心の琴線に触れるハイファンタジー小説

私は吟詠旅譚を読んでいると、いつの間にかその小説の世界へと旅立っているような感覚に陥ります。
リズムの良い美しい地の文からは緻密に作られた国の文化や人々の暮らしの匂いを感じられ、会話からは人物の感情の揺らぎや意志の強さなどが、すっと自然に読み手の心に落ちてくるのです。

現在公開中の風の謡の主人公アルトは、クラヴィーア王国の第三王子。自分の宮殿から出ることすら許されない不遇な境遇の彼が、三年ぶりに父王と再会する場面から始まります。
彼を育んだ優しいマラキア宮の人々や、貴族たちとの確執、父王との距離感など、人間関係の描写力はまさに秀逸の一言です。
アルトと共に悩み、迷い、決断し、仲間の想いに触れながら進むストーリーは、読み手の心に様々な感情の渦を生むでしょう。私はその渦から、もう逃れることができません。物語の最後までどっぷりと浸かっていたくなるような中毒性が、この物語にはあるのです。

吟詠旅譚は、現在カクヨムで公開されている「風の謡」のほかに、「海の謡」「太陽の謡」というものがあり、三部構成になっている物語です。ひとつの謡だけでも充分物語は楽しめますし、何か不明な点があるわけでもありません。しかし同じ世界観で語られる物語がある点で交差する瞬間があり、その場面に気がついた時、世界の広がりと人物の生きた軌跡に、読み手はぞくりとするような興奮を味わうことでしょう。これから徐々に公開されるであろう物語が、楽しみでなりません。
キーワードは、あらすじにもある「精霊」。これを核に繰り広げられる人々の懸命に生きる姿に、私は愛おしさすら覚えます。透さんの描く多くの登場人物たちの「生き様」は、読み手を魅了する強い力があるように思えるのです。

まだ未読の方はぜひ、まずは一ページ目を開いてみることをお勧めします。
透さんから渡される異世界への切符が、あなたを最高の世界へと旅立たせてくれるに違いありません。