第20話 『え?え?え?え?え?』

「懐かしいですねぇ。その後、浅葱ちゃんは恩返しなんて言って、半ば無理矢理事務所に入ったんですよねぇ」


 掃除しながら咲く、当時の思い出話。


「そうでしたね。工事現場のバイトも辞めて」


「しゃーねぇだろ。猪熊のオッサンを筆頭にサツと何度も接触してりゃ、周りも変な目で見るっつーの」


「もー、またまた照れちゃって。そんなの気にしないじゃないですかぁ」


「んだとぉ…?」


 素早く愛花の脇腹を掴む。


「上等な口してんじゃねぇか!あ!?」


「止めて下さい~!脇腹だけは~!」


「真面目にやって下さいよ…」


 愛花の笑い声の中、小さく聞こえたノックの音。


「ん?」


 最初は空耳かとも思ったが、また聞こえる。


「何だ?客か?」


「さぁ…アポは無い筈ですが…」


 今日は大掃除の為、とりあえず断るしかない。


 そう思い、直人は扉を開けた。


「すみません、今日は臨時休業でして…え?」


 扉の向こうに居たのは、見覚えのある一人の女性。


「か…金元さん…?」


 白いファーが目立つピンクのコートに身を包んだ希美。


 何故ライバルである萬屋探偵事務所の所員がここに居るのか。


「へ?希美さん?」


「なーんでお前が居るんだ?」


 浅葱の質問にも答えず、希美は顔を俯けたままだ。


 よく見ると、少し震えている。


「…だ…」


「「「『だ』?」」」


「騙された!」


 漸く見えたその顔は、泣き顔だった。


 直人の横を抜け、膝を折ってそのまま愛花に抱き着く。


「え?え?え?え?え?」


 状況が把握出来ず、固まる三人。


「あの…希美さん?私、大掃除をしてたから埃まみれで…」


「うわ~ん!」


 そんな事もお構い無しに、希美は泣き続ける。


 そんな中、最初に動いたのは浅葱だった。


「ったく…」


 そこからの行動は、速すぎて頭が着いていけなかった。


「あ…浅葱ちゃん?」


 希美の右後方に立ち、手刀。


「うっ!?」


「「ええっ!?」」


 気を失った希美は、愛花にもたれ掛かる様に倒れる。


「わ、わ、おっとっと…」


「いや、何やってるんですか!?」


「っせーな。邪魔だからやったんだよ」


「だからって…!」


「掃除の間、ベットで寝かしときゃいいだろ」


 確かに、掃除は終わらせておきたい。


 浅葱は愛花から希美を引き放し、肩に担いだ。


「そんな米俵みたいに…」


「希美さん、大丈夫なんですか…?」


「心配すんな。ま、一時間は起きねぇだろうけどよ」


「それ、本当に大丈夫なんですか!?」


「大丈夫大丈夫、本当に大丈夫」


「重ね重ね言う程、胡散臭さが増してますが!?」


 愛花の心配を余所に、希美は仮眠室へと運ばれる。


「…」


 その様子をじっと見つめる愛花。


 それを悟ったのか、直人は軽く溜め息をついた。


「…心配なら、傍に居てあげて下さい」


「え?でも…」


「残りは荷物運びが多いですから、僕と浅葱さんだけで大丈夫ですよ」


 同じ『大丈夫』でも、ここまで違う感じに聴こえるのか。


「…分かりました。何かあったら呼んで下さい」


「はい」


 愛花は割烹着と三角巾を外し、掃除用のコロコロローラーを手にする。


(?)


 コロコロローラーの意図が読めず、思わず疑問符を浮かべるが、すぐにそれは理解出来た。


「ん…」


 愛花は全身をコロコロし始めた。


 そう、身体に付いた埃を取る為だったのだ。


「直人君、背中をお願いできますか?」


「はい」


 背中もコロコロし終わり、浅葱と入れ替りに仮眠室に入る。


「何だ?」


「金元さんが心配なんですよ」


「信用無ぇな…俺…」


「いきなり手刀なんてしたら、誰しも心配しますよ…」


「ふん…なぁ」


「はい?」


 書類や資料を整理しながら、浅葱が問う。


「さっきのアイツの言葉…どういう意味だと思う?」


「言葉って…『騙された!』ですか…?」


 言われてみれば、何か妙だ。


 希美が誰かに騙されたまでは、まだ通じる。


 しかし、問題はその後だ。


 そこで、何故、だ。


「萬屋さんが詐欺に遭って、事務所自体が危険になったとか…?」


「あの旦那が、んなヘマするか?」


 確かに。


 飄々としてはいるが、向こうの所長の萬屋泰造も探偵の端くれ。


 しかも、あの八重に認められた人間の一人なのだ。


 詐欺師なんて、被害に遭う前に消してしまうだろう。


「って事は…」


「アイツが萬屋の旦那に騙された…ってトコか…」


 それならば、愛花に相談する理由になるだろう。


 希美にとって、泰造以外に相談出来る相手なんてたかが知れている。


「どーせ最後の一個だったケーキを賭けて、ゲームでもしたんだろ」


「そんな馬鹿な…」


 いくらなんでも、その理由は子供っぽ過ぎる。


「ま、起きてから話を訊きゃ済むだろ。とっとと掃除を終わらしちまおうぜ」


「ですね」


 まだ夕食の準備もある。


 直人は軍手を着け直し、作業を再開した。


(あ…金元さん、夕飯食べていくのかな…)


 量的には問題は無いので、別に構わないのだが。




 一時間後。


「…ごめんなさい」


 深々と頭を下げる希美。


 本当に一時間で目が覚めるとは。


「で、何があったんだ?」


「それは…その…」


 希美は両手の人指し指をツンツンしながら、言い淀む。


 なんて分り易いのだろう。


 よっぽど言い難い事なのだろう。


「実は…知り合いに貰ったケーキが奇数で…残った一個をゲームでどっちが食べるか決めてたんだけど…」


 本当にケーキだった。


 これには直人は勿論、浅葱も苦笑いをする。


「で、ゲームに負けてケーキは取られちゃったんだけど…」


「そのゲームが、タイ兄ちゃんの仕組んだイカサマだった…と?」


 希美は黙って首肯く。


「ケーキを食べ終わった後、萬屋さんが言ったの。『探偵なら、この位の手品の種を見破る観察眼がないと』って」


「わざわざ萬屋さんが自白したんですか?」


「うん…」


 それに何の意図があるのか。


 黙っていれば済む話なのに。


「それを聞いて、二時間位家で考えたんだけど…分からなくて…」


「で、私達の所へ来たんですね」


 また黙って首肯く。


「うーん…それがどういったゲームで、どんな流れだったのかを知らない限り何とも言えませんが…」


 大きな瞳が、輝く。


「この謎、お受け致します」


「…ありがと」


「では早速、ゲームの内容を…」


 詳細を訊こうとした時、ピーッという高い音が響いた。


 炊飯器のタイマーだ。


「「「「…」」」」


 タイミングがいいのか悪いのか。


 全員、思い出したかの様に空腹を感じた。


「先に夕飯にしましょう。金元さんも、よかったらどうですか?」


「い…いいの?」


「一緒に食べましょうよ、ね?」


 愛花のとびっきりの笑顔。


 これに抵抗する術を知らない希美は、ただ首肯くだけだった。


「じゃあ…おばれされちゃおうかな」


「はい!」




「「「「ご馳走様でした」」」」


 全員が箸を置き、合掌。


「初めて秋刀魚の炊き込みご飯を作りましたが…美味く出来て良かったです」


 秋刀魚の香りと旨みが広がった、今日の炊き込みご飯。


 また一つ、直人の料理のレパートリーが増えた。


「正直美味しかったわ…女として悔しい位…」


「そんな事ないですよ。私なんて料理自体出来ないですもん」


「笑顔で言う事じゃないわよ、それ…」


「えへへ…」


 褒めてないのだが。


「では改めて…ゲームの内容を」


「あ…そうね」


 希美が鞄から取り出したのは、トランプ。


「ルールはシンプルで、『山札の一番上のマークの色を当てていく』ってゲームよ。これはその時に使ったトランプを、そのまま借りてきたわ」


「マークの色当てですか」


「最初に、こうやって萬屋さんがトランプの表を見せてくれたの」


 トランプを表向け、扇状に広げる。


 スペード、ハート、ダイヤ、クローバの四つのマークがランダムに並んでいる。


 数字も特に規則性は無い様だ。


「次に私はトランプを受け取って、シャッフルをした」


 トランプの山を半分程に分けて両手に持ち、パラパラとかみ合わせる様にシャッフルする。


 所謂、リフルシャッフルだ。


「希美さん、そのシャッフル出来るんですね」


「今感心するトコ?それ」


 トントンとトランプを纏め、テーブルの真ん中に置く。


「そして先攻後攻を決めて、交互に一枚ずつ当てていく…ってゲームなの」


「うーん…」


 一通り説明を聴いたが、行動自体には特に怪しい箇所は無い。


 最初のトランプの並びは不規則だったし、シャッフルは希美がした。


 となれば、考えられる事は一つ。


「そのトランプ、見せてもらえますか?」


「はい」


 一番上の二枚を取り、裏返して見比べる。


 そう、目印ガンカードだ。


 が、愛花はその可能性は無いと踏んでいた。


 理由は一つ、『分り易い』からだ。


 目印は付いたままだから証拠は残るし、何より相手が一番最初に考える事だから。


 そして予想通り、裏にはトランプに元々印刷されていた模様があるだけで、他には何も無い。


「目印的な物は無いでしょ?私だって最初に疑ったもの」


 やはり希美も調べていた。


「…なぁ、幾つか質問してもいいか?」


 愛花ではなく浅葱の声に、一瞬だけ戸惑う。


「…何?」


「萬屋の旦那は、お前がリフルシャッフルをする事を知っていたのか?」


「?多分知ってたと思うわよ。今回だけじゃなく、何度か萬屋さんとババ抜きやポーカーをした事あるし」


「んじゃ、次。このゲーム、お前は先攻後攻どっちだった?」


「後攻よ。因みにジャンケンで決めたわ」


「後攻か…」


 浅葱は口に手を当て、黙る。


「何か分かったんですか?」


「んー…」


 直人の質問に対してそう短く返し、また黙る。


「…ルール説明の時、萬屋の旦那はトランプを一枚捲ったか?」


「よく分かったわね。『一番上のトランプを捲って、正解だった場合は自分の手元に、不正解だったら山の隣に』って、実際捲りながら説明してたわ」


「その捲ったトランプは?」


「山の下から数枚目の所に入れ直したわ」


「成程…」


 それだけを言い、浅葱はトランプの束を手にする。


「浅葱ちゃん?」


 そして、表を見ながら並び変えていく。


「お前と萬屋の旦那、それぞれ何枚言い当てた?」


「確か…私が十六枚で、萬屋さんが二十一枚よ」


 二十六枚中、それだけ当てれば勘が良い方だろう。


「そうかそうか」


 トランプをテーブルに置き、先程の希美同様に表向きで扇状に広げる。


「よし、次は俺と勝負だ」


「「「…は?」」」


 突然の宣戦布告。


「何を…!?」


「俺はな」


 希美の発言を途中で遮り、歯を見せて笑う。


「二十六枚全部を言い当ててやる」


「「「なっ!?」」」


「勿論、トランプの並びはじっくり見ていいぜ?」


 状況が把握出来ない。


 しかし、三人はトランプを観察していた。


「「「…」」」


 スペード、ダイヤ、スペード、ハート、クローバ、ダイヤ、スペード、ハート、クローバ、ハート、クローバ、ダイヤ。


 やはり規則性は無い様だ。


「もういいか?んじゃ、シャッフルしてくれ」


「え…ええ…」


 言われるがまま、あの時と同じ様にシャッフルをする。


 今回は多少ムラを残しながらシャッフルした。


「はい」


「萬屋の旦那とやった時、お前は後攻だったんだよな?今度は先攻でやってみな」


「…?じゃあ…『黒』」


 クローバ。


「『赤』」


 ダイヤ。


「…『赤』」


 クローバ。


「『赤』」


 ハート。


 その後も交互にやっていき、ゲームは三分程で終了。


 結果。


「な…んで…!?」


「凄いです…!」


「一体…!?」


 希美が十二枚に対し、浅葱は予言通り二十六枚全部を言い当ててしまった。


「な?言った通りだろ?」


 今度は三人でトランプを確認したから、イカサマが入る余地は無い。


 なのに何故。


「これ…どうやったんですか!?」


「阿呆ゥ。それを考えるのがお前の仕事だろが」


「うっ…」


 一蹴されてしまった。


 確かに、一度『お受け致します』と言った以上、自力で解くしかない。


 しかし。


「教えてあげなさいよ。今回は仕事じゃなく、私の我が儘に付き合わせているだけなんだから」


「けっ…」


「だから…!」


「待って下さい」


「愛花ちゃん…?」


「…浅葱ちゃんの言う通りです。仕事だろうと我が儘だろうと、謎である以上は挑むべきです」


 久々に、探偵としての目的を思い知らされたかもしれない。


「正直、浅葱ちゃんに先に解かれたのは悔しいですが…」


「…そうね」


 こうなったら、とことん付き合おう。


 希美もまた、火が着いてきた。


「よし…その意気込みに免じて、ヒントを三つやろう」


「「「ヒント…?」」」


「まず一つ。お前が萬屋の旦那とやった時、旦那はだった」


「は?」


「二つ。そん時の流れは、『トランプの確認』、『シャッフル』、『先攻後攻を決める』、『ルール説明』の順だったんじゃねぇか?」


「言われてみれば…そうだったかも…」


 正直、うろ覚えではあるが。


「そして最後のヒント。これは


「トランプの特長ですか…?」


「見破り難く…?」


「俺からは以上だ。後は自分で考えな」

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