安全装置


満身がかれてゆく。


友が及ぼした烈火は、当方の神威を物ともせず、私の心身を紙屑のように焼いてゆく。


泉下せんかの炎は、万人の煩悩すら焼却するというが、なる程なと合点がてんがいった。


己が仕出かした罪を思い、情けない気持ちで一杯になる。


もはや取り返しがつかない世の中に、私は手ずから、更なる厄事を招いてしまった。


もちろん、いまだ言い訳がかなうのも事実だ。


現在の世界に人はなく、“分家”の連中が大手を振る困った世情。


上辺の平和など、いつ崩れ去るやも知れぬ。


なればこそ、この手で真の平和を築こうと、私は……


「言い訳ですか?」


「言い訳……。 そうでしょうとも」


ふと見ると、そばに美しい姫君の姿があった。


この期に及んでもなお、唇にゆるみをもたせた浮薄ふはくな印象を損なわず。


危殆きたいひんした持ち主を、守ろうともしない。


渾身こんしんの気力でこれを睨みつけたところ、「なにを身勝手な」と、彼女は目を細めて、当てつけがましく言った。


「主はみずか御身おんみを守っておいでではないか。 ならば、あたいが手を貸すまでも無かろうよ?」


意味を知るのに数瞬を要したが、すぐに得心した。


わがふところに仕舞いし楯は、かの岩戸から削り起こした希代の神楯。


拙作ながら、本来の守備力にはいささかの難点もなく、非常に頼もしい。


ただ、使い勝手は決してよろしくない。


今だって、宇彌嬢の猛撃は、当の重楯かさねだてを通過し、赫然かくぜんとして我が身を灼いている。


彼女が差し向ける害意に対し、当方にはわが身可愛さを覚える心積もりなど毛頭ない。


そういった所以ゆえんもあるが、いまは他所から当方に向かうもう一つの悪意に対し、守備力のすべてを回す必要がある所為せいも大きい。


「捨てておしまいよ? らば私も全力で主を助けてあげる」


「それは駄目……」


この施策は、言うなれば最後の砦であり、わが心中に宿るささやかな正気の表れであろうか。


凶行の最中さなかでも、きっと何処どこかでブレーキがくように。


現世に混乱を招いた後も、必ずやり直しがかなうようにと、あらかじめほどこしておいた安全装置。


「主はやはり神であるな? 鬼には成れん」


戯談じょうだんのつもりかと勘繰ったが、そうでは無いらしい。


大きな瞳に多分の憐れみを含んだ姫君は、私の胴体にひたいをうずめ、粛粛しゅくしゅく礼言いやごとを述べた。


“駄目!”


慌てて叫んだつもりが、一向に声を得ない。


当の矮躯わいくを突き離すつもりが、どうしても身体からだの自由が利かない。


わが身可愛さから、姫君かのじょの悪意に全力であらがおうという心掛けは、


「………………」


いな。 これは本当に、こうする必要のある悪意なのか?


少なくとも、チラリと見えた彼女の眼に、当方を害そうという影は無かった。


ならば、私の方にも、そもそも自愛を覚える理由など……


「む!?」


瞬間、姫君の繊手せんしゅに移った神楯は、くろがねの守防を発揮。


足下から噴き上がる黒炎を、赤枯れた空の彼方へそっくりと舞い上げ、なしてみせた。

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