第4話 素晴らしい国境警備
『衛兵隊の活躍により日本共和国人民は今日も健康で文化的な中程度の生活が営めております。特に一番大変な物品課には日々感謝をしましょう。(日本共和国人民日報社説より)』
衛兵学校一年生の春はこの様に高校生活とはかけ離れた大変なものだった。
厳しい教練、演習の日々ではあったが将来が約束されており、給料が出て、なおかつ二十歳から二年間ある徴兵を免除されるとなっては辞める者は中々いなかった。
梅雨の終わりを告げる雷鳴が鳴り響き、暑い夏の到来を感じさせる風が吹き始めた頃、寮に手紙が届いた。
《長期療養者国家貢献金のお知らせ》
日本共和国は症状固定(六ヶ月間)まで入院しても病気が治らないと国家貢献指導となる。
しかし国への国家貢献金次第ではその期間が延びる。
美沙は八月に症状固定で長期療養者となるのだがその時に払う貢献金の料金表が来たのだ。
納付金額を見てみる。
とても長期間払える金額ではなかった。
どうしよう。
寮の食堂で夕食の後、頭を抱えているとテレビにニュースが流れた。
「日本共和国から違法出国しようとした家族が逮捕されました。逮捕したのは国境警備学習中の衛兵隊の学生で……」
これだ。
これしかない。
自分も志願しよう。
思想的な問題を持つ者や後期高齢者、傷病者を抱える家族の脱西(東日本に亡命する行為)を逮捕、もしくは射殺するとかなりの賞金が出たはず。
職員室で宮坂教官に聞いてみると、数か月分位は払えそうな金額だった。
その場で国境警備学習の志願をすると、
「お前みたいな奴も内申点が気になるのか。まぁ宜しい。来週の月曜日から土曜日まで警備学習を許可する。手配しておこう」
兵科決定の内申書の為だと思われた様だ。
お金の為にこの実習に行く者は殆どいない。
大体衛兵士官学校に来る生徒は、政治家や高級士官の子息が多いからだ。
行くのは優秀な成績をとっていい兵科に行きたい奴くらいだろう。
一応県議会議員の息子清瀬、陸軍大佐の息子沖本にも一緒に行かないか声を掛けてみたが、二人共出世に興味が無いという事で断られた。
「しかし山本が出世に興味があったとはねぇ」
清瀬にやや呆れ気味に言われた。
美沙の病室使用料の為に、何て言ったら心配させるどころか実家から送金させかねないしそれは最後の手段だと思ったので、
「春先の気絶分位は取り戻しておかなくては、卒業出来ないかもしれないし、な」
そう言ってごまかしておいた。
清瀬はそれもそうか、という顔をした後こう言った。
「まぁ気をつけて行って来いよ。脱西者も無抵抗じゃないらしいぞ」
日曜日に国境を守る日本共和国第七師団司令部(兵庫県)に出頭するので今週は美沙のお見舞いには行けない。
どうか、どうか脱西者がいますように、と願いながら土曜日の夜、寮から出るバスに乗り出発した。
この実習は実習と言いつつも、増えつつある脱西者を捕まえるのに少しでも手が欲しい師団と国が始めた事で、士官学校、軍大学、予備役の士官、兵からも募集していた。
しかし沢山歩く重労働である為、内申点稼ぎの士官学生と日当目当ての予備役士官が僅かに応募してくる程度だった。
「しかし君も物好きだね」
同室となった予備役士官、田上さんに言われる。
「将来出世コースの衛兵親衛隊でも狙っているの?」
からかう様に言われる。
まぁ、とあいまいに返す。
「いいねぇ、俺なんか徴兵逃れで大学出た後、予備士官学校出たまではいいけど、その後中々職が決まらなくてねぇ。結局、無職が許される三ヶ月間休んでバイトしての繰り返し」
日本共和国は無職期間が三ヶ月を経過すると国家貢献センター送りになる。
これもこの国が裕福な理由の一つによく挙げられる。
「まぁ一週間適当にやろうよ。脱西者いないといいなぁ、捕まえる時だいぶ危ない事があるらしいよ。君も実弾もらったと思うけど、使わないで返したいものだよねぇ」
そうですよね、と返したがいてもらわないと困る。
日当だけではとても美沙の国家貢献金が払えない。
拳銃に実弾を入れる。
国境警備のリピーターにする為か、はたまた他の衛兵学生の士気を高める目的か、以後学生にも関わらずずっと入れっぱなしにしていなくてはならない。
そんな物騒になってしまった拳銃を見ながらため息をついた。
次の日、九時から国境の割り当てられた地区の見回りを開始した。
国境では三交代で二十四時間、国境の監視をおこなう。
若い士官か下士官一人が班長、兵隊、実習者が約十名、それらが一組の班になって任務をおこなう。
予備役少尉の田上さんは、今日は本部勤務との事で朝早く文句を言いながら部屋を出て行った。
私はその後、班の集合場所に行き待っていると徐々に兵隊が集まって来た。
そして最後に班長の下士官、後藤軍曹が現れ、
「全員揃ったか? よーし、じゃあ出発」
点呼もとらずそう言うと、さっさと歩きはじめた。
皆慌てて後ろをついて行く。
「しっかりついてこいよ。遅れそうになったり、撃たれたり、死んだりしたら言えよ」
こんな感じのんきな事を言いながら、後藤軍曹はゆっくり先頭を進んだ。
今日の担当地域は山道でかなり歩き辛いものの、後藤軍曹が適宜休憩を入れてくれ、冗談を言いながら進んでくれたお陰で衛兵隊の実習の様に苦しい物ではなかった。
「今日は山道だからな。脱西者は多分いないだろうから、実習生は遠足だと思って歩けよ。あと疲れたら言えよ。別に怒らないから。遠足だしな。あっ、でも、おやつ五百円以上持ってきていたら怒るからな」
ハハハ、と兵隊達の笑い声が上がった。
この様な感じでとても気さくな班長だった。
班長次第で地獄にも天国にもなる様だが、私は当たりを引いた。
何事も無く一日目は過ぎていった。
定時より五分早く解散となりお前は早く帰って寝る様に、と命令されたので有難く宿舎でのんびりさせてもらっているとドアが開いて田上さんが入ってきた。
「本部勤務はくそダルイ」
帰ってくるなり田上さんは装備がついたベルトを外し、ベッドの上に仰向けになった。
「今日はおえらいさんが視察に来てやがんだよ。もう最悪」
相当気を使ったらしい。
ぐったりとしている。
「何か近々で大規模な脱西計画があるらしいよ。それで気合入れに来たみたい。ついていない時に来ちゃったね」
むしろチャンスだと思った。
「しかも今日、本部にあいつもいたんだよ」
「あいつ?」
「ほら、何年か前に衛兵隊募集のポスターになった奴。えーっと、上月由梨那中尉」
長い黒髪で色白、整った顔で綺麗な目をした彼女のポスターは私も見た事がある。
そしてどの様な人かというのも、日本共和国中の人が知っている。
「やっぱり笑顔で首を切り落とすのかなぁ」
笑顔で『物』の首を切り落とす。
『物』を毒殺しようとする。
そして『物』を食べる、といった具合に素晴らしい衛兵将校ではあるが、あまりにも怖すぎる為従兵のなり手がいない程だと聞く。
日本共和国一怖いと噂の人だ。
「嫌だなぁ。俺明日まで本部勤務なんだよね。明日はいないといいなぁ」
運が良い事に自分は一週間、後藤軍曹の班だった。
二日目、三日目と何事も無く過ぎ去り、少し焦りを感じ始めた四日目、森の国境線見回り終了間際。
ダーン、ダーン
銃声が森の中に響いた。
脱西者か?
心臓の音が早くなる。
後藤軍曹は少し立ち止まると、
「全員ここにいる様に」
そう言って、銃声のした方向へ歩いて行こうとする。
「自分も連れて行って下さい」
その背中に向かって、大きな声で願い出るが、
「多分、脱西者じゃないよ」
それだけ言って、どんどん進んで行ってしまった。
私はその後ろを必死でついて行く。
「あー、やっぱりな」
暫くすると大きな広場が見えてきた。
そこには衛兵隊将校数人と衛兵、そして……そこから数十メートル離れた所では人が頭を砕かれて倒れていた。
「ハントやってやがるな。気楽なモンだ」
後藤軍曹は何でもない様な顔をして、戻ろうとする。
「ハントって何ですか?」
震える声で聞いてみた。
ああ、知らないよな、という顔をして後藤軍曹は立ち止まると、
「衛兵隊将校の、まぁ国家貢献指導だな。ちょっと見ていくか」
その場に座ったので、その隣に腰を下ろした。
今座っている森から、広場の衛兵達がいる所までは数百メートル離れていると思われるが、笑い声が聞こえてくる。
急に走り出した人がいた。
ダーン
一人の衛兵将校がその人に向かって銃を撃ち始める。
ダーン
二発目の銃弾が足に当たったのか、足を引きずる様に走る。
ダーン
三発目が体に当たったのか、大きく仰け反る。
ダーン
四発目が当たり、とうとう倒れた。
衛兵達から大きな歓声が上がる。
「何をやっているのですか」
もう何が何だかわからなかったので後藤軍曹に聞いてみる。
「ああやってな、『物』を走らせて撃つ国家貢献指導だよ。衛兵隊の奴らみんな拳銃上手いだろ。こうやって練習しているんだよ。森の中まで逃げ切れば、とりあえず銃弾で撃たれる事は無いから『物』は必死に逃げる訳だ。まぁでもその場は逃げられても俺たち国境警備が捕まえるか、特殊工具じゃないと切れない電流フェンスが国境沿いにあるから結局捕まるか、死ぬか、なんだけどねぇ。たまにフェンスが切られている時と、東のスパイがウロウロしている時に連れて行ってもらう奴が助かるけど」
そろそろ行くか、と立ち上がる後藤軍曹。
私は気分が悪くなってしまい、立つ動作が遅れた。
衛兵にひきずられていく『物』の、殺してくれ、殺してくれ、と言う声がここまで届く。引きずられた後に赤い道が出来る。
もう見たくないのだが、見える、視界に入る。
突如衛兵将校の中から人影が飛び出した。
真っ黒な髪の毛が腰位まである将校が、抜刀して引きずられている『物』に駆け寄る。慌てて引きずっていた衛兵は逃げだす。
衛兵将校は放置された『物』の上半身を引き起こすと、
スパーン
一閃の下、首を切り落とした。
衛兵将校達の歓声と笑い声、拍手が聞こえてきた。
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