第20話 すばらしいおーくしょんご
道中、本来『物』に目隠しをしなくてはならないのだが、それをせず更に道中猿轡を外し唖然とする十二番と私の視線を物ともせず、中尉は車を走らせた。
広島の外れにある中尉の大きな家に着いた。
大きな駐車場に停めてある私の車の隣に停車すると、
「以上でオークション会場の見学実習は終わりです。では、山本君また明日ですね」
そう言って中尉は車を降りようとする。
私は、
「待ってください」
勇気を出して言ってみる。
振り返った中尉に、
「今から中尉が十二番で何をするのかはわかりません。ですが、私は中尉殿からもっと色々教わりたいのです」
はっきりと言ってみた。
考える仕草になった中尉は長い時間そのままの姿勢だったが、ため息をついた後、少し笑って、
「ではどうぞ」
そう言うと十二番を助手席から降ろした。
十二番の腕を掴み、家に向かって歩くその後ろを私は緊張しながらついて行った。
家の中に入る。
中尉はいきなりカギを出すと手錠を外した。
続いて足の鎖を外す。
唖然とする十二番と私。
「おい、あんた聞いていなかったのかよ。私は素手でも人くらい難無く殺せるぞ」
慌てる十二番に向かって、
「あそこの取り調べはいくら特殊部隊の人でも疲れたでしょ。それに色々な所を殴られたのでは? あそこは特にひどい事をする人が多いから」
十二番の背中をさする中尉。
顔をしかめる十二番。
「まず治療しましょう。さあ」
不審がる十二番の手を引いてリビングに行こうとする。
「山本君は私の部屋でゆっくりしていて下さい」
「あの、何か手伝う事は?」
「今から彼女、上半身裸になりますので、特に」
そうか治療するのか。
大人しく二階に上がって待つ事にした。
しかし本当に治療なのか。
今から食べる為に切り刻むのでは。
嫌な事ばかり考えていると中尉が二階に上がって来た。
「ごめんなさい山本君。ここに書いてある物を衛兵隊購買部で買ってきてもらってもいいかな? この伝票を出すだけで買えるから」
自分の印鑑と薬品名が書いてある購入伝票を私に渡す。
書いてあるのはケガの塗り薬として有名な自費薬品(保険外の高級薬品)だった。
すごい効能があるのだが、値段は高いし少量生産で一般人は中々買えない。
だが衛兵隊特権を使えば買える。
ましてや購入伝票に上月中尉の名前があれば尚更だろう。
というか、
「まさか十二番にこの薬を使うのですか? そんな事がばれたら国家資源を無駄にしたという事で国家はんぎゃく」
人差し指を縦に私の唇に当てた後、自分の口元へ持っていく中尉。
それ以上言わないで、という風に。
私は黙って頷くと、
「急いで買ってきます」
そう言って階段を駆け下りる。
ゆっくりでいいですよ、と後ろから届く上月さんの声が嬉しく、私はすごく楽しい気持ちで車に乗り込む。
中尉は十二番を治療してどうするつもりなのだろうか。
やはりどこか一か所に『物』を集めていて反乱を企てているとか。
衛兵隊将校でしかも優秀者なので、まず疑われる事はないだろうし。
私はこんなに楽しい気分で国家貢献センターに行くのは初めてだった。
車は自然に加速していき、冬が近づきつつある空気を切り裂いていく。
次の日、小隊長室に行くと中尉はいなかった。
いつも私より早く来ているのにおかしいな、と思って携帯に電話をするが出ない。
何かあったのか、と心配になり私は中隊長室に向かった。
「あっ、ごめん、由梨那ちゃん今日休むって電話あったよ。何だか風邪ひいたみたいで歩けないんだって」
私が入室するなり川内大尉は真っ赤な目を向けそう言った。
中尉殿は今日休みか。
何だか寂しい気持ちになった。
大尉に何か手伝う事が無いか聞いてみたが特に無いそうで、
「山本っちは真面目過ぎるね、今日はもう遊びに行っちゃえば。他の学生はみんなそうしているよ」
あくびをしながら言う。
「しかしまぁこれは指導官に似てしまったのかもね。由梨那ちゃんも真面目すぎるから。こういう時に衛兵隊特権使えば入院も簡単に出来るし、自費薬品もすぐ手に入るのに救急車も呼ばないし、薬も要らないんだって。カンコのトクシだから遠慮しているのかねぇ、別に気にしなくていいのに」
気になったので聞いてみた。
「カンコのトクシって何ですか?」
大尉はああ知らなかったっけ、という顔をした後、
「幹部候補生特別志願の事だね。もともと由梨那ちゃんは予備学だったんだけど、何でも彼氏を国家貢献指導したのが見事だったから、治安課将校が衛兵にスカウトしてきて現役衛兵士官になったんだよ」
眠そうに説明してくれた。
「何をしたんですか。上月中尉殿の彼氏は」
「俺もよく知らないんだけど、革命運動していたみたい。東日本と日本共和国は統一するべきだー、国家貢献法は間違っているー、みたいなよくあるやつらしいけど。ところで」
私の顔をニヤニヤしながら見る川内大尉。
「由梨那ちゃんと山本っちはつきあっているの?」
はぁ? 思わず変な声が出てしまった。
「なぜそう思われるのですか?」
私が聞くとあれ、違うのという顔の大尉。
「だって最近仲良さそうだし、休みの日も一緒に出掛けたりしているみたいだし、あの髪も山本っちが切ってあげたんでしょ」
そうか、そういう風に見えなくもない。
「まぁ違うにしても由梨那ちゃん、飲みに誘っても遊びに誘ってもハントの時以外は中々来てくれないし、かといって友達や恋人がいる感じでもないし、ストレス溜めていないか心配してたんだよねー」
悪い人なんて本当はいないのかもしれない。
「つうわけだから、山本っちよりも年上だけど、あの通り外見は若いしかわいいっしょ。これからも仲良くしてあげて。宜しく頼むわ」
勲章と一緒についてきた私の黒塗り高級車は衛兵隊の黒い三角旗をはためかせながら、国家貢献センターの門を出た。
途中、果物屋に寄り大尉からもらった一万人民円で高級メロンを、私の財布から出したお金でサクランボを買って上月中尉の家に向かった。
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