ショートショート「唐揚げ」

さとけん

唐揚げ

一人の男が店に入ってきた。

「唐揚げを一つ下さい」

「はいよ」

カウンターの奥にいる店の主人が応える。

数分後、ジューという音と共に肉を揚げる匂いが店内に広がる。

「この店の唐揚げは美味いって評判なんですよ」

「そうですか。そりゃありがたい事で」

「肉が違うってね。でも唐揚げに美味い肉なんてあるのかな?何か特別な肉を使ってますか?」

「どこにでもある普通の肉ですよ」

「ふーん」

男はカウンターの端にある新聞に目をやる。

「またこの辺りで行方不明者が出たそうですよ。最近多いな」

「物騒な世の中ですなぁ」

「実は私刑事でしてね。この件を追ってるんですが、何か変わった事はありませんでしたか」

「さあ、私はただの弁当屋ですから」

「ところで、この店は奥さんもいたはずだけど、今はどちらへ?」

「刑事さん・・。まさか私が何かやったって言うんじゃないでしょうね」

「いやいや単なる世間話ですよ。職業病みたいなもんです、ハハ」

「まぁどうしてもと言うなら、さっきの肉の仕入れについて教えてやってもいいですけどね」

「へぇ、是非」

揚げ鍋を箸で弄りながら、主人が男と目を合わせる。

「この近くに、最近出来たばかりのマンションがあるのはご存知ですか?」

「ええ」

「そこの一室に夫婦がいまして、これがまた美人でね。ウチの店の常連なんですが、私も年甲斐もなく我慢ができなくなって、後を追ってしまいましてね」

言いながらパックに詰めた唐揚げを男の前に置いた。

一瞬の沈黙の後に男が

「まさか、その肉が」

と絞り出すと、主人がニコリとしながら

「そんなわけないでしょう。私はただの弁当屋ですから」


唐揚げが入ったレジ袋を持ちながら、男がマンションの一室に帰宅した。

「ただいま」

中から「おかえりー」という女の声が返ってくる。

リビングに入ると唐揚げの匂いがする。

「なんだ、唐揚げだったのか?俺も買ってきちゃったよ」

「まあいいじゃない。美味しいから全部食べちゃうわよ」

キッチンから美人の女性が、出来たばかりの唐揚げを持ってきてテーブルの上に置いた。

男も女も向かいあって座る。

「洋一はどうしたんだ?」

「洋ちゃんは食欲ないって、もう寝ちゃった」

「そうか」と頷きながら、男が唐揚げに箸を伸ばす。

口に入れた瞬間、独特な味だと思ったが美味いのでそのまま食べてしまった。

「変わった味だね。鶏肉じゃないのかな?」

「うんちょっと、今日は珍しい肉が手に入ったから」

女は唐揚げに手をつけず、男を見つめながら言った。

「マナミって誰なの?」

その名を聞いて男の顔色が変わった。

「以前仕事で知り合った人だよ」

「ふーん。私さっき見ちゃったのよ、貴方のスマホ。その人と何度も連絡取り合ってるのはなぜかしら?」

女がテーブルの下から出した右手には、血の付いた包丁が握られていた。



※この作品は、「小説家になろう」「note」にも掲載しています。

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ショートショート「唐揚げ」 さとけん @satok

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