第4話 四つの鳥居
「赤ですねぇ…」
「赤ね…」
「普通ですよねぇ…」
「普通よね…」
現在、愛花達三人のコテージの前。
直人と浅葱の二人は自分達のコテージの中に、愛花と希美の二人はコテージの側を流れる川に架かる橋を超えた先に居た。
川は流れが速く、深くもある為か、柵が森の方まで続いている。
二人が見上げながら観察しているのは、三つ目の鳥居。
今度は赤い鳥居だ。
しかし、表面は塗っている訳ではない。
「これは…銅系の鉱石かしら…?」
その為か、鮮やかな赤ではなく、どちらかと言うと茶色に近い。
「どうです?何か分かりましたか?」
ふと、後ろから直人に声をかけられる。
「あれ?浅葱ちゃんは?」
「少し寝るそうです。一通り探索し終えたら、起こしてくれって…」
何しに来たんだ、あの人は。
誰しもが思ったが、口には出さない。
「分かったも何も、銅で出来てるって事だけよ」
「まぁ、まだ初日ですしね…本格的な捜査は明日ですかね」
「当たり前じゃない」
多少呆れた様にそう言い、希美は肩からぶら下げているバッグから、資料を取り出す。
「『宝を探すなら、地面より資料を掘れ』。使うなら体力より頭脳の方が効率良く動けるわ」
「お~…」
「…何よ?」
「一回千円で使っていいですか?その台詞」
「マジでやめて。使ってもいいから、お金を払おうとはしないで」
しかも、この言葉も別の人間の名言をアレンジした物。
これでお金を貰ってしまったら、詐欺もいいとこだ。
「さて…次は希美さん達のコテージに行きますか」
「ふぅ…」
愛花達のコテージから希美達のコテージまで、直線距離だと約三百メートル程。
しかし、その間には森があり、一度来た道を戻って迂回する様に行かなければならない。
しかも悪路で、坂道も何ヵ所かあるので、二十分以上かかってしまった。
「疲れました~…」
「私も体力落ちてるわね…暫くはバイクじゃなく、自転車で事務所に行こうかしら…」
「僕は平気ですけどね」
言われて見ると、確かに直人だけ息が切れてない。
「何でよ!?そんなヒョロい身体のクセに!」
「体型は関係無いでしょう!?細くても、一応鍛えているんですから!」
「直人君、見た目に反してタフですからねぇ…あ」
「何や賑やかや思たら、自分らやったんか」
森の方から現れたのは、友和だった。
「どや?何か手がかりでも見つけたか?」
「んー…やっぱり鳥居ですかね」
「ちょっ…!?」
あっさりと自分の考えを口にする愛花を、希美が止める。
「愛花ちゃん馬鹿なの!?向こうはトレジャーハンターなのよ!?」
「はい」
「そんなポロッと言って、横取りされたらどうすんのよ!?」
「そんな事せんて」
ヒソヒソ話のつもりだったが、思いっきり聞こえていたらしい。
「確かにそんな理由や、寝首を掻かれるかもしれん、分け前が減る、なんて理由で単独でやっとるハンターが大半やけど、自分は協力するがモットーや」
「う…」
本音なのか建前なのかは判断出来ないが、どことなく自身の小ささを知らされる。
「スミマセン…」
「うんにゃ、こういう場合は自分からやな」
ポケットから取り出したのは、シルバーアクセサリーのような物。
五十センチ程のボールチェーンの両端に、リングと細長い
「こんな趣味を長い事続けとったらな、こういうモンも使えるようになるんや」
「何ですか?これ」
「ダウジングや」
「え?ダウジングって、こういうのじゃ…」
愛花は両手で拳を作り、肘を曲げる。
格好だけ見ればファイティングポーズっぽくも見えるのだが、
因みに、学校では常に一番前らしい。
「それはロッド・ダウジングやな。これはペンデュラム・ダウジングや」
「ペン…?」
「ペンデュラム・ダウジング。つまりは振り子ね」
「へー…」
(愛花さん…)
と、返事したものの、多分理解出来ていないだろう。
「それを使いながら、島を歩き回ってるの?正直私は胡散臭いと思ってるし、効率悪くないかしら?」
「お、言ってくれるやんけ」
リングを右手の中指に嵌め、真っ直ぐ腕を伸ばす。
「ダウジングはな、経験を積めば積む程に正確性が増すんや」
そして大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。
「正確性が増せば、効率のええ方法も使える」
次に身体を中心にゆっくりと、それこそ振り子が振れない位のスピードで、時計回りに回り始める。
「数年前までは水道局の人間も、ダウジングで水道管を見つけてたしな」
そして半周を過ぎようとしたその時、錘が揺れ始めた。
「あ」
「…ヒットや」
しかし、そこで止まるかと思ったが、友和はそこから更に回っては戻るを繰り返していた。
「…この方角か?」
それは愛花達のコテージがある方角だ。
友和は地図を取り出し、何かを描き始める。
覗いてみると、地図には既に幾つかの丸と線が描かれていた。
「色んな所からこうやって宝のある方角だけを確認すると…こうなる訳や」
今描いた丸と線から考えるに、丸はダウジングをした場所、線は振り子が振れた方角を示しているのだろう。
そしてその線は、ほぼ同じ場所で交差していた。
それは、赤の鳥居より少し北の辺りだ。
「この辺り…僕達のコテージの近くに宝があると?」
「せや」
そうはっきり言える程自信があるのだろう。
しかし、それでも納得しないのが一人。
「そんな事するより、あの和歌を読み解くのが一番よ」
「強情やなぁ…ま、信じる信じんは個人の勝手やしな」
ふぅ、と一息つき、友和はまた森へと戻ろうとする。
が、愛花がそれを呼び止めた。
「あ、待って下さい」
「ん?何や?」
「…『神々の、』」
「へ?」
突然愛花が口にしたのは、あの和歌だった。
「『流転が終わりし遺戒島』」
「あの和歌の最初の三行ね」
「これって、複数の神様がこの島に移動し終えたって意味ですよね?」
「ですね…それが?」
「この島にある鳥居…この神々の事だと思うんです」
「ほぉ」
「安直かもしれないですが、ちょっと妙だと思いませんか?」
「…その心は?」
「鳥居って、神様が住む世界と私達が住む世界を分ける結界兼門ですよね?なら鳥居以外にも、神様を奉る神殿的な物があってもいいんじゃないかと…」
「なーる…」
友和は腕を組み、うんうんと頷くと、ニヤッと笑った。
「まだまだ勉強不足やな」
「え?」
「鳥居については諸説あるのよ」
「どういう事ですか?」
「鳥居って、どんな漢字か分かるでしょ?」
「『鳥』に『居る』…ですよね?」
直人は指で空中にその漢字を書く。
「何でそんな漢字なのか考えた事ある?」
「えっと…」
「無いですね」
速答。
探偵ならもう少し考えてほしいものだ。
「その昔、鳥は神様の使いと考えられていたの」
「神様の使いですか」
「天上の神様に自分達の願いを届けてもらう為、羽休めとして止まり木を作ったの。それが鳥居の本来の目的だって説もあるわ」
「成程…希美さん物知りですねぇ」
「っ…!ありがと…」
顔が少し熱くなるのを感じる。
「更にこんな説もある。
「太陽の神ですよね?
「その天岩戸に閉じ籠った天照大御神を出す為に鳴かせた
因みに、常世の長鳴鳥とは鶏の事である。
「この島の森には遺跡らしいモンもあるからな。恐らく祭事にでも使われとったんやろ」
「だから鳥居があるのか…」
「う~ん…やり直しですかねぇ…」
イメージとしては、双六で初っ端から振り出しに戻るに止まった感じだ。
「いや、分からへんで?」
「え?」
「実際に『神々の』、つまり神様に直接繋がりそうなモンは鳥居しかあらへんからな」
「そうですね…もう少し深く考えてみます」
今度こそ友和は森へと消えて行く。
「さてと…最後の鳥居でも見に行こうかしら?」
「はい」
鳥居はここから南東の方角だ。
記憶の中の地図によると、そこへ行くには森を抜けて行くしかない。
勿論、道らしい道は無い。
「愛花さん、一応長袖を着ておいて下さい」
「あ、ありがとうございます」
「金元さんは…」
「大丈夫。バッグの中に入れてるから」
各々準備を整え、森へと入って行く。
木々が生い茂っている為か、入ってすぐに涼しさを感じ始める。
「気持ちいいですねぇ」
船で感じた潮風とは、また別の心地良さがあった。
しかし、地面はそうはいかない。
「っと…」
急な坂や崖ではないとは言え、道でない以上多少は危険だ。
「…あ」
と、愛花がしゃがみ込む。
どうやら足下で何かを見つけたようだ。
「何かあったんですか?」
「ちょっと待って下さい…捕まえた!」
「捕まえたって…いっ!?」
瞬間、希美の顔が真っ青になった。
「いやぁぁぁぁぁっ!!!!!」
森に希美の叫び声が響く。
愛花が捕まえたのは、全体が赤褐色で、黒い斑紋がある細長い物。
一言で言えば、蛇だ。
「ジムグリですか。昼間なのに珍しいですね」
地潜。
ナミヘビ科ナメラ属の無毒の蛇。
名前の由来は、地面や石の下によく潜る為。
「岩影に隠れていたんですよ。涼んでいたんでしょうね」
「何で二人共そんな冷静なのよ!?」
「何でって言われても…」
「可愛いじゃないですか」
はい、と蛇を前に出してくる。
勿論、悪気は無い。
「ちょっ…!マジでやめて!」
「大丈夫ですよ。首の所を掴んでいるから、噛みつきませんよ」
「そういう問題じゃないわよ!」
「えー…」
「まぁまぁ…愛花さんも、人には得手不得手があるんですから」
「こんなに可愛いのに…」
「ちょっと!逃がすなら、もっと遠くに逃がしてよ!」
「落ち着いて下さい。ジムグリは手を出さなければ、大人しい蛇なんですから」
「あの娘、思いっきり手ぇ出してたじゃない!」
「ばいばーい。じゃあ、行きましょうか」
「うぅ…」
ショックが抜けきってないのか、希美の顔はまだ青い。
「ホント、どんな神経してんのよ…」
「生き物関係は種類問わず、
「先代って…」
「愛花さんのお祖母様ですよ」
「おばあちゃんはどこかの動物王国の王様みたいに、色んな動物と触れあってきたそうですよ」
「へぇ…私には真似出来ないわ…」
「と言っても、ライオンに指を食い千切られたり、アナコンダに首を絞められたり、ゾウに踏み殺されかけたりは無いですけど」
「笑顔で言わないで!リアルタイムで見てた人はパニックになってたんだから!」
マジで笑えなかった映像です、ハイ。
「浅葱さんも平気ですよね、蛇」
「そっちの事務所の人間は奇天烈ばかりなの!?」
「去年行ったキャンプでも、出てきたマムシを捕まえて、捌いてましたもんね」
「ああ、あのマムシの蒲焼き美味しかったですよね!」
「もうやめて!ホントに!」
「…そう言えば、お腹空いちゃいました」
思い返してみれば、最後に口にしたのはオレンジジュースだ。
「よく今の話をした後で食欲湧くわね…私は逆に無くなったわよ…」
この時期に食欲は無くしたくはない。
そう思って、夏バテ防止に効果がある食事をしてきたのだが、流石にこれはキツかった。
「はは…あ」
木々の間からそれを最初に見つけたのは、直人だった。
「あれ…鳥居じゃないですか?」
「え?」
「何処よ?」
二人共目を凝らして遠くまで見てみるが、それらしい物は見当たらない。
「ほら、あそこに…あれ?でも何か変だな…」
「何がよ?」
何が変なのかは分からないが、確実に違和感はある。
色もそうだが、それ以外の何か。
直人は見えている鳥居の情報を整理してみる。
距離は五十メートル程先にある。
色は緑で、二人が見つけれないのは、恐らく周りの木々と色が一体化しているからであろう。
見えているのは鳥居の天辺にある
「あ、私にも見えました!」
「あ!」
愛花が見つけると同時に、その違和感の正体に気付く。
見えていたのは笠木と貫、つまりは鳥居の頭の部分。
それが自分達の目線と同じ高さにあるのだ。
「愛花さん!危ない!」
「へ?…きゃ!?」
間一髪だった。
愛花の目の前には、高さ十メートル程の崖。
その崖の真下も森が広がっており、その中に緑の鳥居があった。
「ちょっ…大丈夫!?」
「へーきです…」
と言ってはいるが、流石にびっくりしたのだろう。
腰を抜かしたまま、顔をひきつらせていた。
「良かった…立てますか?」
「はひぃ…なんとか…」
「しかし、参りましたね…ここからじゃ色しか分からないですね…」
「うーん…断定はできないけど、多分純度の低い
バッグにあったオペラグラスで観察する。
色以外は他の鳥居と別段変わりは無いようだ。
「愛花ちゃんも見てみる?」
と、オペラグラスを差し出すものの、愛花は鳥居を凝視していた。
「愛花ちゃん?」
「これって…」
「「?」」
直人と希美は顔を見合わせる。
「…愛花ちゃん!」
「あ、はい?」
「もう…オペラグラスで見なくていいの?」
「あー…大丈夫です。ちょっと気になる事があるので、ロッジへ戻りませんか?」
「気になる事って?」
「…内緒です」
左の人差し指を口にあて、ウインクする。
本当にこの娘は、行動の一つ一つが可愛い。
「じゃあ、僕は浅葱さんを起こしてきます」
「はい。私達は先にロッジに戻ってますね」
「一緒に行かないの?」
「だって疲れるんですもん」
確かに、ここから赤い鳥居までの道のりを思い出すと、それだけで疲労感が出てくる。
「分かった…貴方の所の所長さんは私がエスコートするわ」
「ええ、お願いします」
森を抜け、愛花達のコテージへ行く道とロッジへ行く道の所で直人と別れる。
ここからロッジまでは十分もかからない。
最初の数分こそは沈黙のまま歩いていたが、先に口を開いたのは希美だった。
「ねぇ…」
「はい?」
「昔の萬屋さんって…どんな人だったの…?」
「昔って…タイ兄ちゃんの警察官時代ですか?」
「うん…」
前を歩いていた愛花が振り向きその顔を見ると、少し赤い様に見えた。
「私はね…実は一度萬屋さんに捕まってるの」
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