第31話 奏沙暴挙

瑩珠エイシュ宇南ウナンが急いで執務室から飛び出して側近の間の前室に入ると手首をとられ暴れて喚く奏沙ソウサがいた。その手首を掴んだ者が低い声で奏沙に問うた。

「そなた先程自慢げに申したが、上司に熱湯を浴びせただと…?」

声音はとても静かではあるが、怒りが込められている。

「そうよ!子妃候補よりも殿下の近くにいるなんて無礼千万!お前も手を離しなさいったら!後の皇后に手を触れることなんて許されないのよっ」

「そもそも、そなたは学徒の探花である。指導を受けることはあれど無礼を働くことはあってはならぬ。ご同行願おうか」

淡々と職務を遂行する言葉が紡がれる。成り行きを見つめていた瑩珠と宇南ははっと我に返り名を呼んだ。

「「今成…」」

「やぁ、宇南。久しいな、玉蘭。この不届き者は連行しても構わんだろうか?熱湯を浴びせかけたようだからな」

「上司なんかではありませんわっ!この者が分をわきまえずに恐れ多くも殿下の御名を出したから!」

どこまでも反省しない奏沙を見て三人は困った表情をした。

「だからといって熱湯をかけて良いわけではありませんよ、李探花。言葉で申せば良いではありませんか」

熱湯がかかって赤くなった肌をぬらした手巾で冷やしながら瑩珠は語りかけた。衣にかかった湯はもう乾いたようだ。

「玉蘭よ、李探花は最近目に余る行動が多いと各所から報告を受けている。このままでは良くて閑職、悪くて刑罰の対象だ。どうするのが良いだろうか」

「幸い火傷は負っておりません。李探花、貴女に一度だけ機会を与えたいと思います。もし、そこで何も学べないと感じたのなら皇族の方々から何か沙汰があるまで自由になさってくださいな?」

「何をさせるおつもり?」

傲慢な態度を取りはするが、根は素直なのだ。興味を示している。

「貴女がと言うのなら、後宮での作法程度簡単なことでございますよね?私と共に働きましょう、貴女に側侍の手伝いへと来てもらいますわ。両陛下によく拝謁しますから、自らの口で奏上なさい」

「あら、そんなことを許して良いの?私、後宮に上がってしまうわ」

勝ち誇ったような態度を取る奏沙に瑩珠は冷ややかな笑顔を向けた。

「私には関係のございませんことですし、それをお決めになるのは皇族の方々ですもの。李探花がそうしたいというならお好きになさいませ。私から言えるのは決して失礼のないように、ということだけです」

そんなこと分かっているわよ、と言う奏沙を見つめながら、瑩珠は隣に立つ宇南に小声で話しかけた。

「宇南、李探花を私が連れて行くので貴方は心配せず側近の仕事を。後宮で仕事をする内に揉まれてくれることでしょうし」

「すみません、頼みます」

宇南は執務室に戻り、今成は決まったことを黎翔に伝えるために走って行った。

「さて、参りましょうか。李探花」

瑩珠は奏沙を伴って後宮の門へと歩き出した。

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紫帝華伝 六華 @rikuka

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