第18話 すばらしいはんと

 次の日、国家貢献センター正面門でちょっとした事件がおきた。

 センターの正面で大きな誰何の声がして、衛兵が車を取り囲んでいる。

 寮の窓から見ていた私はやっぱりな、と思いつつ寮の階段を駆け下りセンター正面門に向かうと、一台の白い高級車がゆっくりと私に向かってきた。もう衛兵も通常配置に戻っている。

 車の窓が下がったので、少し呆れ顔で言ってみた。

「だから言ったじゃないですか。車に衛兵旗を付けないで私服で出勤したら絶対中尉殿だとわからないって」

 頭をかきながら、顔を赤くしている上月中尉が、

「本当にここまでわからないものなのですね」

 心底反省している様子が可笑しくて、私は少し笑ってしまった。


 この日も一日分の業務終了後法律の勉強を教えて頂いていたのだが、十六時少し前に、

「今日は私、ハントに行きますのでこれまでにしましょう」

 そう言って教本を閉じた。

 私はある事を確認したくて、

「良かったら私も連れて行ってくれませんか」

 ついに申し出た。

 物凄く悩んだ顔をした中尉だったが、

「じゃあ、今日一緒に行く人達に聞いてみるね」

 携帯電話を取り出し電話を始めた。


「よう学生、息抜きに来たのか」

 待ち合わせ場所には宮田大尉とその中隊の小隊長二人が待っていた。

 今日一緒にハントに行く人達は宮田中隊だった様だ。

「待たせてごめんなさい」

「いやいや、いつも勝たせてもらっているからね。じゃあ行こうか」

 宮田大尉が促すが、上月中尉は一点を見つめて動かない。

 みんながその目線の先を見ると、どこかの中隊がグラウンドで人間サッカーをしていた。

「あの蹴られている『物』は廃棄ですか?」

「ああ、明後日廃棄じゃなかったかな。たしか昨日送られてきたんだよな」

 人間サッカーとは生きている『物』をボールの様に蹴る遊びで、ルールはボールの代わりに『物』が使われている他は普通のサッカーと同じで、衛兵隊内では幅広く行われているスポーツだ。

 手足縛られて蹴られまくる『物』が死ぬ事はよくある事なので、主に廃棄が決まっている『物』でおこなわれている(指導の為に廃棄以外の『物』でおこなわれる事もある)。

 廃棄を確認した中尉はグラウンドに走り寄り、『物』を蹴りまくっている人混みをかき分ける。

 上月中尉に気付いた下士官、兵が慌てて距離を取り、将校は余計な奴が来たな、とあからさまに嫌そうな顔をした。

 倒れている『物』を引き起こし、耳元で何かを囁いた後、

 

 スパーン


 抜刀し首を跳ねた。

 新型ルミノールを振りかけ、死体を青くする。

 その青さに負けない位、青い顔をして悲鳴を上げる兵隊。

 嫌そうな顔をする下士官、将校に、

「サッカーやりやすい様にボールを作ってあげましたのでどうぞ」

 切ったばかりの頭を兵隊に投げつけた。

 ひぃ、と悲鳴が上がる。

 こちらに戻ってくる中尉を何とも言えない視線で見ている他中隊だったが、

「じゃあ、たまにはこれでやるか」

 将校が頭を蹴り出すと、サッカーがまたはじまった。

「本当に殺すのが好きだな、上月君」

 宮田大尉が苦笑いを向けるが、

「汚らわしい」

 小さくそう言って中尉は駐車場に向かった。

 汚らわしい、汚い、は衛兵隊に向けて言っていた言葉だという事が確信になった。


 その後、ハントに行ったのだが中尉は結局『物』を逃がしてしまった。

「相変わらず銃が下手だな上月君は。三回に一回は逃がしてないか? 始末書と罰金が大変だな」

 この日勝った宮田大尉が上月中尉に話しかけると、恥ずかしそうに笑っていた。

 見ていて確信した。

 上月中尉はわざと外している。


 みんな私の想像が当たっていると思う。

 殺すのは死刑が確定している人が、苦しまない様にしているだけ。

 ハントは殺すこともするが、恐らく逃がす為にしているだけ。

 そして『物』が苦しまない様に、食べ物や飲み物の差し入れまでしている。

 そしてこれらの国家反逆罪的な行いがばれない様に、狂人のふりをして、そしてハントで殺さなかった『物』の為に始末書を書き、罰金を納め、掛け金を取られるカモにされ、それでお金が無いから家具も無く、服も買えず、安いアクセサリー一つ買うのに迷う。

 絶望的に理想に縛られたこの国で一人、戦っているのではないか。

 だとしたらなんて素敵な人なのだろう。

 この衛兵隊の中で、彼女だけが『人』なのではないだろうか。

 私も一緒にお手伝いが出来ないだろうか。

 小さい、小さいかもしれないが、国への反逆行為のお手伝いを。

 それが美沙の敵討ち、そして全人民、『物』になる人を救う一歩になり、この世を救う一歩になると考えた。

 しかし、ぼかして聞く事はできるが、それを本気で確認するには私は勇気が無さ過ぎた。

 ここは衛兵隊だ。国家反逆罪をあぶりだす為に、上月中尉が試しているだけかもしれない。

 現に過去、国家反逆罪で逮捕された士官が何人かいるらしい。

 あぶり出した士官はみんな出世したそうだ。

 予備士官上がりの上月中尉が出世を考えているとしたら?

 それに一つ気になっている事もある。


『物』を買って、それを食べている。


 この噂は今の所否定する材料が無い。

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