第14話 素晴らしい進路
季節は秋となり、私も衛兵隊に慣れてきた様で、『物』を殴っても、蹴飛ばしても何も感じなくなってしまった。
ただ、やはり殺し、じゃなく『物』を壊す国家貢献指導だけは中々慣れない。
川内大尉もこればかりは中々慣れないと言っていたし、その為ただ殺すだけでは無く、ハント、タイム等のゲーム性を取り入れたと聞いたし、ゆっくりと慣れる事にしようと思った。
思ってふと考えた。
私は衛兵になりたいのか?
美沙が命を懸けてくれた衛兵士官学校卒業の権利は絶対に無駄にしてはならない。
その使命感だけではないのか?
考えが上手く纏まらない。
また新しく買った時計を見るともうすぐ退勤の時間だった。
今日は川内大尉が革命を企てた『物』を外の労働所まで引率する係だったのでそれを見学しているのだが、とてつもなく暇でさっきから私は時計ばかり見ていた。
この国のやり方が間違っていると国家反逆行為や革命を起こそうとした者で、労働センター管理室に入る程でもない、比較的罪の軽い『物』は国家貢献活動が義務づけられていて、企業、職場に貸し出され労働力として働く。
今日は炭鉱貸出だったので詰所の中で中尉に書類の書き方を教えてもらった後は、仕事も無い、遊びに行く所も無いで、川内大尉とずっと将棋をしていた。
だがあんまりにも私が弱いので、今は上月中尉とやっていて私は手持無沙汰で外を見ていた。
薄汚れた服装の『物』達が衛兵に囲まれて炭鉱から引き揚げてきた。
しかしなんとノロマな事か。
さっさと歩きやがれ『物』ども。
私は早く帰りたいんだ。
我慢できなくなり、詰所を飛び出すと『物』の集団に駆け寄って、
「早く歩け、屑ども」
手あたり次第に蹴飛ばした。
衛兵も衛兵下士官も私を注意しない。
衛兵将校ならみんなやる行為だから。
衛兵は怖がられるのが仕事だから。
早く歩け、早く、早く、早く早く早くはやくはやくハヤク……
蹴飛ばして、蹴飛ばして、何人もの無抵抗の『物』を蹴飛ばした。
「指導中に『物』を殺しても罪にはならんぞ」そう言っていた宮坂教官の声が久しぶりに私の頭の中で響く。
私は警棒を抜き、倒れている『物』の頭めがけて振り下ろした。
はずだった。
「やめてあげて下さい」
私の警棒は上月中尉の両手の中で止まっていた。
この人はいつもそうだ。
人が暴力、いや指導をしていると必ず止めに来る。
上月中尉のこういう偽善的な所も私は大嫌いだ。
何で止めるんだ。
普通褒めるだろう。
「何でいつもいつもいつもいつも、私が指導をしていると止めに来るのですか」
とうとう今日は怒鳴ってしまった。
みんなが、上官すら恐れる上月中尉に対して。
「大体『物』の指導を止めるのは国家反逆罪ですよ、それ位わかっていますよね。貴方何回私を止めていますか? イライラするんだよ。大体何ですか? 偽善者のつもりですか? どういうつもりで止めているのですか。返答によっては」
言ってしまえ。
「国家反逆罪で逮捕しますよ」
言ってしまった。
こいつを逮捕したとなれば、卒業は確実どころか同期で一番の出世頭だろう。
美沙見ていてくれよ。
抜刀しやがったら拳銃を抜こう。
実習中は実弾が入っている。
さあ来やがれ。
身構えて上月中尉の出方を伺うが、
「そんな事をしたらやられている人は痛いよ」
小さな声で、しかしまっすぐ私を見てそう言った。
「はぁ? 『物』が痛いのは良い事じゃないですか。大体貴方がよく言うわ」
「君の心も痛いでしょ」
何?
今この人は何て言ったの?
心臓を氷で撫でられた様な感触に囚われ、私は先程まで勢いは止まり、その場に立ち尽くしてしまった。
「はいストーップ」
川内大尉が私達の間に割って入って来た。
「なにやってるの山本っち。由梨那ちゃん今日はもう終わりだから、ちょっと先帰りなよ」
「山本君、ごめんね。大尉殿私が」
「ストーップ。大丈夫だから今日は帰りな」
はい、と先程より小さな声で返事をして、上月中尉は駐車場に向かって歩きだした。
衛兵下士官に『物』に対する指示を出した後、
「どうしたんだ、山本っち」
大尉が優しく私に話しかけてきた。
「上月中尉殿は国家反逆罪です」
すねた子供の様に言ってしまったと思う。
その言葉を聞くと大尉は大笑いしながら言った。
「由梨那ちゃんが国家反逆罪だったら、この国の全員が国家反逆罪だよ」
余程面白かったのか、お腹を抱えて笑っている。
「しかし、私が『物』を殴っていると必ず止めてくるのですよ。自分はあんなに殺しているのに」
「ああ、だって由梨那ちゃん夏目や高雄、他の中隊どころか上官でも『物』を殴りすぎていると止めに来るよ」
「まさか?」
「汚い『物』は切りたくないんだって。汚らわしいとか、汚いとかしょっちゅう言っているから綺麗好きなんでしょ」
それなら納得がいく。出勤時間前から掃除をしている様な人だ。
殺す時に殴ったり蹴ったりした『物』だと汚いから止めろ、という事か。
しかし、本当にそれだけだったのだろうか?
私の心の中に何とも言えない違和感が住み着いた。
次の日、鎧を着た川内大尉と一緒に、鎧を着て兜を被った私は労働センターの上月中尉の個室に行く。
川内大尉がノックを三回する。
どうぞ、といつもと変わらない声で上月中尉が返事を返す。
大尉と共に入室すると、
「仮想大会ですか?」
そう言って無邪気な子供の様な笑顔で中尉が笑った。
それを見て大尉は安心したのか、
「じゃあ仲良くやりなさいよ」
そう言って帰って行った。
「今日はそれで勤務しますか?」
いたずらっ子の様な目で私に問いかける中尉。
「勘弁して下さい」
切り殺されなかったので早く脱ぎたかった。
この日から私は『物』を殴る、蹴るはしなくなった。
不思議なもので、心の中が少し軽くなった様に感じた。
秋風が冷たく感じる頃、衛兵隊ではそろそろ人事異動発表の時期になる。
寮での夕食前、士官食堂に行ってコーヒーを飲みながら官報の異動欄を見ていると、
「おっ、官報なんか読んで山本っちは真面目だね」
いつも一、二番で帰ってしまう川内大尉が珍しく残っていて話しかけてきた。
上月中尉が異動になっていないか、淡い期待を込めて見ていただけだったのだが。
私の知り合いだと衛兵士官学校の教官、宮坂少佐が中佐に昇進して異動となる様だ。
「残念ながら、宮っちゃんは福岡に異動だね。割と面倒見がいい人だったのにね。それで来週の金曜日、宮っちゃんの送別会やるから。俺幹事ね」
少し残念そうに言った後、大尉は張り切って言った。
こういうイベント事を仕切るのが好きなのだろう。
「という訳で山本っちは明日、センター内の尉官全員にこれを渡しておいてねー」
送別会の時間と日時、場所、そして地図が書いてある案内の束を受け取った。
そして大尉は私の隣に座ると、かつ丼を勢いよく食べだした。
「私も行っても良いですか?」
「勿論いいよ。というかもう人数に入っているしね」
美沙の件ではお世話になったし、一応行っておくか。
次の日の朝、一人を除いて尉官全員に案内を渡し終えた。
非番の人は副官に渡し言伝を頼んだ。
センター内の尉官など、そんなに数はいないのですぐに配り終えてしまった。
あとは、
「失礼します」
ノックを三回。
「はいどうぞ」
この人だけだ。上月中尉は今日も相変わらず腕まくりをして、今日はガラス窓を掃除していた。
「あの、これ宮坂教官の送別会の案内です」
私が机の上に置いた案内を見た中尉は、
「ああ、衛兵士官学校の教官ですか。山本君も出席するのですか?」
笑顔で私を見た。
「まあ、お世話になりましたし。学生なので飲酒はできないですけど」
大嘘をついてしまったが、
「川内大尉殿と夜遊びに行った次の日に、目と顔が真っ赤なのはカラーコンタクトとメイクなのかな?」
クスクス笑って論破されてしまった。
「じゃあその日は早めに実習を終わらせましょうね」
楽しそうにそう言うと掃除用具を片し始めた。
今日は一日中書類の作成の日。
こういう日が一番楽だ。
静かな部屋で中尉と二人きりという事を除けば。
ピアノの曲がスピーカーから綺麗に流れ、外の光が明るく差し込むこの部屋はどこか浮世離れした感じがする。
書類が出来たので、中尉の座っている席に持っていく。
それを見ている中尉の机の横にある大きな木製の本棚に、思わず目がいってしまった。
《日本共和国 明解六法》
法務将校である衛兵隊の本棚には法律関係の書物が多いのは当たり前なのだが、本の中に私の入りたかった大学の校章が入っていて、思わず見入ってしまう。
「山本君は法律に興味があるのかな?」
ペンを持って両手で頬杖をつきながら、なぜか楽しそうに中尉が話しかけてきた。
「いや……よそ見をしてすみません。でも興味はあります」
それを聞いてますます楽しそうになった中尉は、
「衛兵将校は司法試験の受験資格を貰えるから、将来はそういう道に行きたいのかな?」
何だって? 今なんて言った? 受験資格が貰える? まさかその様な事が……。
心臓が喜びで跳ねる。
興奮してか無意識に足が震えた。
知らなかった。
そんな抜け道があったとは。
これなら美沙の努力を無駄にする事無く、衛兵隊にいる時間が少なくなり、将来まで約束される。
素晴らしいじゃないか。
「はい、弁護士、裁判官、なりたいです」
つい大声で言ってしまった。
少し驚いた顔をした中尉だったがすぐに笑顔になり、
「じゃあ、今から勉強して司法試験の準備をしておくと良いかもしれないね。司法試験は難関だし、予備校通っている衛兵士官もいる位だから」
しかし、どうやって勉強したら良いのだろうか?
私も予備校に通うか?
「でも学生が司法試験の予備校通いばれたらさすがに成績に響くからね。衛兵将校になる気は無いのか、って」
それはそうか。
じゃあどうしたら、私は少しでも早くここから抜け出したいのです。
声に出せない心の叫びを中尉の目にぶつける。
届くわけがない祈りを中尉の心に捧げる。
それが届いたのか、通じたのかは知らないが、
「良かったら、良かったらね、司法試験用の法律の勉強教えてあげようか? どうせいつも勤務時間一杯までやる仕事なんか無いし」
最高の提案をしてくれた。
「ぜひ、ぜひお願いします」
興奮して大声で言ってしまった。
多分飛び跳ねてもいたと思う。
苦笑する中尉はそれでも、
「じゃあ、今日の実習を早い所終わらせちゃおうか」
素敵な笑顔で返してくれた。
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