第19話 すばらしいおーくしょん

 冬が近づいてきた。

 日本共和国内最大の革命組織が、国家反逆罪で大量に逮捕された。

 衛兵隊国家治安センターで厳しい取り調べがおこなわれ、その後彼らは全員『物』となるのだが、この中で特に重要で無い『物』は二次取調がおこなわれる。

 二次取調とは言い様で、あまり重要では無い『物』を衛兵将校の間でお金で買い、自宅へ持ち帰る事が出来る制度の事だ。

 家に持ち帰って自分のペットにする将校もいるが、企業や薬品開発会社、臓器移植をおこなっている病院と手を組んでそっちに横流しする将校が大半だ。

 一応取り調べの継続が建前なので保釈金を納めなくてはならず、その保釈金をセリ方式で決めているので別名オークション会場と呼ばれている場所が衛兵隊治安科本部の地下室にある。

 休みの前の日、私は中尉に明日ご予定はありますか? と聞いてみた。

 イメチェンしてからの一週間、スーパーとかに普通に行ける様になったと喜んでいたので、休みの日も色々な所に行く事が出来るのでは、と思ったからだ。

 もしどこにも行く予定が無ければ、私がどこかに誘おうと思った。

 多分この時、尊敬以外の何かの気持ちがあった。

 少しの間の後、

「明日は『物』のオークションに行きます」

 私の目を見ないで言う。

 それを聞いた私は、

「それ、連れて行って頂く事はできませんか?」

 迷わずこの一言を言う事ができた。



 衛兵隊治安科本部の地下は、コンクリうちっぱなしの無骨な感じだが、香の香りが漂いステージや音響が高級感を漂わせており、一回川内大尉に連れて行ってもらった上流階級の秘密クラブの様に感じた。

「一番、刑法二百八条、国家反逆罪、二十一歳、男、『物』番号一八一六三番」

 司会の女性がアナウンスした後、衛兵に両脇を掴まれ後ろ手に縛られている男が壇上に現れた。

「では保釈金四百万人民円から」

 背が高くセクシーな女性司会が右手を高く挙げ、

「四百十万、四百二十万……」

 数字を読み上げていく。

 会場に百人以上いる衛兵将校の半分が手を挙げている。

 最後まで手を挙げていた人が落札で『物』を持ち帰れる。

「五百三十、五百五十、五百七十……」

 まだ三人が手を挙げている。

 製薬会社と仲の良い大佐、臓器を待っている社長の為に入札している天下りした予備役中佐、何に使うのか知らないが彼女と一緒に来た少佐。

「六百万、六百三十万」

 ここで少佐が手を下す。

 その瞬間、隣に座っていた彼女に思い切り頭を叩かれていた。

「七百万、七百五十万」

 ついに大佐が手を下した。

 それを見て、

「一番、七百五十万人民円で保釈成立でーす。身元引受人北川中佐殿」

 司会の女性が『物』の頭を撫でながら言った。

 暴れる『物』が衛兵にしっかり押さえつけられるのを見て、

「意外と反抗的ね。Aって書いてあるけど、Bかもしれませんよ。大丈夫ですか、北川中佐殿?」

 落札者に話しかけると、

「大丈夫、すぐ使っちゃう、じゃなくてすぐ指導するから」

 会場が嫌な笑いに包まれた。

 私は初めての光景で面食らうが、

「AとかBって何ですか?」

 隣に座っている上月中尉に聞いてみた。

「Aは温厚な『物』、Bはやや反抗の気有り、だったかな。ほら、パンフレットのここにアルファベットが書いてあるでしょ」

「なるほど。で、この大きくボールペンで丸がしてある十二番の所に書いてあるSというのは?」

「特に反抗心が高く、要拘束、要注意、格闘家、素手でも人が殺せる『物』」

「良くわかりました。で、丸してあるという事は?」

「こういう人じゃないと中々落札できなくて」

「……なるほど」

「あっ、でもSSの人よりかは。SSの人は……」

「いや、もういいです」

 何だか聞くのが怖くなってきたので途中で遮る。

 そう? という風に首を傾げた中尉は再びセリの様子に見入っていた。

 この人はこういうのを落札してどうするつもりなのだろう。

 まさか本当に食べるつもりなのか。

「四番、保釈、身元引受人、根本大佐殿」

 アナウンスがこだまする。

 席を立ち保釈室に向かう大佐。

 それを見て小さくガッツポーズをする中尉。

「これなら落札できるかも」

「えっ、今一千万人民円までいきましたよ」

「AやBは高くて、大体五百万から高いと一千五百万位かかります。でもSやSSなら百万から二百万位、上手くいけば五十万より下の事もあるから。十二番は容姿が根本大佐殿の好みそうだったけど、もう帰るみたいで良かった」

 退室する大佐を見て嬉しそうに呟く。

 今の『物』は綺麗な女性だった。

 どんな運命が待っているのだろう。

 

 その後もオークションは続き、九番保釈金百八十万、十番保釈金七百九十万、十一番保釈金二百四十万とかなり金額にばらつきがあった。

 そして十二番の『物』が壇上に上がる。

 髪が短く筋肉質でタンクトップを着た、若い女性の『物』だった。

 真っ黒に日焼けをしていてよくわからないが、多分二十四、五歳だろう。

 男の衛兵二人に両腕を掴まれているが、その衛兵と背丈が同じくらいの長身だ。

「十二番、保釈金四十万人民円からです」

 司会の女性がその『物』の髪の毛を掴み、顔を上げる。

 その瞬間強烈な蹴りが女性司会の脇腹に入った。

 お腹を押さえて蹲る女性司会。

 衛兵が押さえつけるが、その手を払いのけ十二番は衛兵の顔に綺麗な上段回し蹴りを入れた。

 膝から崩れる様にして倒れる衛兵。

 舞台そでから十数人の衛兵が出てきてなおも暴れる十二番を押さえつける。

「本当にあれを落札するのですか?」

 私は思わず確認してしまった。

 心配そうな私の顔を見て大丈夫ですよ、という風に少し笑いしっかりと頷く中尉。

 女性司会が押さえつけられている十二番の頭を蹴飛ばして、

「四十万、おらっ、四十万いねーのか」

 鬼武者の様な顔で怒鳴り出した。

 そのアナウンスに気圧されたのか、はたまたこの様な凶暴な『物』はいらないと判断されたのか、手を挙げているのは上月中尉を入れて三人だけだった。

「よし、十二番、保釈、身元引受人、上月中尉」

 まだ手を挙げている人が二人いるのに、女性司会は上月中尉の落札を告げた。

 えっ、という顔をしている衛兵将校達を睨みつけ、黙らす女性司会。

「おらっ、殺人鬼が身受け人だ。よかったな」

 そう言って十二番に唾を吐きかけた女性司会は、

「さて、気を取り直して、十三番、保釈金二百万からでーす」

 笑顔に戻って次の『物』の紹介を始めた。

「何だあいつ」

 変わり身の早さに呆れる私。

 何者ですかね、と中尉に話しかけようとして横を向くと少し俯いて肩を落としている。

「中尉殿」

 話しかけるとビクッと肩を震わせ、

「ごめんなさい。身受けできたので保釈室に行きましょうか」

 そう言って立ち上がった。

 その小さな背中を見て、殺人鬼の一言が深く突き刺さっているのだな、というのを感じた。

 しかし、何て声をかけたらいいのかわからない。

 というか、身受けて何をするつもりなのだろう。

 わからなすぎて話しかける事ができなかった。

 

 保釈室では十一番を身受けた衛兵大尉が従兵に『物』を曳かせて帰る所だった。すれ違う時敬礼する私達を見て、

「おっ、上月中尉。今日落札した『物』は筋肉質で食べづらそうですな」

 食べる前提で話しかけてきた。

「長く茹でれば大丈夫ですよ。よかったら食べにいらっしゃいますか?」

 笑って平然と返す中尉。

 少し嫌そうな顔をして足早に帰る大尉。

 それに続く従兵達と引っ張られている『物』を見送りながら、私は背中の汗が止まらなかった。

 本当に食べる為に落札したのか?


 保釈室でお金を係官に渡し、身元引受人書に中尉がサインをすると奥の部屋から十二番が出てきた。

「気を付けて下さいよ。私達もずいぶん手こずりましたから」

 係官が呆れ顔で中尉に言う。

 中尉は返事の代わりに、心配無いですよ、という風に笑顔でそれに答える。

 両手を手錠で後ろ手にされ、左右の足を鎖で繋がれ、首輪から伸びた鎖を係官に曳かれて十二番は中尉に引き渡された。

 口に猿轡をされている十二番は、怖いくらいに中尉を睨み続けていた。


 駐車場へ行く道すがら、中尉が十二番の耳元で何かを囁くとずっと睨み続けていた十二番の眼が驚きの眼へと変わった。

 いったい何を言ったのやら。

 怖くてしかたがない。

 寒くてしょうがないのに汗が止まらない。

 

 駐車場には高級車と護送車が何台も停まっており、全ての車のバンパーに衛兵隊所属を示す黒い三角旗が立っている。

「おらっ、暴れてんじゃねーよ」

 大尉と三人の従兵は、無理矢理十一番を護送車に乗せようとするが暴れて全然中に入ろうとしない。

 中尉は護送車を運転出来ず、従兵もいない。

 私も護送車は運転出来ず、中尉の従兵的存在は私一人だ。

 車に大人しく乗るものだろうか、と考えていたが十二番は驚きと不信の顔で中尉を見続けているものの、大人しく助手席に乗った。

「山本君は後ろの座席に座ってね」

 そう言って中尉は体を滑り込ませる様に運転席に座る。 

 いつもやっている事だから慣れているのだろうが、不安で仕方ない私は一応拳銃の安全装置を外してから車に乗り込んだ。

 まだやっている大尉の護送車を尻目に、白い中尉の車は衛兵隊治安科本部を出た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る