第11話難剣

ともかく引導をくれてやろうと、右の小刀を後ろに引いて、相手の脇腹にまとを定める。


そこに、「まぁ非道ひどい。 そんな事をさるの?」と、横合いから差し出口が及んだ。


見ると、くだんの女がつくねんとたたずんでいる。


口内をいためたものか、唇から細い赤線を引いてはいるものの、炎のほうはしのいだようで、目立った傷はない。


「うちにつかえるってのはそういう事だ。 余所よそが口出す場面じゃねえ」


「その者にとって、あなたは親の仇。 そうですね?」


「なんだと?」


そんな女が妙なことをのたまい、これに若蔵が「お!」と短く応じた。


まったく初耳だ。


雇い主ですら知らないことを、どうしてこの女が知っているのか。


「お前ら、知り合いか?」


「いいえ、名も知りません。 生憎あいにくと」


「じゃあ何で……」


そこで、ハタと思い当たった。


女の片手を埋める一刀が、赤々と光焔こうえんたぎらせている。


天国作刀あまくにさくとう


当方の小刀と同じく、かの爺さんが手掛けた金甌無欠きんおうむけつ戎具じゅうぐのうち、もっとも取り扱いに配慮のいる危険物。


宿す神通は恐らく、先の宇彌の言い分からかんがみるに、他者の人生を改変するとか、そういった感じの滅法な内容だろう。


「てめえだな? 現世ひっくり返したとかいう馬鹿たれ」


「どの口でそんな事をおっしゃるのか……。 えぇ、如何いかにも私ですが?」


「元にもどせ、すぐ。 みんな困ってんだろ?」


「あら、なぜ?」


「あ?」


話の最中にも関わらず、包丁を投げ出した若蔵が、俺の首筋に食らいつこうと、大口をあんぐりと開けた。


これに拳をズドンと打ち込み、ひとまず昏倒させて、鎮静をはかる。


「まぁ非道い! 何たることを」


「もういいよお前。 うるさい」


この女の口振りを聞いていると、無性に腹が立つ。


まるで、こちらに一切合切いっさいがっさいの非があるような。


“あなたは悪党ですよ”と、改めて突きつけられているような気がしてならないのである。


もちろん、今さら己の心底しんていつくろうつもりなど無い。


しかしながら、相手に正義面せいぎづらされるのだけは迷惑だ。


「ちッ!」


「おや? 逃げますか?」


この憤激をすぐにでも当てつけてやれれば良かったのだけど、敵の手中には難物がある。


これを警戒し、すっかり伸びきった若蔵の身体からだを引っ張って、後方へ跳んで逃れる。


続けざまに、当のお荷物を適当な部屋へ放り込み、右の剣線を正して身構える。


「お前さん、正義の味方気取りたいんなら、そんなもんさっさと捨てっちまえよ」


「はい? なぜです?」


まるで気の回らない素振そぶりで、女が目をポチポチとしばたたいた。


説教をくれるのも馬鹿らしいので、先方の疑念は捨て置いたまま、赤々と燃える一刀にのみ、満身の注意を払う。


恐らくは、破格の能才を誇る名剣。


ではあるが、そう易易やすやすと俺の人生行路をいじらせるつもりは無い。


平静の国衆くにしゅうとは違って、当方には並々ならぬ自我がある。


これをくつがえせるものならいだろう。 是非ともそうしてみせろと言わんばかりに、挑発的な目線を振るい、相手の出方をうかがった。

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