第5話 素晴らしい戦闘

 気分の悪くなる物を見てしまった私は俯きながら宿舎に戻ると、今日は田上さんが先に戻っていた。

 今日は機嫌が良さそうだ。

「よう、お帰りー。今日はおえらいさんも帰ったし、衛兵将校はどこかに行っちまったから、楽だったぜ」

 衛兵将校の事を思い出し気分がまた悪くなる。

「でも明日、明後日はいよいよかもしれんよ」

「えっ、何がいよいよなのですか?」

「集団脱西があるかもって本部で言っていた。だから明日は俺も国境周り」

 はぁー、と大きなため息を吐く田上さんには悪いが、正直チャンスだと思った。

絶対に捕まえてやる。


 五日目は山道の見回りだった。

 鼻歌を歌いながら後藤軍曹が先頭を進み、その後ろに私、兵隊の順で続いた。

 のどかな山道、良い天気、良い具合に力が抜けた感じの下士官、兵。

 このままずっとこの班に居たい気がした。

 そして午前中は何事も無く過ぎていった。

 

 夕方近くになった頃、

 パーン、パーン

 割と近くで銃声がした。

「よーし、お前ら着剣」

 後藤軍曹が小銃に短剣を着ける。

 兵隊も手馴れた感じで作業をする。

 脱西者か? 

 足が震えだす。

「山本も拳銃の安全装置を外しておけ。あとお前は俺から離れない事」

 後藤軍曹に肩をポンと叩かれた。

 よし、やってやる。


 パーン、パーン

 小銃の音が近くなる。

 止まれー、投降しろー、怒鳴り声もする。

 脱西者発見の笛の音が鳴り響く。

 一人、一人でいい。

 捕まえなくては。

 パーン、パーン、ダダダダダダダ

 小銃と軽機関銃の音が交差する。

 見えた。

 師団の兵と私服の脱西者が撃ち合っていた。

 脱西者の方は一人血を流してうつ伏せに倒れているが、師団の兵は五人も倒れていた。

「こりゃまずいな、今から山形班を援護するぞ。俺が手りゅう弾を投げたら全員脱西者に向かって撃ちまくれ」

 後藤軍曹はそう言うと、二十人はいる脱西者の集団に姿を隠しながら忍び寄る。

皆、その後ろに続く。

 また一人、師団の兵が大声を上げて倒れた。

 軽機のある脱西者の方が優勢だ。

 ゆっくり、ゆっくり脱西者の集団に忍び寄る。

 もう顔が見える距離になった。

 男だけではなく女もいる。

 土煙が上がる。

 パーン、ダダダダダダ、バーン 乾いた空気、金属と油の匂い。

「撃たれたー」

 師団の兵が声を上げ倒れる。

 その時、十分に近づいた後藤軍曹が脱西者の集団に手りゅう弾を投げた。


 ガーン


 轟音がして軽機関銃を撃っている脱西者が倒れた。

 それを見て兵隊が一斉に銃弾を叩き込む。

 このチャンスに私は岩の陰から出られないでいた。

 一人でも捕まえるか……殺して捕らえれば国家貢献金を稼げるのに、恐怖で足が竦んで動かない。


「撃ち方止め」

 後藤軍曹の合図で兵隊達は撃つのを止める。

 土煙が晴れた後には十数人の死体が転がっていた。

「助かったよ、後藤」

 そう言って山形軍曹が近寄ってきた。

 終わったのか。

 激しい後悔の後、怒りがこみ上げてきた。

 待ち望んでいたチャンスなのに一発も撃てなかった。

「おい大丈夫か?」

 後藤軍曹が笑いながら話しかけてきた。

 その肩越しに、


 いた。


 まだいた。

 林に隠れてこちらを遠巻きに見つめる、数人の男女の姿。

「待て」

 ありったけの大声を出して思わず走り出した。

 相手もこちらに気づいて逃げ出す。

 待て、止まれ、待ってくれ。

 相手はそれ程早くない。

 距離はどんどん近づいていった。

 バーン、バーン

 音がして何かが私の左頬をかすめた。

 温いお湯の様な感覚がして手を当てる。

 手の平を見ると真っ赤に染まった。

 これで興奮してしまった私。

 拳銃を抜くと一発、二発、相手に向かって撃つ。

 逃げていた一人が声を上げその場にしゃがみこむ。

「母さん」

 五人全員の足が止まった。

 ついに追いついた。

 拳銃を構えながら近づく。

「逮捕する。動くな」

 それだけ言って言葉が詰まってしまった。

 中年の男女一人ずつと少年少女一人ずつ、それとおばあさんが一人、おそらく家族だ。

「お人形さんが落ちちゃった、お人形さんが落ちちゃった」

 おばあさんがぬいぐるみを落としてしゃがみこんでしまった様だ。

 中年男性が懸命に手を引っ張るが、おばあさんは人形を取りに行こうとする。

 その人形は私の足元にあった。

「うわー!! お人形!!!」

 おおよそ大人が発するとは思えない大声を上げている。

 少し痴呆なのかもしれない。

 この五人を捕まえたら全員国家貢献指導だろう。

 こんなおばあさんを抱えて、この家族はノルマをこなせるのだろうか。

 バーン

 中年の男が撃った一発が、私の左肩をかすめた。

 バン

 反射的に撃ち返した私の拳銃の弾は男性の腹に当たった。

 男性はゆっくりと、前のめりに倒れる。

「お父さん」

 少女の大きな声が山に響いた。

「わーい、お人形」

 おばあさんが私の足下に走り寄る。

 自分の息子であろう、撃たれた男性の手を振りほどいて。

「コノヤロー」

 少年が殴りかかってきた。

 彼の顔面を蹴り飛ばす。

 吹き飛ぶ様に転がり倒れた。

 小、中学生でも国家貢献指導中一人として数えられ、大人と同じ作業をさせられる。

「お人形さーん」

 このおばあさんも一人に数えられる。

 小、中学生は何とか作業が出来ても、このおばあさんがいる。

 一家族に与えられたノルマなど到底終わる訳がない。

 そうやって毎日ノルマが終わらず、指導という名の暴力を繰り返される。

殴られ、殴られ、殺される程殴られ、それで役立たずから死ねれば良いが死なないと一家の中で仲間割れが起こり、弱い『物』から殺され、家族内で指導という名の殺人がおきる。

 それが出来ない家族は一家全滅する事も。

 そんな事になる位なら。

「ねぇ、お人形さん汚れちゃったよ。綺麗にして」

 人形を差し出す、屈託のない笑顔をしたおばあさん。

 そのおばあさんの頭に、

 

 バン、バン、バン、バン、バン


 ありったけの銃弾を叩き込んだ。

 ガチッ、ガチッ、

 撃ちつくす。

 急いで弾を入れようとするが手が震えて上手く入らない。

 それでも無理やり詰め込む。

 早く、早く。

「いやー!!」

 中年女性の叫び声で我に返ると、おばあさんの頭は赤く染まり、顔は無くなっていた。


「よーし、動くなよ」

 後藤軍曹が追いつき、銃を構えながら近づいてきた。

 中年女性は座り込み、少女は中年男性にすがる様にして泣いており、少年は倒れたままだった。

 ピー

 後藤軍曹が笛を吹くと、次々と人が集ってきた。

「おっ、これ一人でやったのか。凄いな」

 動かなくなった三人と、転がっている二人を確認した後、褒められた。

 だけど私は茫然とするばかりで返事もしているかどうかもわからなかった。


「あらっ、終わっちゃったかな」

 若い衛兵将校の四人組がこちらへ向かって歩いてきた。

 そのうちの一人が辺りを見回した後、顔の無い死体で視線を止める。

「おうおう、ハードな死体がありますよ」

 そう言って、

「すげーな、これ誰がやったの?」

 まるでおばあさんの死体を、物の様に指差して言う。

 まあ、わが国では間違ってはいないのか。

「この学生がやりました」

 後藤軍曹が私を紹介してくれたのを、ふぅん、と少し興味がある様に聞いた後、処理について話し出した。

「二つも引きずっていくの、めんどうでしょ。穴掘って埋めちゃえば。写真撮って、あとは新型ルミノール塗っておけばいいよ」

 衛兵将校の必須アイテム、新型ルミノールを死体に振りまき、足で延ばす。新しい人血にのみ青く反応しそれが何十年も残る。

 衛兵隊が処分、もしくはその確認をしたという証拠となり、万が一何年か後に死体が出てきても、周りの土が青い死体はこの国では相手にされない。

 兵隊が土を掘り始めた。

 衛兵将校が写真を撮り、携帯電話で埋める位置を確認している。

 淡々とおこなわれる作業を呆けて見ていると、

「あー、こいつまだ生きてまーす」

 おもちゃを見つけた様に、一人の衛兵将校がはしゃいでいるのが聞こえた。

 中年男性はまだ死んでいなかった様で、お腹を押さえて呻きだす。

「なぁ、こいつでタイムやらね?」

 おー、そうだな。

 何人かが同意する。

 タイムって何だよ。

 またハントみたいな変な事を始めるのか。

 やめろ、やめてくれ。

 心の中で喚く。

「『物』持って帰るから車宜しく。いや、それだと山道入ってこられないでしょ。四WD、そう、ごついやつ」

 電話をしている衛兵将校の横を、風が流れた様な感覚がしてそちらを向く。

 抜刀した衛兵将校が中年に近づく。

 倒れているのを起こす。

 まさか、やめろ、声にならない。

 スパーン

 首は簡単に切り落とされた。

 胴体が倒れ、血だまりが広がる。

 なんてことを……。

 唖然として立ち尽くす私の横で、

「由梨那ちゃん殺しちゃったの。相変わらず短気だね」

 少し呆れ顔で言う、電話をしていた衛兵将校の視線の先を見る。

「うん、よし」

 可愛く独り言を言っている、長い黒髪、白い肌に、整った小さくて綺麗な顔、日本共和国で一番怖いと噂の衛兵将校、上月由梨那中尉が、自分で切り落とした首を見て、満足気に微笑んでいた。


 

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