見覚えのある剣だ。


 魔王様がいつも腰に掲げていた剣。

 先代の魔王様も持っていた。魔王様の家に代々受け継がれていて、あの夜魔王様が先代魔王様から授かった剣。

 結果的に、魔王様にとって“お父様の形見”になってしまった剣だ。


 魔王様はあの夜からその剣をいつも肌身離さず、大切にしていた。

 其の剣で僕達をピンチから何度も救ってくれた。


 そんな大切な件が乱暴に投げ捨てられている。綺麗だった柄や刀身には、踏み付けられた様な跡がはっきりと残っていた。

 靴底の跡。こびりついた泥。

 嫌な予感が僕の胸から溢れて、全身を支配する様に広がっていくのが分かった。分かったけど、認めたくなかった。そんな結末を認めたくないと、僕の心が、本能が叫ぶ。


 でも、僕の本能はもう1つの恐怖を敏感に拾い上げていた。


 あの襲撃から生き残った僕等は、炎というものに対して強いトラウマを抱いている。

 魔族の五感は結構鋭く敏感に発達してるみたいだけど、その域を越えて僕達は炎に敏感になった。それは悲しいけど、生き残る為の進化とさえ言えるのかもしれない。

 僕達にとって絶対的な恐怖である炎から逃れて永らえる為に、半分パニック状態でも僕ははっきりと“炎魔法が使われた気配”を感じた。

 今よりもっと小さかった僕にあの夜の明確な記憶はない。だからこそ余計に、炎が純粋な恐怖の対象になってしまっていて。

 そんな炎の中に魔王様が消えていく幻覚まで見えて、僕は振り払おうと必死で首を振った。



 世界は、どこまでも僕達にやさしくない。

 幻覚を振り払おうとした先で、僕の目に飛び込んできたのは、魔族の角を飾る装飾品だったんだから。



 “装飾品”なんて言っても、そんなに高価な物じゃない。それどころか、安っぽい作りをしてる。

 魔王様は僕より大人だけど魔族としてはまだまだ幼い。だから角も羽根も小さくて、大きな装飾品じゃ似合わないんだ。

 それに生き延びた僕達には装飾品なんて一切残っていなかった。全部灰になって吹き飛んでしまったから。

 それでも僕等の魔王様にと、みんなで材料を探して作った、手作りの角飾り。

 魔王様は「オレには勿体無い」そう言ったけど、受け取ってくれて。嬉しそうに笑ってくれて……それは、僕達が久し振りに見た魔王様の笑顔で、それからは剣と同じくらい大切にしてくれていたのに。


 今、その角飾りは地面に埋もれている。


 僕はそっと、剣と角飾りを拾い上げた。

 勇者はまた、かつて僕達の国を奪ったこの場所で、僕達から大切な者を奪ったんだ。



 あの夜はまだ小さくて、恐怖と混乱の方が勝っていて、僕の中に芽生える事のなかった気持ち。

 それが明確に芽生えた事を、僕は自覚した。




 許さない。勇者に、人間に。復讐してやる!






 ……こうしてまた、魔王の復讐悪逆非道が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者が魔王を倒すだけのお話 夜煎炉 @arakumonight

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ