第10話 素晴らしい後期高齢者の国家貢献
衛兵隊物品課の仕事は大きく三つに分けられる。
一つ目は『物』の指導、管理。
二つ目は『物』の廃棄。
三つ目は『物』の回収、受け取り。
「今日の後期高齢者集国家貢献指導はうちの中隊が担当しまーす。各自学習者のみなさんに失礼の無い様に心がけてくださーい」
今日は後期高齢者で『物』となる人への指導の日だ。
今日ばかりは普段軍服を着崩している川内大尉や高雄中尉、夏目中尉もしっかりと規定通りの格好をして白い手袋をしている。
小、中学校では後期高齢者国家貢献指導はとても尊いもので、受講後、受講者のほぼ十割が自主的に国家貢献指導の同意書を書くという素晴らしいものだと教えられている。
それを今日初めて見る事になる。
後期高齢者の方々が乗っているバスが続々と広島県国家貢献センターに到着する。
どの方も鞄を一つだけ持ち、衛兵の誘導をうけてゆっくりと後期高齢者学習館に向かって歩いていた。
「最後のバスが着きました」
衛兵から報告を受けると、
「今回は少ないな。楽で何より」
川内大尉は呟き、嬉しそうに私達を見た後、
「じゃあ行こうか」
そう言って後期高齢者学習館に向かって歩き出した。
中隊将校が続き、私もその後ろをついていく。
大講堂には今月満七十五歳になった『物』達が集められていた。
いつもより少ないらしいが、数十人はいるであろうか。
「あとどれ位?」
大尉が衛兵に尋ねる。
「今から後期高齢者待機室にいる方が移動してきますので、それで全部です」
その報告を聞くと制服のネクタイを直し始めた。
高雄中尉、夏目中尉もそれを見て直し始める。
遊び人風のこの人達も今日はきちんとしている。
上月中尉はその様子を見て少し笑うと、私の服装を見て小さく頷く。
私は合格の様だ。
大講堂の後ろの入口が開き、五、六人の後期高齢者が衛兵に付き添われ入って来た。
「全員揃いました」
衛兵が報告に来た。
「よし、じゃあ始めるか」
川内大尉が壇上に上がった。
「只今より、後期高齢者集団国家貢献指導を始めます」
川内大尉がマイクを持ち、指導の開始を告げた。
「まず、指導映画を鑑賞して頂きます。それからこの指導の意義の説明をさせていただいた後、指導に同意して頂ける方には同意書を書いて頂きます。また同意書作成前に質疑応答の時間を設けますのでわからない事がありましたら遠慮なくお聞きください。それでは映画を始めさせて頂きます」
会場の照明が落され暗くなり、映画が始まった。
内容は東日本では高齢化、少子化、医療福祉費の増加それと年金の増加が国や若者を圧迫している、というものだった。
映画は三十分程で終わった。
照明が点き会場は明るくなると、川内大尉が再び壇上に上がった。
「いかがでしたでしょうか。東日本では高齢化が進み、国や若い人達が大変苦しんでおり未来に絶望している状況が改めてお分かり頂けたと思います」
丁寧な大尉の挨拶の後、衛兵が後期高齢者に同意書を配る。
「では、ご理解頂けた方は同意書のご記入をお願い致します。お名前を書いて頂くだけで結構です。国や子供達、お孫さん達の未来の為にも是非ご同意頂ければ、と思います」
大半の後期高齢者はすぐに署名をした。
長生きが美徳では無い我が国では当たり前の事なのかもしれない。
「書き終わりました方は前にいる係の者にお渡し下さい。指導室へご案内致します」
大半の後期高齢者は立ち上がって提出し、衛兵の案内の下、消えていった。
「なお、指導は明日おこなわれますが何の心配もございません。最高の麻酔医の下、安らかにおこなわれます。東日本の様に寝たきりで粗末に生かされる様な事はありませんのでご安心下さい」
この大尉の言葉で少し残っている後期高齢者も署名を始め、次々と消えていった。
会場に残った後期高齢者は男性二人、女性二人の計四名となった。
「みなさん決心がつきませんか? 国や子供達の将来の事も考えてみては頂けませんか?」
大尉が優しく言う。
その言葉を聞いて一人の女性が署名をして立ち上がった。
「ご理解頂き、ありがとうございます。さて他の方々はいかがですか?」
会場に残った三人の内、二人は頭を抱えて震えていて、もう一人はふんぞりかえっていて、とても署名をする雰囲気では無かった。
止まっていた時間を動かすかの様に大尉が喋り出す。
「ではみなさんは決心がつかない様ですので、来月にまた指導を受けるかどうかお聞きします。それまでは指導準備室にお泊り頂きますので、どうかそこでゆっくりとお考え下さい」
頭を抱えていた二人が衛兵に促されて立ち上がろうとしたその時、
「おい、今月はもっといい飯を出せよ。あと毎日国がどうだとかのビデオを見せるのをやめろ」
ふんぞり返っていた老人が衛兵に向かって怒鳴る。
それを見た大尉が、
「あー、その人はここに残ってもらってー」
いつもの口調になった。
「何だ貴様は、俺は指導なんか受けんぞ」
老人はさらに怒鳴る。
こういう事態になった時、どうするのか?
ほぼ百パーセント同意書を書いてもらって指導を受けてもらっている。
本当にそんな事があるのだろうか?
「はい、その二人は早く指導準備室に連れて行ってあげてー」
心配そうにこちらを見ている後期高齢者の二人を衛兵が促し外へ出る。
と同時位に、
「おいじじい。いいかげんにしろよ」
大尉が大声で怒鳴り出した。
「なっ、何だ、失礼じゃないか」
老人も怒鳴り返しているが明らかに動揺している声となった。
「てめえはもう人間としての賞味期限が切れているの。下手に出て一ヵ月も考える時間をやったのに、まだ指導を受ける気になんねーのか」
大尉は老人の胸ぐらを掴んで思い切りゆすっている。
「何をするのだ。大体指導って死」
大尉が口に拳銃を突っ込むと、老人はそれ以上喋れなくなった。
「しょーがねーな。めんどうくさいけどこいつは学習室かな。同意書書くか、死ぬまで学習させてやる」
なるほど。
こういう風にしてやるのか。
ちなみに指導を受けた後期高齢者家族には指導結果として遺骨が届き葬式が出せるが、指導に従わないと葬式が出せない。
指導に従わないと家族が呼び出され、家族ごと国家貢献センター送りになってしまう事がある。
大抵の後期高齢者は家族の事を思い指導を受けるのだが、たまにこういう国家や家族の事を考えない人がいる。
いや、
「おいじじい。もう今からお前は人じゃねーからな」
もう『物』だったか。
「おらっ、じじい、来い」
老人を引きずって行こうとする大尉の腕を細くて白い手が制した。
「私に任せて頂けませんか?」
上月中尉が大尉の上腕に優しく触れる。
「……また由梨那ちゃんがやってくれるの?」
「はい、私にお任せ下さい」
大尉が老人の手を放す。
上月中尉はそっと老人の手を握ると、
「行きましょう」
そう言って歩き出した。
私もついて行こうとすると、
「山本君、今日はもうこれで実習は終わりにします」
少し停まってそう言うと、再び歩き出した。
えっ、と戸惑っている私の肩を大尉が掴む。
「じゃあね、由梨那ちゃん。また明日」
大尉が手を振ると、上月中尉は少し頭を下げ老人と共に行ってしまった。
その背中を大尉達と見送っていると大尉が話しかけてきた。
「山本っち、今日はもう俺達も仕事終わりだから遊びに行こうぜ」
とても疑問だったので聞いてみた。
「あの……上月中尉殿はどこへ行ってしまったのですか?」
大尉はとても嫌そうな顔になり、考え込んでいたが、
「じゃあちょっと行ってみるか」
意を決する様に言った。
後期高齢者学習館の一階奥、目立たない所に地下に続く階段がありそこを下って行くと鉄の扉が現れた。
大尉がナンバーロック解除の番号を打ち込んでいる間何気なく上を向くと、鉄の扉の上にはこう書かれていた。
《後期高齢者学習室》
「おい、山本っち。開いたよ」
大尉が中に入っていく後ろを慌ててついていく。
入っていきなり後悔した
薄暗いコンクリートうちっぱなしの廊下。鉄の扉の部屋が十数部屋あり、それぞれに中隊の番号がふってある。そしてその幾つかからは壮絶な叫び声が聞こえてきた。
何をされているのかは容易に想像できる。
糞尿の強烈な匂いが私の鼻を襲う。
「ここに入ったら食べ物を与えちゃいけないから勝手に死んでくれる事もあるんだけど、上からなるべく同意書は取る様に言われているから頑張ってごうも、じゃなくて指導しているのよ」
近くから壮絶な叫び声が聞こえてきた。ビクッ、とした私を見て、川内大尉は可笑しそうに笑った後、言葉を続ける。
「由梨那ちゃんはどうやっているのか知らないけど必ず同意書取ってくるんだよねー。だから俺達はあんまりここには来なくてオッケー」
更に人のものか、獣のものか判らない叫び声が聞こえてきた。
だれか人がいるのですか? 助けて下さい。何か食べ物を下さい。せめて水を。
大尉が肩をすくめる。
「こんな所にいると気が狂うわ。さて、もういいだろ。遊びに行こうぜ」
「えっ、でも私は上月中尉殿を手伝わなくて良いのですか?」
思わず聞いてしまった。
「あっ、山本っち」
「はい」
「ぜったいに由梨那ちゃんのいる学習室は開けるなよ」
「えっ」
「前にどうやって同意書を書かせているのかを覗きに行った奴がいて、切り殺されそうになったんだよ」
「まさか?」
「これが本当だからビックリなんだよ。普通そんな事考えられる?」
「いや……」
「さぁもう終わり終わり。山本っち、今日は合コン用の服でも買いに行こうぜ」
あの優しげで可愛らしい中尉がその様な事をするとは、まだとても思えなかった。
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