第21話 『ブルータス、お前もか!』
「いや~、愉快愉快」
コーヒーの入ったマグカップを片手に、浅葱は所長椅子に座っている。
視線の先には、トランプとにらめっこをしている二人。
「高みの見物ってのも悪くねぇな」
「イメージはどんどん悪くなっていってますけどね…」
そんな直人の嫌味も、今の浅葱には屁でもない。
それだけ上機嫌なのだ。
「しかし…よく金元さんの説明だけで、トリックを見破れましたね」
今までの浅葱からは想像つかない。
捜査の時にたまに鋭い事を言う時はあったが、ここまで具体的にトリックを見破ったのは初めてだ。
「いや、ここだけの話なんだが…以前、とある居酒屋で飲み代を賭けた時に、同じ様なイカサマをした馬鹿が居たんだよ」
「…」
本当にこの人は。
「お袋が蒸発してから、学校にも行かずにそんな陸でもねぇ事ばっかりしてたからな…お陰で、手品の種やイカサマを見破るのは得意になっちまった」
その内、『マジシャン潰し』の二つ名が付きそうだ。
「で?お前は考えないのか?」
「あー…」
実はずっと考えているのだが。
「浅葱さんの質問と一つ目のヒント、それと金元さんの説明で思ったんですが…」
「ん?」
「このゲーム…後攻なら全問正解出来るんじゃないかと…」
「!」
先攻だった泰造に対し、浅葱は後攻だった。
そして、全問正解出来なかった泰造に対し、浅葱は全問正解。
同じトリックだと言うなら、この差は『先攻か後攻』で決まるのではないか、と。
しかし。
「…少し違うな」
「え?」
「俺も萬屋の旦那も、先攻でも条件とやり方によっちゃ全問正解出来るんだ」
「そうなんですか?」
「が…俺はその条件を満たしてねぇし、萬屋の旦那に至っては自らその可能性を潰している」
「自ら…?一体、何故そんな事を…?」
「お前は馬鹿か?テメェからイカサマ仕込んでんのに、んな状態で全部言い当てたら即で疑われんだろ」
「あ、そっか」
ある程度外す事で、あたかもフェアなんだと思わせる。
(条件を満たせない浅葱さんと、自ら可能性を潰した萬屋さん…その違いは…?)
二人の違いを、別の方向から考える。
先程の浅葱対希美の対決と、希美が説明してくれた希美対泰造の対決。
その二つの流れの中にある、決定的な違いを。
「…トランプ」
「あん?」
「いや、今思ったんですが…」
浅葱に自分の考えを話すと、浅葱はコーヒーを一気に飲み干した。
「あ…浅葱さん…?」
「…中々鋭い所を突くじゃねぇか」
「え?」
「そうだよ。その『行動』こそが、このイカサマを解くポイントの一つなんだ」
少し嬉しくなる。
もしかしたらトランプとにらめっこしている二人も気付いているかもしれないが、それでも自分で気付けた事は嬉しい。
しかし。
「でも…肝心の言い当てる方法が分からないですよね…」
「…」
浅葱はマグカップを置き、仮眠室へ入る。
「?」
その行動に疑問符を浮かべていたが、二分程で浅葱は戻ってきた。
その手には、元々事務所にあったトランプ。
それを一度表向きで広げて確認させた後、シャッフルをする。
「よし、俺とお前で勝負だ」
「僕と…ですか?」
何故急に。
「八重のばーさんの心得を一つ借りるなら…『
それは、愛花の口からも聞いた事があった。
「『サーストンの三原則』って…知ってっか?」
「確か…マジシャンがやってはいけない三つの事…でしたっけ?」
サーストンの三原則。
二十世紀前半にマジシャンとして活躍したアメリカ人、ハワード・サーストンの名前を冠したマジック用語。
内容は『マジックを演じる前に、現象を解説してはならない』、『種明かしをしてはならない』と、シンプルながらも重要な事ばかり。
「その中の一つ、『同じマジックを二度繰り返して見せてはならない』…ばーさんの心得を裏返せば、まさにこの事になる」
「はぁ…」
「更に俺的に言えば『論より証拠』だな。実際にやった方が分り易いだろ」
浅葱がトランプを指差す。
捲れという事だろうか。
「百聞は一見に、百見は一考に、百考は一行にしかず…ま、百行やって最後に一果が実るかどうかは、お前次第だがな」
少しカチンときた。
「…分りました。絶対に一果実らせてやりますよ」
「そうこなくちゃな」
浅葱の不敵な笑み。
そして、トランプを真っ直ぐ見た。
「…『黒』」
絶対に、解き明かしてみせる。
(う~ん…)
トランプをスペードとハート、ダイヤとクローバの半分に分け、希美と一緒にトランプとにらめっこを始めて、どれ位の時間が経っただろう。
表も裏も穴が空く程見たが、何一つ違いが見つからない。
それどころか、ゲシュタルト崩壊を引き起こし始めている。
(裏面には何も無い…じゃあ、浅葱ちゃんは何を見て言い当てたんでしょう…?)
横目で浅葱を見ると、直人とまた勝負をしていた。
(さっき聞こえた、おばあちゃんの心得…裏を返せば、このゲームには『法則がある』と言う事…)
では、その法則とは何なのか。
(自分の捲るトランプに、何かしらの法則が…?)
しかし、先程希美との勝負を終えた後に浅葱の手札を見たが、そんな物は無かった。
強いて言えば、赤が多かった位のものか。
(それと気になるのは、ゲームを始める前に浅葱ちゃんがやった並べ換え…)
明らかに、あれは故意でやったものだ。
しかし、その後で表を確認したが、どう見ても適当に並び換えた様にしか見えない。
(そして、浅葱ちゃんの三つ目のヒント…)
トランプの特長が、種を見破り難くしている。
では、トランプの特長とは何なのか。
マークが四つある事か。
数字が十三までで、内四つがアルファベット、更に内三つが絵札という事か。
「…あれ?」
ふと、ある事に気付く。
「…希美さん」
「ん?何?」
「一般的に知られているトランプゲームって…何を思いつきます?」
「そりゃあ…ババ抜き、ポーカー、神経衰弱、大富豪、七並べ、ブラックジャック、スピード…位のものじゃない?」
「ですよね…」
希美が挙げたトランプゲーム。
そのどれもが、ある共通点を持っていた。
そしてそれは、このゲームには無い。
愛花は立ちあがり、ゲーム中の二人に近付く。
「お?」
「どうしました?」
「浅葱ちゃん…今度は私と勝負してもらえませんか?」
「?いいぜ。丁度終わったところだしな」
手札を見ると、やっぱり全問正解。
「んじゃ、早速…」
「あ、一ついいですか?」
「ん?」
「今度は、これでやってもらえませんか?」
愛花が差し出したのは、スペードとハートだけのトランプ。
これを見た瞬間、浅葱の表情が変わった。
「?何か不都合でも?」
「いや…仕込みがあるから、ちょっと待ってな」
愛花からトランプを受け取り、並べ換えていく。
やはり、この並べ換えは必要手順の様だ。
「おし、やるか」
山を半分に分け、シャッフルをする。
「じゃあ、お前から…」
「いえ、やっぱり止めます」
「へ?」
思わず間抜けな声を挙げてしまう。
しかし、浅葱の表情は更に変わった。
どんな表情かと言われたら、『やられた』と言うべきか。
その表情を見た愛花も、『やってやった』と言わんばかりの笑顔。
そして、満足気に元の場所へと戻って行った。
「浅葱…さん…?」
「…一本取られたぜ」
やはりか。
「流石は探偵。お前と一緒で鋭い所を突くな…」
「でも…ただのスペードとハートだけのトランプでしたよね?」
「ああ…だが、この手品にとっては、マークが二種類だけってのは致命的なんだ」
「…?」
「ま…そこら辺も、繰り返しやっていきゃ分かる。やるか?」
「…はい」
実は何かを掴みかけている。
やったのは数回だけだが、その中で見つけた、とある『法則』。
あとは、如何にしてその『法則』まで持っていくか。
「…浅葱さん」
「ん?」
「今度は僕…もしかしたら、全問正解出来るかもしれません」
「…やっぱり」
シャッフルされたトランプを見て、確信した。
(浅葱ちゃんは、『これ』を見て当てていたんですね…)
本人達の知らぬ内に、愛花と直人が解くべき謎は一つだけになっていた。
しかし、愛花は一足先を行く。
(このトランプをシャッフルする前、浅葱ちゃんは表を確認させてくれなかった…)
その行動のお陰で、最後の謎も大方想像がついた。
トランプを並べ換え、希美に渡す。
「希美さん…これ、シャッフルしてもらえませんか?」
「え?ええ…」
シャッフルされたトランプを返してもらい、その並びを確認する。
それは、想像通りの並びだった。
「…やった」
「え?」
「はい?」
「ん?」
「やったぁ!トリックが分りました!残るは答え合せだけです!」
「なっ…!?ユダめ、裏切ったな!?」
このショックはでかい。
数時間分多く考えたのに、愛花はほんの一時間程で解いてしまった。
「う~…絶対に白石君より先に解いてやるんだから!」
「あ…すみません、僕も分かっちゃいました…」
「ブルータス、お前もか!」
更なるショックで、三日位寝込みそうだ。
「希美さん、頑張ってください!明日は日曜なので、事務所に泊まっていってもいいですから!」
「待て。俺は明日まで付き合わされるのか?」
「明日もアポが無いので、大丈夫でしょう?」
「マジか…」
「はは…」
明日の朝食は四人分か。
「くそ~…呑みに行こうかと思ってたのによぉ…」
「だから浅葱さんは未成年…」
「第一、泊まりってどこで寝るんだよ?」
事務所のベッドは一応ダブルではあるが、この人数は流石に無理だ。
「いや、僕はソファーで寝ますから…」
女ばかりの寝室に入る度胸なんて無い。
が、正直三人でもキツイかもしれない。
「私もソファーでいいわよ」
「泊まる気満々だな、お前…」
「当たり前よ!こんな悔しい思いをしたまま、易々と家に帰れるもんですか!」
「付き合ってられるか!俺は呑みに行く!そして帰って寝る!」
「待ってくださいよ~!…そうだ!」
と、一つ思い出す。
「浅葱ちゃん。希美さんが考えている間に、私からの謎を解いてみませんか?」
「「「…は?」」」
「正しくは、おばあちゃんからの謎ですが…」
「…ばーさんの?」
不覚にも、ちょっと興味が出てきた。
「五、六年程前に、タイ兄ちゃんと同じ様な事を言って、一つの手品を見せてくれたんです」
「萬屋さんと同じ様な事って?」
「『探偵なら、これを見破る観察眼と発想力がないといけない』って」
「…それ、お前は解けてんのか?」
「いえ…丸一日考えましたが、全然分りませんでした…」
「ふーん…ばーさんからの謎か…」
少し考えた後、ニヤリと笑う。
「その話、乗った」
偉大な探偵、天宮八重の手品。
一体、どんな奇想天外なトリックが待ち受けるのか。
「その代わり、解けたら俺は呑みに行くからな?」
「はい!」
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