第12話 回る島

「ひっ!」


 全員からの総ツッコミに、愛花は頭を抑え、しゃがみ込む。


「いつ!?いつ分かったのよ!?」


「えと…そうじゃないかなと思ったのは、緑の鳥居を見た時で…確信したのは、昨日の夜御飯の時の中井さんの話で…」


「何故すぐに言わなかったんですか!?」


「だって…もう真っ暗でしたし…もし言ったら、夜なのも構わず、探しに行こうって言うんじゃないかって…」


 涙を目に溜めながら怯える姿を見て、漸く声を荒げていた事に気付く。


「すみません…」


「私も…」


 愛花の言い分も最もだ。


 確認するなら、昼間の方がいいに決まっている。


 暗闇の中での探索は、危険過ぎる。


「とにかく、説明してくれへんか?今やったら、まだ確認しに行けるやろ」


「は…はい…」


 恐る恐る立ち上り、愛花が向かったのは地図の前。


「あの…この地図外す事は出来ますか?」


「ああ…零士さん、頼めるかい?」


「はい」


 重そうな額縁を軽々と持ち上げ、ガラスのテーブルの上に置く。


「では…まず和歌の最初、『神々の、流転が終わりし遺戒島』の部分から説明します」


 全員が地図を覗き込む。


「この『神々』は、ズバリ鳥居を示していたのです」


「やっぱりそうやったんか?」


「はい。で、次に問題になるのは、『流転が終わりし遺戒島』…私は最初、これは『神様達がこの島に移動をし終えた』という意味で考えていました」


「つまり…それは違ったって事?」


「はい。正しくは『この島の中での移動をし終えた』だったんです」


「…どう違うんだ?」


 それは浅葱だけでなく、全員が思った。


「この島にある四つの鳥居の色、覚えてます?」


「えっと…最初に見たのは、黒の鳥居ですね」


 島の東にある、黒の鳥居。


「その次は白だったな」


 北の、白の鳥居。


「愛花ちゃん達のコテージの近くは、赤い鳥居ね」


 西の、赤の鳥居。


「そして、崖下にあった緑の鳥居の四つ…」


 南の、緑の鳥居。


「この四つの色で表されている神様って、ご存知ですか?」


 口には出さないものの、全員の頭には同じ考えが浮かぶ。


 ゲームや漫画でよく出てくる神様なので、知っている人間は多いだろう。


「そう、四神です」


 四神。


 東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武。


 その昔、王城の四方を護ると言われた伝説の神獣。


 しかし、ここで一つ矛盾が。


「でも、それっておかしくねぇか?四つの鳥居を四神に見立てるってなら、色と方角が滅茶苦茶じゃねぇか」


 浅葱の言う通り、それぞれの鳥居を四神に置き換えるなら、黒は玄武、白は白虎、赤は朱雀、緑は青龍となる。


 しかし、それだと東に玄武、北に白虎、西に朱雀、南に青龍となってしまう。


「ここで、『流転が終わりし遺戒島』です」


「はぁ?」


「わざわざ神様を出鱈目な方角に流転…移動させたのは、『神様の移動先に従い、島の方角を変える』為だったんです」


 愛花は額縁に手を掛け、回そうとする。


「ぐむむ…」


 が、予想以上に重かった為、愛花自身が移動する形となった。


 移動した場所から地図を見ると、手前に赤、右に緑、左に白、奥に黒の鳥居が位置していた。


「ね?地図を反時計回りに九十度程回転させると、それぞれの鳥居の位置が合いましたよね?」


「はい…」


「次は、今までお宝を探しに来た人達と、考えは一緒です」


「『丁に向かいし』ってやつか…」


「はい。この状態で、丁の方角を割り出すんです」


「と、言うと…僕達のコテージのある方角だ…!」


「そうです。確か、伊藤さんのダウジングもこの辺りを示していましたよね?」


「あ…ああ…」


「そして、この『丁に向かいし』を、更に深く考えます」


「深くって…?」


「『丁に向かいし強き者は』…これは丁の方角に向かっている、強い『何か』を差しているんです」


「…川か!」


「浅葱ちゃん、大正解!百点満点です!」


 愛花達のコテージと、赤の鳥居の間にある流れの速い川。


「あとは一気に最後まで解いてしまいましょう。『死を恐れぬものの、流浪の果てにて永遠に眠るる』」


「『流浪』は川の流れとして…残りは何かしら…?」


「まず『死を恐れぬものの』…これは死ぬかもしれない『何か』に川は向かっているって事です」


「と、なると…滝かな?」


「はい。昨日中井さんが言っていた川と滝についての話で、ピンときました」


「あの話だけでここまで推理するとは…」


「最後に、『流浪の果てにて永遠に眠るる』。これは結局その滝の所で流浪が終わり、そこで永遠に眠る事になってしまったという意味です」


「じゃあ…お宝は…」


「私の考えが正しければ、お宝はこの周辺にあると思います」


 愛花が指差したのは、滝。


「よし…ここは男だけで行こう。零士さん、救命道具を取りに一緒に船へ」


「了解しました」


「あ、そや。倉庫に鶴嘴つるはしやらシャベルやらってあるか?コテージに取り行くのめんどいんや」


「ありますよ。それとロープとライトも持って行きましょう」


 各々が支度を開始する。


「じゃ、ロッジは任せたよ」


「はい。お任せを」


「…英里さんも」


「え…?」


「十人分の食事、お願いね」


「…はい」


 拓真からの信頼の言葉。


 英里は面喰らっていたが、すぐにキッチンに立つ。


「大丈夫ですか?もし何かあったら…」


 零士の心配を余所に、拓真は笑顔で答える。


「大丈夫だよ。衣鈴から聞いてるんだ。『私の妹は、とても素直でいい娘だ』って」


「しかし…」


「それに天宮さんもいるんだ。心配は無いさ」


 そうだろ、と言わんばかりに直人を見る。


「ええ、僕が保証します」


 直人も笑顔で答え、愛花を見る。


 向こうも直人に気が付いたのか、笑顔で手を振ってきた。


「あの笑顔には誰も敵わないですよ。それを奪おうって気も起きなくなりますから」


「…分かりました」


「では…行ってきますね」


「行ってらっしゃーい!」


 元気良く挨拶する愛花の声が、五人の背中を押した。


「頑張らへんとな」


「だな」


「しかし…滝の中にあるかも知れないって事は、何か箱にでも入っているんですかね?」


「んー…どうだろうな」


「せやな…宝石とかなら箱もあり得るかもやけど、可能性があるんは金塊やな」


「金塊?」


「比重や。金はとんでもなく重い金属やから、多少流れが速くても流されへんのや」


「砂金も同じ場所でしか取れないだろ?あれは山にある金鉱脈から出てきた金を含んだ鉱石が流水で削られ、下流に沈殿するんだ」


「成程…沈殿するから、水の中に隠すにはもってこいって訳か…」


「そゆ事」


 道は愛花達のコテージ近くで終わっており、そこからは川沿いに進んで行く。


「ここで中井さんと墨田さんを待とう」


 ここから先は森を進んで行く為、案内が出来る二人を待つ。


「直人君、ちょっといいかな?」


「はい?何でしょう?」


「いや、ちょいとした世間話だ」


「?」


「天宮のばーさんは元気にしてるかなってな」


「元気も何も、ありまくりですよ。この間も無断で丸一日屋敷を留守にして、山風やまかぜのコンサートに行って、メイドの倉橋くらはしさんに怒られてました」


「元気っつーか、若いなぁ…」


「でも、何で八重さんの事を…?」


「何と無くさ、何と無く」


「はぁ…」


 カラカラと笑った後、頬笑みに変わる。


 その瞳には、少し寂しさも感じた。


「直人君は何で天宮探偵事務所に?」


「…少し詐欺事件に巻き込まれまして…路頭に迷っていた僕を拾い、お金が無いのにも関わらず事件を解決してくれたのが、愛花さんと八重さんなんです」


「その恩返しって訳か」


「勿論、解決料は支払いましたし、その後は愛花さんの家政夫って感じですかね」


「いいんじゃねぇの?事務所に愛花嬢ちゃん一人にしてたら、ぜってーお茶と菓子しか口にしねぇぜ」


「…それ、この間もつまみ食いしてたので、説教しました…しかもお客様用の高級羊羮…」


「ははは!そりゃいいや!」


「笑い事じゃないですよ…」


「いや、笑い事でいいんだよ」


「そんな無責任な…」


「探偵ってのはね」


「え?」


「事件解決より、事前に防ぐ事が理想なんだ」


 さっき愛花も言っていた言葉だ。


 少し内容は違うが。


「でも、上手くいく事もあれば、後手後手になる事もある。てか、俺の場合は後者の方が多いかもな」


 笑う場面なのか、ここは。


「そんな場面を見れば見る程、自分の腑甲斐無さがよく分かり、ストレスが溜まっていくんだ」


「…僕もです」


「それが探偵ってモンなのさ。だから…」


「?」


「そういった『ごく日常』をいつでも笑い話に出来る位が、丁度いいのさ」


「萬屋さん…」


 いい事を言ったと言わんばかりのドヤ顔。


「何か金元さんに言えない事でもやらかしたんですか?」


「へ!?何で!?」


「いや、何と無く…自身にも言い聞かせてる様だったので…」


「鋭いなぁ…実は希美ちゃんが楽しみにしてた、都内有名店の人気プリンを…」


「謝ったんですか?」


「まだです…どうすればいいと思う…?」


「知りませんよ…買い直すしかないんじゃないですか?」


「ですよねー…」


 泰造が謝れたのかは、また後日のお話。


「…お」


 友和の声に、反射的に二人も来た道を見る。


 漸く、拓真と零士がやって来た。


「お待たせしました」


「こいつはまた大荷物やなぁ」


「万が一って事もありますので…」


 零士が背負っていたリュックの中を確認すると、下手すれば遭難しても丸三日は何とかなりそうな荷物だった。


「滝へは川沿いに行けばすぐですが、一応比較的安全な道を進みましょう」


 拓真が指差す方向は、川より少し右にずれた森だ。


「こっちだと、獣道ではありますが、それなりに地面がしっかりしているので」


「ん、ほな行こか」


 拓真を先頭に、森に入る。


(さて…鬼がでるか蛇がてるか…)


「あ、中井さん。その滝壺って、結構激しいっすか?」


「ん?ああ、川の流れと水の落下地点の深さも相まって、危険な事には間違いないと…」


「んじゃ、水中に隠したって可能性は、ほぼ無いな」


「せやな」


「何故です?」


「またいつの日かその宝が必要になるって時に、取り出すのが難しい場所に隠す事はしねぇだろ?」


「すると…滝壺の近くに埋めたと?」


「その可能性もあるが、どっちかと言うと洞窟やな。神様関連の和歌を残したっちゅー事は、もしかしたら神器や神具の類かもしれん。そんなんを地面に埋めるなんて、罰当りな事はせぇへんやろ」


「それもそうか…」


「ま、そこは行ってからのお楽しみだ」


 泰造に背中を軽く押され、少しだけバランスを崩す。


 暫く歩いて行くと、滝らしき水音が聞こえてきた。


「よし、やるか」


 友和は右手にダウジングを着け、滝の上を探索し始める。


「んー…どうもこの真下みたいやな。しかも結構深い」


「そこまで分かるんですか?」


「昨日も言うたやろ?経験や、経験」


「滝から少し離れた場所って事は…どうやら洞窟の線が濃いな。中井さん」


「はい。また少し回り道にはなりますが、この下に降りましょう」


 五分程歩き、滝壺の側へ。


 上から見ても凄かったが、下に来ると更に凄みが増す。


 それなりに離れているのに、細かい水飛沫でいつの間にか全身が濡れていた。


「普通なら、この近くに入り口があったりするんだろけど…」


 周辺を探索するが、それらしい物は見つからない。


「滝の裏側は足場自体無いし…どうなってんだ?」


「…お」


 と、友和のダウジングがまた反応する。


「こっちか」


 四人も反射的に友和に付いて行く。


「…ここや」


 友和が止まった場所は、滝壺からほんの数メートル程離れた崖下だ。


「ここって…」


 目の前には、岩。


 五人の中では一番背の高い零士の倍はある岩が、崖と手前の岩の間に挟まっていた。


「どうもこの岩が入り口を塞いどるみたいやな」


 岩の下には隙間があり、そこからライトを照らして中を見ると、確かに岩の裏側にスペースがある様だ。


「しかし…何故こんな面倒な事を…?」


「多分意図的じゃなく、上から落ちてきたんだろう」


 ほら、と、拓真が指差す方向を見ると、確かに崩れた様な痕跡がある。


「昔の南海地震か、はたまた別の理由か…どっちにしろ鶴嘴でどうにか出来るとは思えねぇな」


「もしかして、中も崩れているなんて事は…」


「十二分にあるな。上に森が広がっているとはいえ、木の根で抑えきれてない可能性が高い」


「じゃあ、お宝は…」


「今回は諦めた方がいいな。それこそ炭坑やレスキューで使う様なガチの削岩機や、中が崩れない様にする柱や板もいるな」


「そう…ですか…」


 それを聞き、岩の前で呆然としてしまう。


「ま、こんな事もあるさ」


「その通りや。むしろ宝探しは上手くいく方が少ない位や」


「では、戻りますか?」


「そうだね。すまない墨田さん、また荷物を…」


「はい」


 果たしてロッジへ戻った時、女性陣にどんな顔をされるだろう。


 残念そうな顔をするだろうか。


 それとも笑い話で済ますのだろうか。


 少なくとも、愛花と浅葱は後者だろう。


 愛花は多少残念そうに笑い、浅葱は腹を抱えて笑う光景が目に浮かぶ。


「それと、皆さんには後日報酬を支払わせて頂きます」


「いいんですか?」


「ああ。特に探偵事務所のお二方には、事件解決の恩もあるしね」


「自分はええわ。宝を見る事こそが報酬やからな」


「そうですか…では、せめて今日の夕食は楽しんでいってください」


「ほな、そうさせてもらおうか」


 こうして、遺戒島での宝探しと殺人事件は、中途半端な結果で終わってしまった。

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