第13話 素晴らしい日本解放戦争終結記念

「嫌な事は酒で洗い流すのが一番」

 センターに帰って士官食堂に座り、暗い顔をしながらコーヒーを飲んでいると川内大尉が来てキャバクラに誘ってくれた。


 一緒に飲みながら、

「あの人は頭オカシイですよ、あんな殺し方をして……」

 上月中尉の愚痴をつい言ってしまった。 

「おいおい」

 何言っているんだよ、という顔をして大尉が言う。

「衛兵隊が残酷に殺さなくてはいけないなんて事は山本っちも知っているだろ。だからハントもタイムもやっている訳だし。そういうのを日ごろから人民に見せているから衛兵隊で共和国の治安が守られ、すばらしいくに、になっているんじゃないの」

 確かにそれはそうだと思うが。

 川内大尉が穏やかに笑いながら続ける。

「それとも東日本の様に高齢化が進んで、国家予算の半分近くも医療福祉に使い、夢も希望も持てない世の中の方が良いのかい?」

 東日本ではそれが問題になっていて若い世代に負担がいき、希望を持てない世の中になっているらしい。

 ニート、ブラック企業、八十以上になっても死なない老人、高い税金、それに伴う少子化。

「生まれた国がここなんだからさ、この国の法律に則って由梨那ちゃんはよくやっていると思うよ」

 そう言って大尉はグラスの中の酒を一気に飲み干した。

 拍手と歓声を上げて煌びやかなドレスのキャバ嬢が空のグラスに並々注ぐ。

「国家貢献法はこのすばらしいくに、の維持には絶対に必要な物だよ。その代償として全人民が健康で文化的な中程度の生活が出来ている訳でしょ」

 お酒をまた一気に飲み干す。

「つまり、由梨那ちゃんも特別オカシイ訳では無いの」

 大尉は高いウイスキーを注文した。

 喜ぶキャバ嬢達。

「まぁ若いうちは色々悩むと思うけどさ」

 大尉がウイスキーの入ったグラスを私の前に置く。

「飲んで忘れなさい」

 私は一気に飲み干した。


 

 それからは坦々と日々を過ごす事にした。

 上月中尉が殺す合間に教えてくれる衛兵隊実務の他、書類の書き方、作法をしっかり覚えた。

 しっかりメモもとった。

 同じ事を二回聞かない様に。

 なるべく普通の会話すらしたくなかった。

 美沙が言ってくれていた優しい兄でずっといたかったから、この何の感情も持たず人を殺す様な人間に染まりたくなかったから。

 しかし衛兵隊物品課にいるようでは時間の問題か?

 実習終了後は毎日の様に川内大尉達に遊びに連れて行ってもらった。

 まだ人間味がある大尉といる時間は楽しかった。

 学生だが勤務手当が出ていたのでお金はあった。

 高い服を買った、高価な靴を買った、舶来の時計を買った、そして女性を買った。

 お金は飛ぶように無くなっていき、次第に色々な感覚が麻痺していった。

 そうして数か月が過ぎて行った。

 


 夏も終わろうとしていて涼風が気持ちのいい朝だというのに、上月中尉と一緒に広島県中央区、衛兵隊本部に書類を届けに行く事になった。

 今日はソビエト連邦日本解放戦争終結記念のお祭りで街中が賑わう中を、黒い三角旗をはためかせた白い高級車は颯爽と駆け抜ける。

 

 衛兵隊本部の永守中将に報告書を届けに来たのだが、中将は所用で外出中との事。

 副官にいつ戻るかを上月中尉が聞くと申し訳なさそうに、

「昼食を食べてから帰って来ると思うので、確実に十三時過ぎになるかと……」

 そう言って気の毒そうに私達を見る。

「待たせてもらっても良いですか?」

「ええ、何だかすみませんね。アポイントもちゃんと取って来られたのに」

 本部の二階、守永中将の部屋の前にある長椅子に二人で座る。

 時計を見るとまだ十時だ。

 心底うんざりした。

 多分永守中将はお祭りに行ってしまったのだろう。

 息抜きも良いですが、こっちの身にもなって下さい。

 心の中で愚痴る。

 何気なく中尉を見ると、窓からお祭りの様子をニコニコと笑いながら見ていた。

 ところでこの人の趣味や息抜きは何なのだろう。

 ふと気になった。

 たまに掛かってくる電話はハントのお誘い位だし、それもあまり上手くない様で賭け金を取られている。

 他の中隊の人に私まで「ごちそうさま」とお礼を言われる位だ。

 更に『物』を逃がしてしまい、始末書を何回も書いている。

 とてもストレス解消になっているとは考えづらい。

 ではやはりもう一つの方か。

 後期高齢者学習室の食べ物を貰えないで指導を受けている『物』に毒物を食べさせて遊んでいるという噂はよく聞いていたし、普段の言動や行動からするとさもありなん、なのだが実際にそれを用意しているのを見てしまうと身の凍る思いだった。

 以前小隊長室内でとてもいい匂いがしてバスケットにかかっているナプキンを捲った事がある。

 中に入っていたのはクッキーやケーキや蒸しパンだった。

 どれもとても美味しそうだったのだが、

「毒入り危険」

 私の背後から声がして、

「『物』に食べさせるの」

 そう言って笑いながらバスケットを持ち上げ、楽しそうな中尉を見ると何とも言えない感情になったのを覚えている。

 それと『物』をオークションで買ってそれを食べているという噂。

 食べる前に何をしているか解ったものではない。

『物』を切り刻んでストレス解消をしているのだろうか。

 全くひどい趣味だ。

 そんな事を考え再び中尉の方を見るが、まだ外の様子を楽しそうに眺めていた。

 いつもは私に気を使っているのか色々話しかけてくる中尉が一言も発せず、只々ニコニコと楽しそうにお祭りの様子を見ていた。

 行きたいのかな。

「あの中尉殿」

 急に話しかけられたからか、中尉は少しビクッと肩を震わす。

「まだ相当待つ様ですから、少しお祭り見に行きませんか?」

 間が持たない私は中尉を誘ってみた。


 華やかな街、着飾った人々。高価であろう宝石を身にまとい、男達と戯れる女性達。

 至る所でおこなわれている各種イベント。

 連なる屋台、出店。

 煌びやかなこの情景を見ていると、今自分のいる所が別世界に見える。

 しかし自分達はこの繁栄の一助になっていると考え直す。

 無料の医療福祉費、順調な出生率、完全失業率ほぼ0パーセント、その分安い税金、高い給料、希望に胸を膨らませる若者達。

『物』がいる状況さえ無かったら、ここは天国ではないか。

 いや『物』がいても天国なのかもしれない。

 そう思わなくてはならない国なのだから。

 前から幸せそうなカップルが歩いてくる。

 私もこの様に幸せな感じで女の子と歩ける日が来るのかな、等と思いながらつい凝視してしまった。

 目が合ってしまう。

 するとカップルは急に歩く方向を真横に変え、どこかに行ってしまった。

 私を避ける様に。

 何だ、感じが悪いな、と思わずその方向を睨みつけてしまったが、

「この服装じゃしょうがないですよ、山本君」

 中尉が悟った様に話かけてきた。

 今の自分の服装を思い出す。

 そうか、衛兵隊の制服だった。

 恐怖と監視と処分の象徴。

「それにね、私と一緒じゃ尚更かな。ごめんね」

 少し寂しそうな声で中尉が言う。

 普通の人の噂になる位、上月中尉の『物』の廃棄記録は抜きんでている。

 それに数々の異常行動も知られてしまっている。

 その為なのか女性衛兵募集のポスターモデルは、わずか一年で他の女性下士官と交代になってしまった。

「私は戻りますから、ゆっくりと見て回って下さい」

 普段姿勢の良い中尉が、少し肩を落として衛兵隊本部へと歩いていく。

 何だか複雑な気持ちになってしまった。


 パレードが大通りを通り過ぎるのを、アイスを食べながらぼんやりと見ていると、そろそろ時間が気になり、時計を見ると一時二十分前だった。

 そろそろ戻ろうと思い、衛兵隊本部に向かって歩き出す。

 本部まであと少しの所で妙な物を発見してしまった。

 とある出店の前に衛兵隊の制服、腰まである長い髪の小さな後ろ姿。

 随分前に戻ると言って別れた様な気がするのだが……。

 近づいて確認すると、やっぱり上月中尉だった。

 そこの出店は綺麗な貝殻で出来た髪飾りやイヤリング、指輪等が並んでいた。

 それらの物をニコニコと眺めている。

 その様子を見ている店員の顔が引きつっていた。

「あの……気に入ったのがあったら手に取って見ていって下さい」

 堪り兼ねたのか話しかけている。

 それを聞いて顔を上げた中尉は、

「ありがとうございます。でもいいかな」

 そう言って手に取る事無く、また視線を綺麗な商品の方に落とした。

 その様子を見ていた私はイライラしてきた。

 衛兵隊の制服というだけで避けられるのに、そこで一番の殺人鬼のあんたが居座ったら他のお客さんが近寄れないだろ、現に誰も近づいてきていないじゃねーか、給料たくさん貰っているんだからそんな安物全部買えよ、ちまちま迷うな。とっとと手に取って見て、買ったらさっさと帰れ。

 店員が言いたいであろう事を私は心の中で叫んだ。

「じゃあこれ下さい」

 ようやく一つの髪飾りを指さした。

 最後まで商品には触らなかった。

 人の言う事も聞かないのか。

 そういえば上官の言う事も聞かないんだよなこの人は。

 愛想笑いが引きつった店員さんが、中尉からお金を受け取る。

 髪飾りを受け取りニコニコと笑う中尉が癪で仕方が無く、声もかけずにその場を離れた。

 だいたい鬼畜がそんな物を買っているんじゃねーよ。


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