついて行く高木の後ろを、女の子は本当に甘い物が好きだなぁ、と再確認しつつ私もついて行く事にした。
建国祭は広島市内の至る所で大盛り上がり。
衛兵も至る所に立っていて、目を光らせている。
座ってあんみつを食べながらその様子を見ていると、若い男女が職務質問をされているのが視界に入った。
国家反逆思想を持っていそうな人を連行するのも仕事の一つだが、今日の様な日に当番になってしまった衛兵が、若い男女で仲良く歩いている人がいると何か言いがかりをつけて職務質問をする。
教育的指導と言うやつだが、大抵はやっかみ半分の嫌がらせだ。
こう言う事をやるのは下士官以下の衛兵では珍しい事では無い。
まぁ嫌われたり恐れられたりするのも衛兵の仕事なので、この国では彼らの行為はすばらしいこういなのだが。
「こらっ、貴様ら何をしているか」
突然怒鳴られた。
私達の前に三人の衛兵が立つ。
「貴様らはこの建国記念日の意義がわかっているのか」
こいつは伍長で後の二人は兵長だった。
「すばらしいくにの建国の日を感謝しつつ、その繁栄を願う日ですよね」
中尉が教科書通りの答えを返す。
「そうだ、それなのに貴様ら、この男は何だ。女を二人も連れているとは。こういう男が若い女性を独り占めするから結婚出来ない男が増えてしまう。女どもも出生率の低下を招く行為をしている。繁栄の妨害行為、つまり貴様らは国家反逆罪である」
無茶苦茶な事を言っているぞ、こいつ。
こんな奴らも法務を司る衛兵隊とは情けなくなってきた。
「と、いう訳で連行して取り調べてやる。女どもも来い」
何てことだ、ただあんみつを食べていただけなのに。
それに高木が連行されるとかなりやばい。
「塚本伍長、こいつ衛兵です」
中尉の胸元を見て兵長が報告する。
中尉の胸元には普段着にも付ける事が推奨されている衛兵隊徽章が光っていた。
「あれ、何だ貴様、衛兵か?」
伍長もそれを見て声を上げる。
「まあ、一応」
笑顔でそれに答えている。
中尉の衛兵隊徽章は士官用の物で、下士官の伍長はそれに気付いた様だ。
「風紀の乱れにはお気を付け下さい。一応警告させて頂きました」
「職務お疲れ様です」
そう言って中尉が敬礼すると、伍長は逃げる様に人ごみに消えて行った。
それを追いかける様に兵長達も消えていく。
助かった様だ。
中尉はその後ろ姿を、
「こんなバッチ一つで人の運命が変わるなんて、滑稽なものですね」
少し笑って見送った。
「しかし、衛兵隊ってのは無茶苦茶な事を言うんだな。やっぱりこの国も長くないな」
私達にしか聞こえない様な小さな声で言う高木の意見に、私は心の中でだけ同意した。
中尉は後ろ姿だったが、同意しているのだろうか。
何となくもう帰ろうか、という空気になった時公園の方から、
「ただいまから、アンダルシア馬のホースダンスをおこないます」
大きなアナウンスの声がした。
人々が集まり出す。
「おっ、何だ、随分こじゃれた衣装だな」
高木が物珍しそうに言う。
アンダルシア馬に騎乗する人なのだろう、衛兵詰所から女の子が二人出てきた。
「あいつらも衛兵なのか?」
高木が私に聞く。
「いや、大体は陸軍の輜重兵か騎兵にいる若い女の子だよ。ごくまれに乗馬が上手い女の子がいないと、他の兵科から連れてくる事もあるみたいだけど」
「そりゃそうだよな、衛兵隊が一般人に好感度を上げる様な行為をする訳が無いし」
「おい、高木」
「何だよ?」
中尉も去年騎乗していた、なんて言うと気まづくなりそうだったので、
「見に行くぞ」
高木の手を引っ張る。
「中尉殿も見に行きましょうよ」
座っている中尉に声をかけるが、
「私はいいかな」
乗り気ではない。
高木が余計な事を言ったのが引っかかったのかな、と思ったが、
「ちょっと、以前ね、すごく悪い事をしちゃった事があってね」
小さな声で言う。
「去年私が騎乗した時の事なんだけど」
「えっ、上月さんごめん」
高木が慌てて謝る。
中尉は別に気にしていないよ、という風に手を振る。
「あれ、終わった後にね、握手を求められた事があって。すごく綺麗な女の子。私みたいな人間が触れてはいけない様な」
美沙の事だ。
覚えていたのか。
「私が話したり触ったりしてはいけないな、って思ったのね。だから帽子を深くかぶってずっと聞こえないふりしていたの。あれは辛かったな。彼女も私が髪をアップして濃いメイクをしていたから、衛兵隊一の怖い将校だとは思わなかったのでしょうね」
顔を伏せて、まるで昨日の事の様に語る。
「よし」
私は急に大声を出した。
「飲みましょう、飲んで忘れましょう」
衛兵隊で覚えた事の中で、唯一他の国に言っても役に立ちそうな事を提案してみた。
変なテンションの私をポカン、と見ている二人の手を引っ張ってお酒が出そうな屋台に向かった。
ビール、焼酎、サワー、そして何故かワインがある屋台で倒れるまで、いや倒れても飲む事にした。
高木はサワー半分位飲んだら顔を真っ赤にし、中尉はというとビールを大ジョッキで八杯飲み、更に日本酒をコップで一杯あおったが全然顔色が変わらない。
しかし二人ともとても楽しそうなので、私も調子にのって中尉に飲み比べを挑み、ビール大ジョッキ九杯目にチャレンジするが、中尉がとうとうビールをピッチャーで頼み始めたので負けを認め、仰向けに倒れた。
「大丈夫、山本君」
「おら、だらしねーぞ、起きろ山本」
上から声がするが立てない。
ヒュルー ドン
大きな花火が暗い空に上がり、照明弾の様に街を照らす。
いつの間にか空は暗くなり、あちこちに出ている屋台、出店、アトラクションの電飾が街中を明るくしていた。
時計を見るともう十八時半、大花火大会の時間だった。
次々に上がる花火に照らされた中尉の横顔は、やっぱり少し幼く見えるが、神秘的な位可愛らしかった。
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