体毛の謎

我闘亜々亜

 ヒトは、進化の過程で2足歩行になった。

 遠くまで見通せるとかの利点がありそうだから、まだ理解できる。

 わからないのが、なぜ体毛が退化したのかである。

 体毛が退化しなかったら、どんな世界になっていたのだろう。


 数人が並ぶバス停の最後尾に、1人の少女がついた。

 手には持つ学生カバンを見るに、きっと学生だろう。

 学生服は着ていない。その体には、一切の着衣を身につけていない。体毛で体温調節をするから、衣服を着る必要がないのだ。

 人種的に全身は黒い毛でおおわれるはずだが、肩の辺りにブリーチがある。若者らしく、毛染めに興味があるらしい。

 隣で待つヒトと視線が重なった少女は、軽く会釈する。

 会釈を返して背中を向けた相手に手を伸ばして、少女はそのヒトに毛づくろいを始めた。

 見知らぬ人相手でも、こうした空き時間に毛づくろいをするのは日常だ。

 発汗機能がないため入浴の必要がなく、この世界に風呂はない。毛づくろいがその役目を果たしているのだ。

 見ず知らずのヒトとする毛づくろいという小さな交流は、心をおだやかにする。

 ヒトにふれて、ふれられて体温を感じると、安心感を得る。安心感のおかげか、犯罪は少ない。


「待て」

 話の途中なのに、友達にとめられた。

「それがどう関係あるの?」

 あきれ顔で問われた。ここまで聞いたらわかるでしょ。

「服を決めるのって、時間がかかるでしょ?」

「まぁ」

 『どの服を着るか』とか『この服は、前に会った際に着ちゃったかも』とか考えたら、時間はあっという間。

「服がない世界なら、こうはならなかった」

 体毛があったら、服はいらない。

 服がなかったら、服選びに時間を食われることもない。

「それが理由?」

「いかにも」

 ようやく理解してくれた友達に向けた私の笑顔は、怒号につぶされる。

「弁解どころか、ヘリクツじゃん! わびに飯、おごれ!」

 違うよ、私の主張は正しいよ!

 言い返したくても、クルリと背を向けられて『なにも聞かない』モードに入られた。こうなったらもう、黙るしかない。

 心が狭いな。

 体毛さえあったら、毛づくろいで心がおだやかになるのに。

 たかが遅刻程度で、こんなにカリカリしなくなるのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

体毛の謎 我闘亜々亜 @GatoAaA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ