第3話 素晴らしい学習
衛兵隊の任務は大きく分けて四つある。
一番エリートの要人護衛が主な仕事の親衛課、反乱、反動分子の摘発が仕事の治安課、学校、軍隊に配属される憲兵課、そして『物』管理、指導をおこなう物品課がある。
今日は物品課の仕事実習。
『物』が管理されている所に見学に行くことになった。
一年生全員、バスに乗って着いた先は岡山県の国家貢献センター。
ここは『物』の再教育の拠点だ。
『物』とは国家に対する反逆行為により人権が無い人の事である。
物凄く塀の高い国家貢献センターの正門前に着く。
物々しい鉄の扉の扉が開く。
私達を乗せたバスは中へと入って行く。
少し入った所で止まる。
「総員下車」
衛兵教官の宮坂少佐の号令が有り、全員その後ろについて行く。
駐車場から大きなグラウンドに移動し整列する。
「ここが国家貢献センターだ。今日の実習は教育館でおこなう」
宮坂教官を先頭に二列縦隊となり教育館へ向かう。
どの建物も何だか異様な空気を醸し出していた。
中に入る。
一階が大ホールとなっていて、二階がいくつもの小さな部屋に分けられている。
教官は大ホールの方に進んでいく。
我々もその後に続いた。
上から叫び声が聞こえてきた。
私達学生は一様に不安な顔を見合わせるが、宮坂教官はなんでもない様に進んで行く。大ホールの扉の前には衛兵が二人立ち、我々を認めると敬礼をした後扉を開ける。
教官は答礼しながら中へ入っていき、我々生徒もその後に続いた。
大ホールには五人の男女が横一列で立たされていた。
その両脇には銃を持った衛兵が見張っている。
「これらの物達は後期高齢者隠匿で国家貢献指導中の『物』達である。先日、全員分の作業ノルマをこなせなかった。よって家族全員連帯責任での指導となる」
後期高齢者隠匿罪は家族全員が逮捕、指導の対象となる。
そして人数分の労働ノルマを課せられる。
勿論高齢者も一人に含まれる。
そして、その人数分の労働ノルマが終わらないと家族全員で教育を受ける。
「これよりこの『物』達の指導を行う。順番にこいつで力いっぱい殴る様に」
木の警棒より長くて太い棒を各自渡された。
「それでは出席番号順に一列に並べ。全部の『物』に指導をしたら次の者に変わる様に」
五人、いや五つの『物』に対しての指導が開始された。
中年の男、中年の女、若い男、若い女、そして老婆。一人で五人全員殴ったら次の生徒に交代する。
大抵の生徒が躊躇う。
殴る力が弱くてやり直しを命じられる者がほとんど。
しかしここは衛兵隊。
衛兵隊は人からも『物』からも恐れられなくてはならない。
これ位の事は出来なくてはなれるわけが無い。
そんな事は入学した時にみんな覚悟していたはずだ。
教官に怒鳴られながら、次第に皆力いっぱい殴り始める。
五つの『物』は次第に血に塗れていく。
老婆が倒れた、衛兵が無理やり立たす。
次々と殴る。
中年の女が倒れた。若い男が駆け寄る、衛兵がそれを殴り飛ばす。
打ち所が悪かったのか中年の男が崩れる様に倒れる。
若い女の肩が不自然に曲がる。絶叫と共に倒れる。
更に殴る、殴る、倒れていても殴り手は次々と交代していく。
それを見ている宮坂教官は満足そうだ。
何でこんなことが出来るのだろう、などと考えてはいけない。
いやこんなこと考えてしまうのはひょっとしたら私一人なのかもしれない。
みんな将来は立派な衛兵将校となるべく入学した者ばかりであろうから。
私みたいに妹の治療の為に入学してきた人間はここに居るべきではないのかもしれない。
三十六番、沖本の番だ。
殴りつける力が弱く一回やり直しを命じられ、次からは力いっぱい殴っていた。
五十番の清瀬は青い顔をして、最初から力強く殴りつけていた。
私の出席番号は後ろから三番目だった。
もう五十六人に殴られている『物』は血まみれなのは勿論、形が変わってしまっているのやら、泡を噴いて痙攣しているのやら全員ひどい状態で倒れていた。
「五十六番終了。次五十七番」
自分の番だ。
鉄の棒を握り締め前に出る。
これを…… これ以上…… 殴らなくてはならないのか。
「どうした五十七番、さっさとやらんか」
喉が渇く。
足が震える。
動悸がする。
この家族をこれ以上痛めつけなくてはならないのか。
衛兵はここまでの事が必要なのか。
自問し葛藤する。
手が出ない。
宮坂教官の声がする。
「死にそうで殴れないか。大丈夫だ。人間そう簡単には死にはしない。万が一死んでも指導中の事故は罪にはならんし、一年生のうちに一つでも殺せば勲章を貰えるぞ」
更に一歩踏み出し、中年の男の前に立つ。
どうか…… もう…… と、かすれる様な声が中年の女の方から聞こえてくる。
これ以上殴ることが出来るのか、出来るのか、出来るのか出来るのかできるのか……
気がついたら列外に倒れていた。
宮坂教官が蔑んだ目で睨む。
「こんな実習で気絶などした者は衛兵学校始まって以来、貴様が始めてだ」
無理矢理立たされビンタを食らう。
「『物』に指導が出来ない衛兵など必要ない。貴様の様な奴は卒業出来ると思うなよ」
怒鳴られて列に戻ると清瀬と沖本が気にするな、という風に私の肩を叩く。
二人とも青い顔をしていた。
いいか貴様ら、と宮坂教官が意気消沈している生徒達に声をかける。
「満七十五歳を迎えた後期高齢者は如何なる理由があろうと国家貢献センターへ出頭し国家貢献指導を受けなくてはならない。なお指導免除規定があり、大佐以上の軍人、県議会議員以上の議員経験者、高裁判事、一級勲章受賞職人、これらの者の妻、年間一千万人民円以上の国家貢献金を出来る者は出頭の必要は無い。何故だかわかるか?」
国家に十分貢献したからです、と生徒の中から声が上がる。
宮坂教官は大きく頷く。
「そのとおりだ。後期高齢者が国家貢献指導を拒否、逃走した場合、家族が故意に出頭させなかった、逃走させた場合、国家貢献法により家族は連帯して責任を負わなくてはならない。なお、国会議員、中将以上の将軍による国家貢献指導免除推薦文があれば審議の結果免除になる場合がある」
中将以上の国家貢献指導免除推薦文、私はこれが欲しかった。
衛兵学校の校長は中将、成績優秀ならあるいはとも思っていたのだが、今日こんな失態をしてしまった。
もう駄目かもしれない。
しかし何とかしなくては。
その為にここに入ったようなものなのだから。
数ヵ月後には美沙にも国家貢献指導が待っている。
高齢者、長期の入院している人は普通に働けないし、年金、医療費が掛かる。
あまり長生きだといつまでも国家に負担を掛け続けてしまう。
そこで国家に対してどうしたら貢献できるか後期高齢者や病床者に国家貢献指導となる訳だ。
しかし七十五歳以上の老人、長期入院中の病人が国家に貢献し国の負担を無くす方法など決まっている。
後期高齢者や病人で国家貢献センターから出てきた者は居ない。
この制度が始まった当初、各地で反対の暴動が起きた。
それを衛兵隊と軍で鎮圧した。(この時、衛兵軍曹の私の父親は戦死した。だから入学が難しい衛兵士官学校に戦死英雄家族枠で入学できた)
国家貢献法。
この制度こそ、わが国が他の国と比べて裕福な理由だ。
「今日貴様らは尊い仕事の手伝いをさせて頂いたのだ。何をそんなに落ち込んでいるのか。悪い事は一つもしていないのだぞ」
そう言って宮坂教官は陽気に笑った。
生徒達の中に少し安堵の様なものが広がる。
それを見計らって宮坂教官は号令をかけた。
「休憩終了、総員整列、乗車用意」
整列後、バスに乗り込む。
長い一日だった。
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