第11話 罪の十字架を背負って

「衣鈴の…妹…!?」


 黙って、首肯く。


「あれは十年前…お姉ちゃんが高三の時だった…お姉ちゃんは中井、氷室、米倉の三人とよく遊んでいたわ」


「…」


「ところが夏休みのある日、お姉ちゃんはその三人に騙されたのよ!」


「騙されたって…何をされたんですか…?」


 英里は暫く口を硬く閉ざしていたが、短い溜め息をつき、小さく言った。


「…レイプよ…集団レイプ」


「「「「「「「「なっ!?」」」」」」」」


「…」


「警察の話だと、どうやら氷室の悪い友達に目を付けられたらしいわ…で、氷室は金を貰って、ホイホイとお姉ちゃんを売ったのよ」


「でも…それだと中井さんと米倉さんは悪くないんじゃ…」


「…知ってたのよ。氷室の計画を」


 全員が拓真を見る。


「…ああ」


「お姉ちゃんは三人と待ち合わせをし、その場所に行ったところで、連れ去られたらしいわ」


「だが…捕まったのは蒼也の仲間だけ…」


「そうよ…だから許せなかった…お姉ちゃんは三人の事をとても…とても幸せそうな顔で話してたのに!」


「っ…」


「お姉ちゃんは何よりも家族や友達を大切にする人だった!分かる!?そんな大切な人に裏切られた、お姉ちゃんの気持ちが!」


「…分かるさ」


「嘘!」


「嘘じゃない…僕は…」


「一宮衣鈴さんの恋人…ですよね?」


「はぁ!?」


 愛花の突然の宣告。


「驚いたな…何故分かったんだい…?」


「昨日氷室さんが言ってました。『お前と…アイツの関係を』と…恐らく、氷室さんや米倉さんとはまた違った関係じゃなかったかと」


「でも…何でそれだけで恋人って分かるのよ!?」


「十年前って言ったら、中井さん達は学生ですよね?同じ学生同士で親しい仲と言ったら、友達か部活の先輩後輩、恋人位しかないんです」


「そう…僕と衣鈴は付き合っていたんだ」


「それも…それもお姉ちゃんを騙す為の演技だったんでしょ!?」


「それは無いかと」


「だから、赤の他人の貴女が何故言い切れるのよ!?」


「氷室さんは、中井さんと一宮さんの関係を知っていた上で、『殺したい位憎んでんだろ』と言っていました。だから、恋人を自殺に追い込む様な計画をした主犯である氷室さんは、中井さんに殺されるかもしれないと思った…違いますか?」


「ああ…」


「だったら何でお姉ちゃんを売る様な真似をしたのよ!?」


「僕と千鍵は蒼也に弱味を握られていてね…それこそ卒業さえ危うくなる様な内容のね…」


「それをちらつかされたんですね」


「そう…僕の場合は万引き…ま、それも蒼也が裏で手を引いていたんだけど、知ったのは高校をとっくに卒業した後だった…」


「そんなの言い訳にならないわ!」


「確かに…屈せずに、蒼也に立ち向かえば…己を見失わなければ…衣鈴を…」


「そうよ!恋人同士でも一緒…いえ、お姉ちゃんのショックはそれ以上だった筈よ!」


「ああ…」


「やっぱり許せない…!ここで殺す!」


「駄目です!」


 今朝の泰造よりも、大きな声。


 少女特有の高いソプラノボイス。


「もう…止めてください…!」


「何よ…!」


「柏木さん…いえ、一宮さんだって、お姉さんの悲しみが分かってないじゃないですか!」


「分かるわよ!両親が死んでからは、ずっとお姉ちゃんと一緒だったんだから!」


「だったら、何故分からないんですか!?お姉さんは家族や友達を大切にする人だって言ったじゃないですか!」


「だから何よ!?」


「その大切な家族…唯一の妹である貴女が犯罪者になる事を、お姉さんが望んでいると思いますか!?」


「っ!」


「望んでない事をやられる…それこそお姉さんを裏切る行為だと思わないんですか!?」


 強く訴え続ける、愛花の声。


 いや、声だけではない。


 その大きな瞳も強く訴えていた。


「何よ…子供に何が分かるってのよ!?」


「一宮さ…!」


「もういい」


 今度は静かな男の声。


 しかし、一時的とは言え、場を鎮めるのには十分だった。


「もういいんだ…ありがとう、天宮さん」


「中井さん…っ!?」


 見ると、拓真の手にはいつの間にか包丁が。


「何を…!?」


「英里さん…僕を殺したいなら、殺して構わない」


「言われなくても…!」


「ただ…一つだけ聞いてほしい…僕は衣鈴から君の事は聞いていた」


「何…!?」


「名前は聞いてなかったけど…それでもハッキリと分かった。君の話をしている時の衣鈴はとても輝いていた」


「…」


「衣鈴を死なせてしまった事…とても後悔していた…十年間、この重みを忘れた事は一度も無い」


 英里の右腕を取り、持っていた包丁を握らせる。


「きっといつか罰せられるだろう…だから…それは君の役目だと、僕は思う」


 そして包丁から手を放し、完全に無防備になった。


「さぁ…君の苦しみを…衣鈴の悲しみを、終わらせてくれ」


「あ…う…」


 英里は暫く呆けていたが、包丁を持つ手に力を入れた。


 そして左手も重ね、完全に拓真を刺す体制になる。


「…」


「…」


 お互いに、いや、全員が沈黙する。


 さっきまで英里を説得していた愛花も、何も言えなくなっていた。


「…本当は…」


「?」


 漸く口を開いたのは、英里だった。


「本当は薄々気付いていたわ…貴方がお姉ちゃんの恋人なんじゃないかって…」


「…」


「お姉ちゃん…他の二人より貴方の事を特に話していたし、一度鎌をかけたら、狼狽うろたえていた…」


「そうか…」


「だから信じたくなかった…!恋人に騙されるお姉ちゃんなんて…!その相手の貴方を信じたくなかった…!」


「ああ…僕は最低だ…」


「本当に最低よ…こんなの…」


 右目から、一筋の涙。


「最低…ずるいわよ…こんな事しても、楽になるのは貴方の方じゃない…私やお姉ちゃんは楽になれないじゃない…」


 そして、包丁を逆手に構えた。


「何を…!?」


「こうなったら、私が死んでやる…!これなら私はお姉ちゃんのとこに行けるし、貴方は苦しみを抱いたまま、この先を生きていけばいい…!」


「やめるんだ!それこそ衣鈴が悲しむ!」


「どっちにしろ後戻りは出来ないのよ!私も…貴方も!」


 勢いをつけ、刃先が英里の腹部に触れる。


 刺さったと、誰しも思った。


 その瞬間だった。


「ぐっ!?」


 何かが英里の両手に当たり、包丁が落ちる。


「これは…」


 それは、コロコロと直人の足下に転がってきた。


「白い球…?」


 白一色の、ビリヤードの手球。


 それを確認した時、直人は反射的にビリヤード台を見た。


「いやー、腕鈍ってなくて良かったぜ」


 少し離れたビリヤード台の前で、浅葱はビリヤードの1番球と2番球を使い、片手ジャグリングをしていた。


「浅葱さん…って、一宮さん!」


 再度英里の方を見ると、彼女は零士と友和の二人に抑えつけられていた。


「もうやらせませんよ」


「トレジャーハンターなめたらあかんでぇ?」


「く…!」


 その光景に、直人は胸を撫で下ろす。


 と、愛花が横を通り過ぎた。


「愛花さん…?」


 愛花は膝を着き、英里との顔の距離を近付ける。


「一宮さん…お願いがあります…」


「…何よ…?」


「私は…私達探偵は今回の様に、殺人事件の現場に巻き込まれる事はしばしばあります」


「…?」


「本来、警察や私達の仕事は、そんな事件を未然に防ぐ事なんです」


 しかし、現実はそう上手くはいかない。


 希美は先程泰造が言っていた事を思い出した。


「私は、人はいつか死ぬものだと思っても、殺してもいい、殺されても仕方ないとは一切思いません」


「愛花ちゃん…」


「それは自殺も一緒です…だから…」


 今度は、愛花の目から涙。


「命を奪う様な事はしないでください!他人の命は勿論、自分の命も!事件を解決するのは、奪われるかもしれない命を守る為もありますが、加害者を守る為でもあるんです!」


「私を…守る…?」


「そして…」


 次に愛花が見たのは、拓真だった。


「!」


「中井さんも…殺されてもいいなんて言わないでくたさい…私達が何の為に事件を解決したのか、分からないじゃないですか…」


 嗚咽おえつ混じりで最後にそう言い、後はただただむせび泣くだけだった。


「すまない…天宮さん…」


 その言葉に、愛花は首を横に振る。


「先に…私に謝らないでください…」


「!そう…だね…」


「…」


 英里の身体から、力が抜ける。


「零士さんに伊藤さん…もう…放してやってくれ…」


「…ええんか?」


 拓真は黙って首肯く。


「分かりました…」


 まず、零士が手を放し、落ちていた包丁を取る。


 次に、それを確認した友和が手を放した。


「すまない…英里さん…長い事苦しめてしまって…」


「…もういいです…貴方も苦しんでいたでしょうから…」


「そうか…」


「…探偵さん」


「はい?」


「ありがとう…」


 突然の感謝の言葉に、愛花は赤く腫らした両目をぱちくりとさせる。


「…はい」


「僕からも礼を言わせてくれ…ありがとう」


「私は…仲直りのきっかけを作っただけです」


「それでもさ」


 その後も英里は抵抗や暴れる等の行動も起こさず、大人しくしていた。


「後は明日の船で帰るだけですね」


「そうね。あーあ、結局お宝は手付かずのままかぁ…」


「あー…そう言えばすっかり忘れてましたねぇ」


 すっかり殺人事件の事しか頭になかった。


 やった事と言えば、島を少し探検しただけ。


「構わないよ。こんな事が起きた以上、お宝なんて言ってられないしね」


「そうですか…こっちも残るは答え合わせだけだったんですが…」


「残念ですね。ま、こんな日もありま…え…?」


 愛花の頭を撫でていた手が止まる。


「愛花さん…今何て…?」


「はえ?ああ、解けてますよ。例のお宝の和歌の謎」


 全員が固まる事、たっぷり五秒。


「「「「「「「「「早く言わんかーいっ!!!!!」」」」」」」」」

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