第2話 素晴らしい日本共和国

美沙と日本共和国の首都広島に引っ越してきて二ヶ月が過ぎた。

私は日本共和国衛兵士官学校に通っている。

日本共和国を豊かにしているのは、渡辺国守書記長の素晴らしい政策と様々な国家貢献法、それと衛兵隊の活躍が原因と言っても過言では無い。

今日のお昼前最後の授業は日本が東西分裂前の歴史の講義。 

「一九四五年八月九日未明、ソビエトは日本人民の開放の為日本帝国との戦争を開始した。ソビエト赤軍は満州を順調に解放していったが、占守島と樺太の日本軍の徹底抗戦に遭い戦線は膠着した」

 歴史の授業では主に近代史を教わる。

 日本帝国降伏後、理想的な国を作りたいと考えた渡辺守男書記長がソビエトの援助の下、兵庫から西の地域を共産主義の日本共和国として独立し日本は分裂国家となった。

 そして渡辺守男書記長が考えた人民貢献法により日本共和国は素晴らしい国となった。

 その息子である渡辺国守書記長がそれを更に改良した国家貢献法を作り、そのお陰で日本共和国はソビエト崩壊後も豊かな暮らしが出来ている。

 高校でも散々やった授業内容だが日本共和国に忠誠を誓う衛兵隊では更に教え込まれる。

 授業の終了を告げるチャイムが鳴った。

「今日はここまで」

 この後、昼食の時間になる。

そしてその後は体育、軍事教練、逮捕術と関係法規、普通教養等をおこなう事になる。


「よう山本、飯食いに行こうぜ」

 清瀬に背中を叩かれる。

 沖本も途中で合流し、三人で学食に向かう。

 歩いている途中清瀬が私に話しかけてきた。

「しかし一週間なんてあっという間だな。もう土曜日だぜ」

「そうだな」

「ところで明日も行くのか」

「ああ。そのつもりだよ」

「俺もたまには連れて行けよ」

「ダメだ」

 清瀬の要望を明確に拒否する。

「このお兄さんは過保護だから」

 沖本が茶化す。

 明日は日曜日で学科が無い休みの日だ。

 休みの日には必ず行かなくてはいけない所があった。

「いいだろ。たまには連れて行けよ」

 清瀬が食い下がる。

「お前だけはダメだ」

「お願いします、お父さん」

「だからお父さんって言うな、特にお前は」

 まだ18歳なのにそう呼ばれる事にイラつく私。

 まぁ、そう呼ばれること自体はそれ程間違ってはいないのだが。



 日曜日、朝九時から夕方六時までは外出が許される。

 連れて行け、連れて行け、としつこい清瀬を振り切りバスに乗り込む。

 衛兵士官学校からバスに揺られ、広島の中心地に向かう。

 ショッピングセンター前で降り、いつもの様に買い物をした後、近くに在る革命第三病院に向かう。

 自分はここに毎週通っていた。

 清瀬や沖本に休日何処に行っているのか聞かれて、何回か二人とも連れて行った。

 清瀬が何度も連れて行け、を連発する理由がこの病院の四階の奥にある。

 

 個室の前でノックを三回、どうぞ、と元気の良い可愛らしい声に導かれる様にドアを開ける。

 今日はベッドの上で本を読んでいた。

「あっ、お兄ちゃん」

 長身に良く似合う長い黒髪の可愛い頭がこちらを向き、愛くるしい顔が笑顔になる。

「美沙元気にしていたか」

「うん、元気だよ」

 読んでいた本を横に置く。

「そうか、最近は転んだりしなくなったか?」

「うーん。なかなか治らないみたい」

 美沙がこの病院に入院している。

 中学までは陸上部ということもあり走るのも速かったのだが、高校入学が決まった位からよく転ぶようになってしまい、検査の結果筋肉がだんだんと弱る病気だとわかった。

 私達の地元の病院では満足に治療できない難しい病気の様で、今年の春無理して首都広島の良い病院に入れた。

 日本共和国では医療は無料なのだがそれは病院を選ばなければの話で、良い病院を選ぶと紹介状料と自費治療費、自費薬品代が莫大に掛かる。

 その時使ったお金とこれから掛かるお金を考え、私は学費無料で給料が出る衛兵士官学校に入った。

「はい、おみやげ」

 美沙に漫画と雑誌を大量に手渡す。

「こんなに読めないよ。無理しないでね、お兄ちゃん」

 苦笑いでこちらを見る。

「衛兵学校は給料も出るからそれくらい気にするな」

 優しく頭を撫でる。

「うん。ところで最近は清瀬さん達一緒じゃないの」

「連れてきた方が良かった?」

「あの人達面白いし」

「そうか?」

「そうだよ」

 あいつら(特に清瀬)はうるさいからあまり病室には連れてきたくなかったのだが、美沙の希望では連れてこなくてはならない。

「じゃあ次は連れてくるよ」

「うん。私もうこの病院から出られそうもないから、外の人達を連れてきてくれると嬉しいな」

 伏し目がちに淋しい事を言う。

 その目をしっかり見つめて、

「美沙」

「何?」

「そんな事を言うなよ。外出したかったら俺が連れていくし、それにな、必ず、必ず元気になるから」

 力強く言う。

 願いも込めて。

 美沙は少し上目遣いに私を凝視していたが、

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

 そう言ってすぐに笑顔になった。

 この笑顔が本当にかわいい。

 清瀬が来たがるのも少しわかる様な気がする。

「今日も衛兵隊の制服なんだね」

「ああ、休みの日もなるべく着て外出する様に言われているんだ」

 人民の生活を見守る為に、と教わっている。

「そっか。あっ、また新しい装備が増えている。見せて」

 美沙は衛兵の装備品が好きな様で、行く度に見せて、と言われる。警棒、短剣、拳銃もついているベルトごと渡してあげる。

「新しい装備発見。これは何?」

「新型ルミノールだよ」

「かけられると死ぬの」

「いや、死なない。新しい人の血にだけ反応して青くなるだけ」

「ふぅん」

 興味無さ気にしまい、拳銃を取り出す。

 そして自分の頭に当てる。

「冗談でもそういう事はやめなさい」

 引き金を引いた。

 ガチン

 金属音がした。

 衛兵士官学校一年生の拳銃には実弾が入っていない。

 美沙もそれはよく知っていた。

「没収」

 装備品を取り上げる。

 えー、と抗議の声の後笑い声。

「お兄ちゃん、いつも私が引き金引く時顔が引きつるよね」

 大笑いしている。

 つい、つられて笑ってしまう。

 しかし美沙がこの様なことを冗談半分、本気半分でやっているのは何となくわかっていた。

 この笑顔を失ってなるものか。

 一緒に笑いながらかわいい笑顔を見てそれだけは誓っていた。


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