第7話 素晴らしい学生生活
気が付くと白い天井が視界に入る。
ベッドの上だった。
体を起こそうとしたが全身に痛みが走る。
頭が痛い。
体中がだるい。
熱っぽい。
もう少し寝ようと思ったがドアが開いた。
宮坂教官だった。
「よくやった」
入ってくるなりそう言って、
「家族に対して国家貢献指導をするなんて中々出来ない事だ。それを学生でやるとは」
笑顔で私に語り掛ける。
「いや」
美沙は私の装備品で遊んでいてこうなりました、と続けようとしたのだが宮坂教官はそれを制し私の耳元で言う。
「貴様は今年一番の優秀な生徒だ。学期末は二つ目の勲章を期待しておけよ」
そんな事はどうでもいいと思い目を閉じた。
意識は遠のいていく。
次の日、美沙が入院していた病院の院長と事務長が私の病室へお詫びに訪れた。
美沙の国家貢献指導免除の知らせは速達で届いていたらしいが、業務が忙しかった、引継ぎが上手くいかなかった、等延々と言い訳をした後、多額の慰謝料、それと小さな遺品箱を置いていった。
生死のかかった書類なのにそんなぞんざいな扱いを受けるとは『物』の人権なんてその程度という事なのだと思った。
小さな遺品箱の中には衣服や日用品の他にあの日、開ける事が出来なかったプレゼントと美沙の字で書かれた封筒が入っていた。
封をされた、送り主にお礼が言えなくなったプレゼントを開ける。
《お兄ちゃんへ 私の国家貢献金が高いのを見て、多分お兄ちゃんは国境警備へ行ったのでしょう。だから先週来られなかったんだよね。でもお兄ちゃんは優しいので、脱西者がいても逃がしてしまうでしょう。そしてまた教官に怒られると思います(ごめんなさい清瀬さんに無理言って聞き出しちゃいました)。このままでは美沙のせいで、衛兵士官学校卒業どころか逃走をわざとさせたという事で国家貢献指導になってしまうと思います。でも家族を国家貢献指導したとなれば卒業は間違いないでしょう。国境に行くと実弾が支給されると聞いています。だからそれを使って美沙は死にます。それがプレゼントです。美沙の命は多分、いや確実に今日までだったのです。だから美沙が死んでも悲しまないでね。いつまでも元気でいてね。そして幸せになって下さい。今まで迷惑ばっかりかけてごめんなさい。
さようなら 大好きな兄へ 山本 美沙》
涙が止まらなかった。
泣いて、泣いて、叫んで、頭がおかしくなって花瓶に入ったバラを食べた。花瓶も食べようとした。自分では気づかぬうちに大声が出ていた様で、大勢の医師や看護師が止めようと病室に入って来た。
医師達ともみ合っている中で、口が赤いのが鏡に映りそこで冷静になってしまった。
(まるで人を食べた後の様だね)
妙に冷静になってしまった。
衛兵になるしかないな、そう思ったのもこの日だった。
二週間程入院の後、衛兵士官学校に復学した。
私が教室に入ると急に教室が静かになった。
クラスの空気がおかしかった。
沖本も他のクラスメイトも怯える様な目で私を見ている。
その様な中、清瀬だけは私の事を睨み続けていた。
もう本当に全てがどうでもよくなってしまった。
冬はあっという間に終わった。
春が来ようとしていた矢先一年の過程が終了した。
あの日から私は変わった。変わらざるをえなかった。
国家貢献指導も嫌ではなくなってしまった。
『物』も数個壊した。
美沙の様に助からない『物』を。
どうせ死ぬのだ。
楽に壊れる様に、と『物』一つに拳銃の弾を全弾使った。
「何もそんなにムキになって殺さなくても」
生徒達の小さい呟きが耳に届く。
拳銃に弾なんて残っているとろくな事がないというのは私が一番よく知っているので誰にも文句は言わせない。
呟いた奴の前に行き、拳銃の柄で思いきり殴りつけた。
その様子を見て教官はとても満足気だった。
どんどん成績は良くなっていった。
それと共に私はだんだん人では無くなっていっている気がした。
私こそが本当の『物』なのではないだろうか。
二年になる前に各自配属の課が決まる。それに応じてクラス替えとなる。
親衛課、治安課、憲兵課、物品課の四クラスに分かれて各課の勉強、訓練に入る訳だが、その発表前に宮坂教官に呼ばれた。
「貴様は成績優秀なのだが、優秀すぎる様でどうもクラスで浮いている様だな」
あの日以来友達はいなくなった。
「毎年貴様の様な優秀な生徒がそうなる事はよくある事だ」
それはどうも。
声に出したかどうかわからない返事をする。
「そこでな、もう貴様は一線で働きながら教育を受けた方がいいと思う。ついてはだな」
「物品課ですか」
これははっきり声に出した。
少し驚いた顔をした宮坂教官だったが、
「みんな嫌がる課だが、昇進も確実だし手当も良い。何より国家への貢献度が段違いだ。亡くなった妹さんの為にも出世して偉くなったらどうだ?」
私の目を感情が有るのか無いのかわからない様な目で覗き込む。
「やります」
私の答えは決まっていた。
「そうか、そうか、後は任せろ。悪い様にはしないからな」
宮坂教官はそう言って私の手を握った。
あれから上手く頭の中で考える事が出来なくなっていた。
ただ美沙の思いを無駄にする事だけはしまい、とそれだけだった。
学生寮に戻り、荷造りを始める。
机の引き出しを開けると、あの日から数日後に開けた美沙からのプレゼントが入ったままになっていた。
美沙、お兄ちゃんは別に衛兵になりたかった訳ではないのだよ。
気にすると思って結局最後まで言えなかった言葉をプレゼントに向かって呟いた。
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