第9話 探偵に必要な物

「よし…希美ちゃん、行くか」


「はぁ?」


 泰造の突然の意味不明発言。


 名指しで呼ばれた希美は、勿論理解不能。


「そっちは任せるわ。こっちは聞き込みしてるからよ」


「ちょ…萬屋さん!?」


 それだけを言い残し、二人は部屋を出る。


「何だあれ…?」


「さぁ…?」


 残された直人と浅葱も理解不能。


 しかし、愛花だけは動じずにダイイングメッセージを凝視していた。


「うーん…」


 どう見ても、米。


 見る方向を変えても、米。


「何かヒントは…」


 と、思い出す、昨日の夕食時。


「共通点…」


「え?」


「『この島に来た十二人に、ある『共通点』がある』」


 昨日蒼也が言っていたクイズだ。


「この共通点…ダイイングメッセージを解くヒントになるかもしれません」


「その根拠は?」


「おばあちゃんの心得の一つにあったんです。『そのダイイングメッセージが本人が残した物だと確信があるのなら、本人の特徴や趣味を思い返すのが吉だ』って」


 長年探偵をやってきた、先代の心得。


 信用出来る事は、誰よりも天宮探偵事務所の面々が理解している。


「犯人にバレない様にダイイングメッセージを残す為に、何かしら謎を残す事はあるにはあります。その際、その謎にはその人だけが分かっていた『何か』が反映される場合が多いんです」


「成程納得…で、その共通点とやらは、分かってんのか?」


「いえ、これっぽっちも。と言うより、今の今まで忘れてました」


 正直、二人も忘れていた。


 今朝の出来事で完全にすっぽ抜けていた。




 一方、萬屋探偵事務所サイド。


「ちょっと、何のつもりですか?」


「んー?」


「勝手に任せるって…推理を途中で投げ出すみたいな…」


「希美ちゃんさぁ…探偵って何が必要だと思う?」


「は?」


 泰造の突然の質問に、希美は律儀にも考え始める。


 探偵に必要な物。


 やはり頭脳だろうか。


「いや…」


 それだけではない筈。


 体力だって必要だ。


 何かしら情報を得る為のパイプもいる。


 よくよく考えると、次々と浮かんでくる。


「うー…」


 一体どれが泰造の求める答えなのだろうか。


「俺はな、『信頼』だと思っている」


「信頼…」


「ん。『信用』と言い換えても良し」


 信頼。


「探偵業ってのはな、まず依頼が無いと始まらない」


「はぁ…」


「その依頼を貰う為に、信頼が無いと駄目なんだ」


 難解な事件なら、頭脳や知識が。


 ストーカー等の撃退なら、体力や武術が。


 人探し等広範囲にわたる物なら、情報収集力が。


 ありとあらゆる面から各々の能力が見られ、最終的にどの探偵に依頼するかが決まる。


 総じて、信頼。


 それは探偵だけでなく、他の職業にも当てはまるだろう。


「で、それが何か…?」


「現実はな…そう上手くいかない物なんだ」


 探偵にだって得意不得意位ある。


 依頼人が求める条件を満たす事が出来るのは、それこそ歴史が長く、信頼のある探偵だ。


「例えるなら…そうだな…ボウリングの球選びみたいな?重さはちょうどなのに、穴がデカい感じ」


「微妙です」


「あら…そ…」


「私達は…探偵やっていけるんでしょうか……」


 顔に陰り。


 恐らく泰造のワタクシ論を聞いて、愛花に劣等感を抱いてしまったのだろう。


「あー…」


 言葉を詰まらし、頬を掻く。


 身長差の関係と相手が俯いている為、希美の顔がよく見えない。


 なんとなく、本当になんとなく、目の前にあった頭に手を置いた。


「萬屋さ…?うぇ?」


 そしてそのまま無言でぐりぐりと撫でられる。


「む…むむ…むあー!」


 突然の事で思考が停止していたが、それもほんの三秒程。


 思いっきり泰造の手を払いのけ、睨み付ける。


「何なんですか、一体!?」


「いや…不安にさせちまったかなぁ、と…」


「ぐっ…」


「俺…いや、俺達には足りない信頼は沢山ある」


「っ!」


 自分達の探偵としての否定。


 しかし、何かを言われる前に、泰造は話を続けた。


「それは天宮探偵事務所の面子もそうだ」


「え…?」


 思いもしなかった言葉。


 天宮探偵事務所の面々は、探偵として色々と持っている。


 少なくとも、自分達よりは。


 そう思っていたのに。


「天宮のばーさんだってな、犯人に同情しちまって、のほほんと逃がしちまう人間だったんだぜ?」


 それは探偵としてどうなのか。


 愛花の優しさは祖母譲りなのだろうか。


「一部の警察官からは『頭脳だけは信頼出来る探偵』なんて言われてたんだ。本人には口が裂けても言えねぇがな」


「酷い…」


「だから、『役割分担』なんだ。『推理』は『探偵』が、『捕獲』は『警察』がってな」


「適材適所ってやつですか…?」


「そのとーり」


 最初っからそう言えばいいのに。


 何故わざわざボウリングの球で例えたのやら。


「ま、ダイイングメッセージは天宮のばーさんの十八番の一つだ。その血を引き継いでる愛花嬢ちゃんに任せようや」


「…はい」


 こっちはこっちでお得意の聞き込みを。


 絶対に何かしらヒントを掴んでやる。


 何も無いまま戻る訳にはいかない。


 希美の瞳に、輝きが戻った。


「んじゃ、改めて行きますか」


「はい!」


 聞き込み、開始。




 天宮探偵事務所サイド。


「うーん…」


 共通点を探し始めて、早数十分。


「普通、名前に色か数字が入っているのが定石なんだろうが…」


 しかし、色に関しては白石直人、金元希美、氷室蒼也の三人。


 数字に関しては萬屋泰造、墨田零士、米倉千鍵の三人。


 その他のメンバーは両方共入っていない。


「そもそも、そのクイズ自体が出鱈目でたらめって事はねぇのか?」


「いえ、氷室さんはプライドの高そうな方でしたし…どちらかと言えば、『何故こんな問題が解らないのか』と馬鹿にする感じかと」


 サラッと毒を吐く。


 何気に今朝の事を怒っているのか。


 気を取り直し、ダイイングメッセージへと目をやる。


 しかし、一向に米にしか見えない。


「…腹減ったな」


 気付けば、午後一時。


 サンドイッチを食べたとは言え、浅葱でなくとも確かに少し腹が空いてきた。


「柏木さんに言って、またサンドイッチでも作ってもらいますか?」


「んー…いや、どっちかと言うと、米を食いたいな」


 おにぎりにしろと言うのか。


「そんな我が儘を…」


「だってよぉ…ずっと米について考えてるんだぜ?嫌でも食いたくなるだろが」


「考えているのは米じゃなく、ダイイングメッセージですけどね」


「それに日本人ならパンより米だろ」


 昨日、両方共頼んでいた口が何を言うか。


「まぁ…僕もどちらかと言えば和食派ですから、完全否定はしませんけど…」


「だろ?米は日本のシンボルだろ?」


「他にもあるでしょ…日の丸とか、富士山とか、桜とか…」


 と、話が脱線していたその時、椅子が倒れる音がした。


 見ると、愛花が立ち上がっていた。


「どうしたよ?愛花」


「もしかして…!」


 と、部屋の本棚を調べ始める。


「えっと…無い。これは…無い」


 とあるジャンルの本を手にしては、無いと言って戻す。


「…あった!」


 どうやらお目当ての物が見つかったようだ。


「私は…ある!直人君は…ある!」


「「?」」


 一人で納得しては、笑みが増していく。


「分かったんですか?」


「はい!」


 その顔は自信に満ち溢れていた。


「と…その前に一つ確認を…」


 と、部屋を出て行ってしまう。


 状況把握出来ぬまま、二人も出る。


「…あれ?中井さんは?」


 どうやら拓真に用事があるようだ。


「中井さんなら、萬屋さん達から尋問されてますが…」


 日向が指差したのは、まだ中を見ていない新しい部屋の扉。


「そうですか…」


 少し待とうかと思ったその時、部屋から拓真が出てくる。


「中井さん!」


「っと…今度はこっちの探偵さんから質問かい?」


「少し訊きたい事がありまして…」


「何なりと」


「氷室さんや米倉さんが言っていた、『あの女』の人の名前を教えていただけませんか?」


「っ!?」


 一瞬だけ、拓真の顔が真顔になる。


 が、すぐに微笑みに変わった。


「どうかしましたか?」


「いや…名前だね?一宮いちみや衣鈴いすずだよ?」


「どんな漢字か覚えてます?」


「えっと…数字の『一』に宮崎県の『宮』、衣装の『衣』に楽器の『鈴』だった筈だ」


「一宮衣鈴…ありがとうございます!あともう一つ…氷室さんって、料理は出来ましたか?」


「?まぁ…高校の時に、洋食屋の厨房でバイトしてたから、それなりに出来たとは思うけど…」


「そうですか。では、最後に確認したい事があるので、失礼します!」


 深々と御辞儀をし、部屋へと戻る。


 その様子を観ていた二人も、結局何もせず、情報も無しで部屋へと戻るしかなかった。


「おい、愛花!」


「一体何が分かったんですか!?」


「ちょっと待って下さい…」


 先程見ていた本を再度開く。


「一宮衣鈴…一宮衣鈴…あった!」


「あったって…さっきから何があったと言うんですか?」


「一宮衣鈴さんを含めた、私達十三人の共通点と、ダイイングメッセージの意味が解けたんです!」


「マジか!?」


 勿論、二人は一切分かっていない。


「では、タイ兄ちゃんが帰ってくる前に、ヒントを一つ」


「「?」」


「この共通点は、分かり易い人と分かり難い人が半々になっているんです」




 時は少しさかのぼって、再度萬屋探偵事務所サイド。


 ダジャレじゃありません、悪しからず。


「「「「「尋問?」」」」」


「はい。ま、アリバイの再確認と、何か気付いた事があれば教えてもらおうかと」


「ええけど…」


「中井さん。またもう一つ、部屋を貸してもらえますか?」


「あ…ああ…なら僕の書斎を使うとしよう」


「書斎って…いいんですか?中井さんのプライベートとか仕事の物とか…」


「いや、書斎とは名ばかりでね、実際は机と椅子が二つあるだけのシンプルな部屋さ」


「んじゃ、お言葉に甘えて使わせてもらいますか」


 拓真は無言で頷き、先程の物置き部屋へと鍵を取りに行く。


「まずは…一つ目のアリバイが無い松原さん、墨田さん、伊藤さんからお願いします」


「は…はい…」


「分かりました」


「ん」


「希美ちゃんも一緒に。何か気付いた事があれば言ってくれ」


「了解です」


 戻ってきた拓真から鍵を受取り、部屋へと入る。


「では、松原さんからお願いします」


「はい…」




 一人目、松原日向。


「まず、一つ目のアリバイを…柏木さんから、持病の薬を取りに行ったと聞いてますが、何の薬ですか?」


「頭痛薬です。私、偏頭痛持ちで…天気が悪くならなくても、頭が痛くなる時があって…」


「ふむ。では、二つ目のアリバイを。ずっと外で洗濯物を干していたと、墨田さんと伊藤さんから聞いてますが」


「はい…天気が良かったので、やってしまおうかと…」


「最後に…」


 泰造が取り出したのは、先程愛花が書いたダイイングメッセージだ。


「これ、何だと思います?」


「漢字の米…ですかね?」


「そうですか、ありがとうございます」




 二人目、墨田零士。


「では、一つ目のアリバイから」


「はい」


「船にパイプを取りに行ってたと…夜なのに危なくなかったですか?」


「長年愛用している上に、祖父から三代渡って受け継いだ物でして…恥ずかしながら依存してしまっているんですよ」


「恥ずかしい事じゃないですよ。では、二つ目…伊藤さんとずっと将棋をしていたと」


「ええ。アウトドア系の趣味も合いまして、中々いい勝負をさせてもらいましたよ。その時、窓の外に松原さんがずっといましたね」


「成程。最後にこれ、何だと思います?」


「米…ですか?これが何か?」


「いえ、ありがとうございます」




 三人目、伊藤友和。


「では、一つ目のアリバイから」


「おぅ」


「早々に自身のコテージに戻ったと…」


「あのねーちゃんビリヤード強くてなぁ。恥ずかしい話、不貞寝や、不貞寝」


「では、次に二つ目…墨田さんとずっと将棋をしていたと…」


「あれはええ勝負やったな。にわかやけど、お互いに登山やらキャンプやらが好きって話もしたし。で、そん時に、外であの秘書のねーちゃんが洗濯物を干してたんや」


「墨田さんと内容は一緒と…最後に…これ、何だと思います?」


「何やこれ?簡単な漢字やからって、横着な書き方やなぁ」


「俺が書いたんじゃないんすけどね」




 四人目、柏木英里。


「まず一つ目のアリバイから」


「はい、何なりと」


「とは言っても、ずっと料理と皿洗いをしていたと…」


「晩酌をしている方もいましたし、おつまみ等を…その場を外したのも、お手洗いに行った程度ですね」


「んじゃ、二つ目。着替えのエプロンを取りに、一度コテージへ戻ったと」


「その場にいらっしゃったのでご存知でしょうが、コーヒーを溢してしまったので。お気に入りでしたし」


「では最後に…これ、何だと思います?」


「…?すみません、ちょっと分からないですね…」


「そうですか…ありがとうございます」




 五人目、中井拓真。


「まず一つ目のアリバイから」


「ええ」


「とは言っても、ロッジにずっといただけ…」


「そうだね。ビリヤードやら晩酌やらをやっていたから、多分覚えているんじゃないかな」


「じゃ、二つ目…中井さん自身はロッジの中にいたと…」


「あんな事があったからね…この書斎で一人、少し考え事をしていたが、誰も目撃していないのが残念だよ」


「一応、松原さんが部屋に入るとこを見たと言ってはいましたがね…それと…これ、何だと思います?」


「?米…にしちゃ、変な形だなぁ…」


「ふむ、ありがとうございます」




「ふぅ…」


 五人への尋問を終え、一息つく。


 それは残念だという、ため息でもあった。


「結局、これと言った情報は無かったですね…」


「だなぁ…」


 あんなに気合い入れたのに。


 何一つ有益な情報が手に入らなかった。


 そう思っていたが。


「なーんちゃって」


「え?」


「まだまだだな、希美ちゃん」


 腹立だしさを覚える、泰造のドヤ顔。


「まだまだって…まさか…!?」


「ん。あん中に一人だけ、を言った奴がいた」


 全然気が付かなかった。


 思い返してみるが、全く分からない。


「動揺したのが、手に取る様に分かったぜ?」


「?????」


 やっぱり連続して疑問符を浮かべるだけ。


「さて、愛花嬢ちゃんの所に戻るか」



「漸く、この時が来ましたね」


「だな」


 探偵二人が笑い合う。


 助手の面々は置いてけぼりだ。


「んじゃ、早速…」


「はい、残るは答え合わせだけです!」


「いや…」


 全員が不満をぶちまけた。


(((先にこっちに教えろよ!))))


 心の中でだが。

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