第12話 素晴らしい後期高齢者の回収
勤務実習は通常二年生の六月から半年間、その後はまた衛兵士官学校に帰り、半年間勉強した後、見習い士官で各部隊に配属となる。
しかし私は三か月早く勤務実習になっている。
九か月もあの人と一緒に過ごさなくてはならないのかと思うと気が重すぎた。
因みに今、衛兵士官学校では主に『物』指導や衛兵士官たる者どうあるべきか、等を学ぶ授業が主の様で、毎日残酷な行為に慣れる様な指導を受けているはずだ。
聞いた話では国境付近に実習に行く事が多くなったらしい。国境警部の他にハントなんかもやらされているかもしれない。勿論、脱西者に暴力、いや指導は毎回やるのだろう。
私の一番苦手で気絶までしてしまった指導の授業。
これを受けなくて済むようになったはいいが、更に強烈な環境となってしまったのはこれいかに。
センター内にある寮の食堂には新任の少尉が食事をしてから出勤するが、まだ数日しか経っていないのに何人かいなくなってしまった。
衛兵士官学校でしっかりと教育を受けてもこうなるのに、学生の私がなぜここにいるのか。その理由として脱西者の命と、美沙のプレゼントは妥当な物だった。
食器を片付け自室に戻る。
今日も普通の環境じゃない所に行かなくてはならない。
私の心は重かった。
労働センターの一番奥の上月中尉の部屋まで歩くうちに妙な事に気が付いた。
夏目中尉の下士官、兵が『物』を連れて行くのにすれ違った時。
上月小隊以外の小隊では労働する『物』をバスに乗せて原発や炭鉱、その他危ない所に連れて行く事もあるのだが、上月中尉の小隊はそういう事を一切していない。というか管理下士官も引率下士官もいなければ従兵一人すらいない。
ノックを三回、どうぞの声がしたのでドアを開ける。
上月中尉は今日も制服の上着を脱ぎ、腕まくりをしてモップを持って床掃除をしていた。いつも早く来てやっている様だ。
早く来る必要は無いから定時に来て下さい、とかなり強く言われたので今日も定時少し前に来たがはたして新兵の身でこんなに遅く来て良いのだろうか。
私にとっては少しでもこの人といる時間が少なくなるので大変結構な事なのだが。
しかし川内大尉も言っていたがこんなに真面目に働く事も無いだろうに。
ましてや衛兵中尉なのだから掃除位兵隊にやらせれば良いのに。
「掃除くらい従兵にやらせてみたらいかがですか? もしくは『物』を徴用してやらせてみては」
これ以上真面目過ぎて狂われても困ってしまうし、第一何だか気まずい。
新人どころか学生だが定時二、三分前に来ようかと本気で考えてしまう。(衛兵隊は十分前行動が基本と学校では習っていた)
中尉はモップを掃除用具ロッカーに入れ、手を洗い、制服の上着を着ると、
「私の所には従兵も管理する『物』もいませんよ」
平然と言った。それで隣の管理室は人気が無いのか。納得がいった。
「すぐ殺しちゃうから管理してもらう兵隊さんは要らないし」
これも平然と言った。
「さて山本君、今日は書類の書き方を覚えてもらいますよ」
本当に何もかもどうでもよくなってしまい、朝に感じていた心の重さは無くなった。
あれっ、今開けた掃除用具ロッカーの中に見覚えがある物があった。
「あの、乗馬をなさるのですか?」
黒い乗馬ブーツが視界に入った。
「ああ、去年渡辺国守書記長誕生祭の時、アンダルシア馬のショーに出たので。その時に使った物ですよ」
この人だったのか。あの時は髪をアップして化粧をしていたからわからなかったがよく見れば、物凄くよく見れば面影がある。
美沙を無視した女の子の正体は上月中尉だった。
複雑な思いが私の心の中に広がった。
この人は真面目とかそういうものでは無く、何か人間として足りていないのではないだろうか。
次の日、衛兵隊物品課の主な仕事の一つである回収をおこなう事になっていた。後期高齢者で歩けない『物』を回収するのが主みたいだが、今日は特殊なケースの様で後期高齢者国家貢献金を払い続けていた家族からの依頼で行く事になった。
介護が長い事続いた場合、わが共和国では衛兵隊に回収を依頼する事が多く、そしてその場合後期高齢者もそれに納得している場合が多い。
多い、という事はそうで無い場合もある訳で、今回はそうで無い場合の様だ。
「じゃあ行きましょうか」
中尉が私の服装をチェックした後、そう言って外に出た。
外に停めてある護送車を通常使うのだが、中尉は自分の車を使うと言う。
「護送車を使わないのですか?」
「私、バスは運転出来ないので」
「運転兵が運転してくれますよ」
「私が一緒だと運転の衛兵さんが緊張してしまう様で。一回事故になりかけてからは自分の車で行く様にしています」
そう言って中尉は運転席に座った。
「……そうですか」
中尉と二人きりの時間を無くそうとしたのだがもっともな理由で駄目になってしまい、私は助手席に乗り込んだ。
衛兵隊将校らしい真っ白な高級車。
老人も病人も働かない者もいない我が国、その制度を維持する為に必要な衛兵隊はとても裕福に暮らせている。
その証明の様な大きくて綺麗な車。
車のバンパーの所にあるポールに衛兵隊を表す黒い三角旗をはためかせながら、颯爽とセンターの門を出た。
広島の外れにある一軒家。
大きめな家の立派な駐車場に車を停めたが、中尉は車から中々出ようとせず、一点を見つめている。
私もその視線の先を見ると、玄関先で車イスに座ったおばあさんが中年女性に泣きながら何かを訴えていた。
小学生位の男の子も中年女性に何かをお願いする様に手を合わせている。
中尉は少し考える素振りをしていたが、
「降りましょうか」
そう言って車を降りた。
「どうもすみません。わざわざ」
中年の女性が玄関先から駐車場に駆け寄って来た。
「後期高齢者法に基づき、国家貢献指導を受けて頂きます」
敬礼をしながら丁寧に口上を言う中尉。
「じゃあお願いします」
そう言うと中年女性はおばあさんが乗っている車イスを中尉の前に持ってきた。
まるで物を差し出すかの様に。
この国では間違った事では無いのだが。
「いやだー、いやだー」
車イスの上でおばあさんは暴れる。
「ちょっと静かにしなさい。衛兵隊の方が困るでしょ」
中年女性が叱りつける。
「和彦ー、和彦はどこー、助けてー、いやだー」
「和彦さんは会社です。もう家にはそんなにお金がありませんから指導を受けて下さい」
うんざりした顔でおばあさんに言う中年女性。
「おばあちゃんを助けてあげて。家に置いてあげて」
小学生位の男の子が必死に頼み込んでいる。
「もうお金が無いの。だから仕方が無いの」
子供を叱りつける。
男の子は車イスに必死にしがみつき、おばあさんが連れて行かれるのを阻止しようとしている。
大人から見たらもうおばあさんは『物』だ。
今まで国家貢献金を払っていたから、指導を受けなくて済んでいただけの事。
今月はとうとう払えなかった様だ。
これだけ大きな家なのに車は無く、中年女性は髪は白く顔はやつれ、子供の服は古く小さかった。
無理をして国家貢献金を捻出していたのかもと考えてしまう。
そんな生活にもう疲れてしまったのかもしれない。
東日本の様に介護疲れ、介護虐待、介護心中を無くすのも衛兵隊の仕事と教えられている。
もっと早くに頼ってくれたら良かったのに、と少し思ってしまう。
「おかあさんなんか大っ嫌いだ」
男の子は泣きじゃくりながら、母親であろう中年女性を叩きはじめた。
結構な力だった。
「やめて、タケちゃん」
たまりかねて母親が車イスから離れると、
「さあおばあちゃん、家に入ろ」
車イスを押して家に入ろうとする。
「ありがとうタケちゃん。ありがとう」
涙を流してお礼を言うおばあさん。
なんて優しい子なのだろう、と感心していると、
スパーン ゴトッ
突然おばあさんの首が落ちた。
舞う血しぶき、赤く染まる子供。
「国家貢献指導逃走罪により、処分致しました」
冷静に中尉が言った。
「おかあさーん」
母親に抱き付く男の子。
中尉は衛兵隊が処分した証拠として、新型ルミノールをおばあさんの死体にかけると、
「すぐ近所の衛兵隊から引き取りに来ます。では失礼します」
敬礼し、車に向かって歩き出した。
「衛兵隊なんて大嫌いだ」
子供の叫び声。
母親が慌てて男の子の口を塞ぐ。
車のエンジンの音がして、その場に立ち尽くしていた私は慌てて車に戻った。
助手席側のドアを開けるとハンドルを握っている中尉が俯いていた。
表情は長い髪に隠れ窺い知れない。
さすがにあんな事をした後だしな。
それとも子供の罵りが堪えているのかな。
ドアを閉めた後、表情を見てみようと下から覗きこもうと顔を近づけると、
「殺した後は新型ルミノールを忘れない事」
元気よく私に新型ルミノールの入った小瓶を近づける中尉。
いきなり喋り出したので私はビックリしてしまった。
「こういう回収の時はその場で殺しちゃった方が楽ですよ。車の中で暴れる事も無いし、麻酔医の手配や学習の時間も省けるし。こんな所かな。後は……」
また俯く。
考えている仕草の様だ。
「特に無いや。殺しちゃえば、ね」
明るく笑いかけてきた。
つい今やった事など忘れたかの様に。
屈託のない笑顔の中尉を見て思った。
この人は完全にオカシイ。
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