第6話 素晴らしいその後

 結局、私は五人逮捕したという事で、その分の賞金と勲章を貰う事になった。

「一年で『物』を二人も仕留めたのは久しぶりじゃないかな」

 そう言って後藤軍曹は笑ってくれたが、目は笑っていなかった。

 こうして恐れられ、嫌われていくのだろうな。

 少し淋しい気持ちもあったが仕方無いと思う事にした。

 とにかくこれで八月分の国家貢献金は払える。



 かすり傷ではあったが負傷していた為、師団の医務室に行く様に言われ治療してもらう。

 今日はもうゆっくりしていて良いと言われたので医務室でお言葉に甘えていると、衛兵隊から車が迎えに来たとの連絡があり、乗って帰るように言われた。

 随分な高待遇だ。

 駐車場に行くと、衛兵隊の黒塗り高級車の横に将校と運転手が立っている。

 将校は驚いた事に宮坂教官だった。

「よくやったな。第七師団から君の活躍は聞いているよ。さぁ乗りなさい」

 そう言って自ら後ろのドアを開けてくれた。


 帰りの車中、満面の笑みで話しかけてくる。

「素晴らしい成績を収めたのでご家族にご連絡を、と思ったのだが、お父様は戦死、お母様も既に亡くなられているのだな」

 父親が戦死英雄なので遺族年金もしっかり出ていたのだが、母はその後気を病んでかすぐ体調を崩し亡くなってしまった。

「あと家族は妹さんがいる様だが、来月国家貢献指導の予定らしいな」

 はい、と答えると、

「君の様な優秀な学生の妹さんならさぞ優秀なのだろう。国家貢献指導の必要は無いと思うのだが」

 えっ、まさか、それって。

「国家貢献指導免除の推薦状を閣下にお願いして書いて貰おうと思うのだが」

 何という事だ。

「ぜひ、ぜひお願いします」

 大声で答える。

「今後もしっかりと良い成績を出し続ければ、妹さんが助かる手術が出来るかも知れんな」

 宮坂教官はそう言って機嫌良さそうに笑った。

「はい、また国境警備学習に行って結果を出します」

 私も笑顔で答える。

 この実習に出て本当に良かった。

 日本共和国万歳、渡辺書記長万歳、全てが上手く回り出した気がしていたが、気持ちは全く晴れなかった。



 日曜日になっても美沙の見舞いにも行けず、寮で震えていた。

とにかく人を殺した後の感触、匂いが鼻から離れず、寒気と吐き気がして動けなかった。

 清瀬と沖本に美沙の見舞いを頼み布団を頭から被るが全然暖かくならなかった。



 次の日曜日になり革命第三病院に向かう。

 ちょっと多めに本や漫画を買った。

 もう衛兵隊から病院の方へ通知を送ったと聞いていたので、美沙は国家貢献指導の心配は無いのだが私の心は全く晴れなかった。

 初めての殺人をした。

 この殺人者を何も知らない美沙はどういう風に迎えてくれるのだろう。

 もう私は汚れても良いと思った。

 汚れを一手に引き受けて、美沙だけには幸せになってもらおうと。

 国策だと言っても人殺しだ。

 こんな世の中に生まれた事を呪うしかなかった。

 しかし美沙だけは守ってみせる。

 衛兵隊将校の家族なら薬も治療も優先されるだろう。

 そう考えると悪い事ばかりでもなかった。

 その様な事を考えながら歩いていたら、もう美沙の病室の前だった。

 ノックを3回して、

「どうぞ」

 可愛い声の後、部屋のドアを開けた。

 美沙はベッドの上で体を起こして座っていた。

 珍しくパジャマではなく私服を着ていた。

「どうしたの、今日は?」

 私の問いには答えず、

「この服覚えている?」

 そう言って両手を広げた。

「初めて広島に来た時に買った服だろ。今の時期だと少し暑くないか」

「でもこれが一番気に入っているの」

「そうか」

「ねえ、お兄ちゃん。装備が汚れているよ。綺麗にしてあげる」

「そうか? そんな事無いと思うけど」

「汚れているよ。かして」

 いつもの様にベルトごと渡す。

「それとね、一つお願いがあるんだけど」

「あっ、わかった。外出だろ。それで私服なんだな。よし、車いす借りてくるよ。デパートで夏服を買ってやろうな」

 近頃は歩くことがままならないらしい。

「ううん、違うよ。そこの引き出しの中にある小さな箱にプレゼントが入っているから開けてみて」

「そうか、ありがとうな」

 ガサゴソ

「ん? どこだー」

「そっちの引き出しじゃないよ。左の小さい方」

「あっ、こっちか」

 ガサゴソ

「お兄ちゃん」

「ん?」

「今までありがとう」


 バン

 

 乾いた銃声、火薬の匂い。

 驚いて振り向くと美沙はベッドの上でうつ伏せに倒れていた。

 しまった、銃は実弾が入ったままだった。

 何て事だ。

 ああ美沙、美沙。

 抱き起すと胸を赤く染め、満足そうな顔をして目を瞑っていた。

 いくら揺り動かしても瞑った瞳は開かない。

 ナースコールを押すがブザーが鳴らない。

 病室を慌てて飛び出し、一番近くにいた看護士さんに言う。

「助けてください。妹が死にそうです」

 びっくりした看護士は一緒に走って美沙の部屋の前まで来たが、

「ああ、『物』のお部屋ですか」

 そう言って帰ろうとした。

 どういう事だ?

「何を言っているんだ、衛兵隊から連絡は来ていないのか!」

 思わず怒鳴ってしまった。

 衛兵隊、という言葉を聞き看護師は少しビクッとしたが、すぐに反論してきた。

「この部屋の中は二日前から『物』ですよ。ナースコールも使えない様になっていますし、あと何日かすると衛兵隊から人が来てここで国家貢献指導をおこなう予定です」

「ここで?」

 指先が冷たくなる。足が無意識に震える。

「ええ、あっ」

 何かに気付いた様な声を出し、看護師が美沙の部屋に入っていった。

 安らかに眠る美沙の腕を物みたいに掴み、脈をとる。

「あー、だめだ」

 そう言って、物みたいに放り投げ走ってどこかへ行ってしまった。

 なんでそんなふうにできるんだよ。

 投げられた美沙の手を布団の中に入れてやる。

 悲しくなって涙が出てきた。

 医師と看護師数人が病室に入ってきた。

 先生が来てくれた。

「先生、助けてあげてください。妹が」

 ここまで言うと先生は言葉を制する様に手を挙げ、美沙の布団をおもむろに剥いだかと思うと、手と首を触り目にライトを当てた。

「くそっ、何で交代の時間なのに。おい、手術の用意だ」

 手術をして頂けるらしい。

 助かるのか?

「移植手術待ちの清水さんの体調を確認してきて」

 ため息交じりで言う。

 何かおかしい。

「あの……美沙は助かりますか?」

 恐る恐る聞くと、

「何を言っているんだ。この『物』は死んでいるぞ」

「えっ、じゃあ手術って」

「だから、この『物』の腎臓が新鮮なうちに移植手術するの。衛兵隊が来るのは八日以降って言っていたのに」

 血の気が一気に引いて倒れそうになる。

 狂っている。

 急に怒りが込み上げてきた。

 先生に向かって呟く。

「美沙は連れて帰りますよ」

 こんな所に美沙を置いておけるか。

「だから、今からこの『物』は使うんだって。俺だってもう交代の時間だからやりたくないんだけど担当だから」

 ため息交じりで言う先生。

 美沙の腎臓はとっくに予約済みだったのだろう。

 ストレッチャーが来た。

「美沙は連れて帰りますよ」

 決意を込めて言うと、

「だからー、そんな事はダメだって」

 医者は少し怒った顔で私に言う。

「腎臓があれば良いんだろ」

 私は美沙のベッドの上に置いたままの拳銃を拾い上げる。

「ほら、どいて」

 看護師がハエでも払う様に私に向かって手を振る。

 その顔に拳銃を向けた。

 動きが止まる看護師。

 先生にも向ける。

「時間がもったいねーんだよ。そのオモチャを」

 

バン、バン


 二発発射した。

 壁に二つの弾痕が並ぶ。

 先生は腰が抜けたのか、その場に座り込み動きを止めた。

 動かなくなった医師看護師達を無視して、美沙に話しかける。

「美沙、帰ろうな」


 バン


 至近距離から美沙の首に向かって拳銃を発射した。

「美沙、中々離れないものだね」


 バン


 話しかけながら、笑いながら、拳銃を発射した。

 病室内の全員が静かに見守る視線が、私の体中に突き刺さる。


 バン


 中々離れないので短剣を抜き、ゆっくりと丁寧に切り離す作業をおこなう。

 ようやく頭と胴体が離れると、

「さあ、帰ろう」

 美沙の頭部を抱きかかえ、私は元気良く歩き出した。


 病院を出て街を歩く。

 美沙を抱えながら。

 頭だけの美沙を抱えながら。

 すれ違う人全員がこちらを見る。

「美沙、みんな見ているぞ。相変わらず人気者だな」

 笑いながら話しかけるが返事は返ってこない。

 もう衛兵隊にも居たくない。

 何が国家貢献指導だ。

 何がハントだ。

 何がタイムだ。

 もうたくさんだ。

 助けて下さい。

 誰か助けて下さい。

 みんな狂っている。

 美沙の頭を抱えながら心の中で叫ぶ。

 叫び続ける。

「止まれ」

 気が付くと衛兵隊に囲まれていた。

「人の頭なんか持ち歩いて何を考えているんだ」

 ああ、やっぱり美沙は人だ。

『物』なんかじゃ無い。

「ありがとう。美沙は人ですよね」

 美沙を衛兵隊に差し出す。

 思ったより重くて前のめりになってしまった。

 その時後ろから羽交い絞めにされる。

 そして衛兵達に警棒で一斉に殴られるが、不思議と痛みは感じなかった。

「帰るんだ」

 それだけ叫ぶと意識はだんだん遠ざかっていった。

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