第11話 素晴らしい物品廃棄所
朝が来た。
一日が始まる。始まってしまう。
衛兵隊物品課教育館、物品廃棄所を初めて見る日が始まってしまう。
「えー、今日は『物』の廃棄をしまーす」
予定表を見ながら川内大尉が言う。
今日は教育出来なかった『物』や、労働が出来なくなった『物』を廃棄する日だ。
「では各小隊、今日は幾つですかー」
「第一小隊、一つ」
「第二小隊、一つ」
「第三小隊は一つです」
「よーし、じゃあ今日はそんな感じで」
どんな感じかはわからないが、とにかくそういう事らしい。
「あっ、私は昨日のうちに済ませてきたので取りに行ってきます」
上月中尉が退室する。
「すごいね。相変わらず」
大尉が呆れた様な声を出す。
「じゃあ、さっさとやりますか」
四人そろって中隊長室を出た。
教育館の地下三階にエレベーターで降りると《物品廃棄所》と書かれた鉄の扉が目の前に現れる。
その扉のナンバーロックを大尉が外すと、ゆっくりと鉄の扉が開いた。
無機質なコンクリートの廊下に硝煙の匂いが漂う。
幾つかの防音扉の部屋があり、その中で《第二大隊第一中隊》とネームプレートが書いてある部屋に全員で入った。
中には椅子に縛られた初老の男が一人と、病んでいるのか顔色の悪い中年が一人いた。
初老の男の方は、
「助けてー、助けてー」
大きな声で叫んでいる。
「うるせーな。いくぞ」
夏目中尉が拳銃を取り出し、何の躊躇いも無く発射した。
高雄中尉も無表情のまま発射していた。
撃たれた二人とも頭と胸を真っ赤に染めて沈黙した。
「何回やっても慣れないねー」
大尉が呆れ笑いをしながら言う。
初めて見る国家公認の人殺し。
本当に物を壊す様にやるのだな。
少し驚いていると、
「あっ、まだ一人息があります」
夏目中尉が発見する。
それを聞いて、
「よーし、じゃあこれでタイムやりますか」
大尉が上機嫌で言う。
この前、タイムのルールを聞いた。
完全に壊れなかった『物』を広島県廃棄物処理センター(『物』が死んだらここに運ばれる)まで搬送するのに何分間生きていられるかを賭ける遊びの事らしい。 衛兵隊ではどこでもやっている遊びの様だ。
「学生もやるか?」
高雄中尉が話しかけてきたが、
「学生は辞めとけ。そこまで金持ってないだろ」
川内大尉が笑いながら制す。
「車乗っている間」
「車来る前」
「処理セン入るまでは生きている」
それぞれそう言って、机の上に五万人民円を置いた。
「おい、従兵早くしろよ。『物』でタイムやっているから。車種? 何でもいいから早く。賭けに負けるから」
大声で携帯電話に喋る大尉。
私はそれを見ている事しか出来なかった。
「車早く来いー」
大尉が足をバタバタさせながら言う。
「……地獄に落ちるぞ」
死にかけて賭けの対象にされている『物』が言う。
「バーカとっくに落ちているよ」
大尉が言い返す。
その時、扉が開いた。
「車が来たか?」
喜ぶ大尉の顔は、入ってきた人物を見ると急に曇った。
その人物は机の上に紙と何かを置くと、抜刀し一刀の下、死にかけていた『物』の首をはねた。
入ってきたのは冷たい目と顔をした上月中尉だった。
「汚らわしい」
小さい声でこう言ったのが私には聞こえた。
「由梨那ちゃんは本当に短気だねぇ」
呆れた顔で言う大尉。
上月中尉は半紙で刀についた血を拭き終わると、
「そこに置いておきましたから。では失礼します」
敬礼して退室してしまった。
机の上を見ると白い布に包まれた物と、署名された同意書があった。
大尉が無言で白い布を取ると、それは昨日指導を拒否していた老人の頭だった。
ヒィ、と私は情けない声を出してしまった。
「いったいどんな拷問をしてこれを書かせているのやら……。お前もあの子の扱いには気を付けろよ」
大尉がそれとなく忠告してくれた。
今日はもうやる事無いから遊びに行こうぜと大尉達に誘われたのだが、あんなものを見せられては上月中尉の指導をさぼる訳にもいかず、一応上月小隊の部屋に行くと言ったら大尉達も沈黙し、
「まぁそうだよねー」
そう言って逃げる様にどこかへ行ってしまった。
ようやく上月中尉の怖さがわかってきてしまった。
労働センターには各小隊長の個室の隣に『物』を入れておく管理室という大部屋がある。罪が重い『物』は危険な仕事に従事させる為に各企業に貸し出されるので、それの指導管理を各小隊長が行う。
しかし、実際に見ていると士官達は処刑と指導が主な仕事の様で後は遊んでばかり。部下の下士官が書類やら企業への分配を行っている。
でも下士官も給料は陸、海、空の下士官の八割増しをもらっているから特に不満は見られない様だ。
一階の一番奥が上月中尉の個室、小隊長室と『物』の収容所だ。
個室の方の扉には上月小隊と書かれたプレートがある。
ノックを三回すると、中からどうぞ、と静かな声がしたのでゆっくりと扉を開けた。
「あら、山本君。どうしたの?」
書類を書いている手を止め、上月中尉が驚いた顔で私を見る。
「いや……今日の実習は終わりですか?」
「ご、ごめんなさい。てっきり川内大尉殿達と遊びに行くと思っていたから」
「誘っていただいたのですが、私の指導官は上月中尉殿なので」
私が困った顔でそう言うと、中尉は少し笑いながら、
「山本君は真面目なのですね。でもここではあまり真面目だともちませんよ。仕事のスタンスや遊びに関しては大尉達を参考にされるといいかも」
そう言って、ため息をついた。
「私自身は参考にならないと思うから。まあでも」
椅子から中尉が立ち上がる。
「たーくさん人を殺して、国に貢献したかったら是非参考にしてね」
笑いながら私に近づく。
小さく白い顔が迫る。
赤い唇から少し見える八重歯が私の喉元を狙っているかの様に錯覚していまい、
「し、失礼します」
慌てて室外へ逃げ出した。
やっぱり怖い人だった。
私は今まで何を勘違いしていたのだろう。
トボトボと中庭を歩いていると、前から川内大尉達が歩いてきた。
敬礼すると、
「おっ、山本っち。解放されたか?」
笑いながら言った。
「由梨那ちゃんは?」
「書類書いていました」
それを聞くと大きくため息をつく大尉。
「真面目過ぎるよなー。何か息抜きしないと壊れちまう」
そこまで言って大尉が言葉を止め、
「いや……、由梨那ちゃんは元々か」
苦笑いを私や高雄中尉、夏目中尉に向ける。
「入った時からあんなに躊躇無く殺していたのですか?」
気になっていたので聞いてしまった。
大尉は気まずそうな顔をした後、
「入隊初日からね。後期高齢者学習室の案内中にいきなりだよ、大声を出して他の中隊の扉を片っ端からガンガン叩いて開いたと思うと『物』を切り殺したんだよ」
思い出したのか白い顔をして黙ってしまった。
その様子を見て夏目中尉が続ける。
「そこだけじゃなくて、声のする学習室全部に入って切り殺していったんだよ。そして切り殺した後、笑っていたらしいぜ」
心臓を、私の心臓を何かが締め付けた。
怖いと本気で思ってしまった。
「まぁ、学習室にいるような『物』はどうせ数日中に死ぬんだし、気持ち悪い同意書のお願いもしなくていいし、各中隊からはむしろ感謝された位だったし、多少上から同意書はなるべく書かせろと俺が怒られた程度で済んだし、むしろいい士官が入って来たと褒めていたからまぁ結果オーライだったんだけどねぇ」
力なく笑う大尉。
「オークションで買った『物』を家で飼っていて食べてみたりしているみたいだから、人を殺す位はどうって事無いんじゃないかな」
「あと、学習室や管理室の『物』に毒物を食べさせて遊ぶ、てのもあったよな」
高雄中尉と夏目中尉が語る次から次へと出てくる上月中尉の行為の数々に、明日からもあの人とやっていけるのだろうか、と不安になった。
そんな私の心を見透かした様に、大尉が私の肩に手を置き言う。
「だからさ、俺達普通人は適度な息抜きが必要な訳。今から遊びに行くけどお前も行く?」
「行きます。連れて行って下さい」
私は考える事をやめた。
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