第10話小さな反乱

呆然としたのもつか、「なんてことを!」と噛みついてくる宇彌を目線で制す。


こうなる事は百も承知で俺を頼ったのだろうに、まったく往生際が悪い。


「ここに居ろよ」と伝えた後、身辺に炎をすさめ、片手に小刀しょうとうを引っげて、部屋の下手しもてへ向かう。


ドアの跡形を損なった壁面が、大きく口を開けており、所々に残火がぶすぶすと居残っている。


骨まで熔けたか、そうで無ければ残骸に埋もれている最中かと、勤勉な顔つきで女の末路をはかる。


その途中、バタバタとせわしない足取りで、そばに駆け寄ってくる気配があることを知った。


役儀に忠実な陶襠すえまちか、あるいは屋敷内に詰める近臣のうち誰かだろうと当たりをつけるも、何やら様子がおかしい。


「あ?」


程なくして、身体からだにドンと衝撃を覚えた。


視線をそろそろと下げると、思った通り、近頃うちに仕官したばかりの若蔵わかぞうがいた。


たしか調理番の下で、まずは泥濘ぬかるんだ精神を鍛え直してもらっている最中だったか。


「お前それ、本気か?」


「………………」


しかし妙なのは、現状、彼の諸手もろてかたくなに包丁のを取っていること。


その刃部を当方の腹部に押しつけて、その顔をまさしく鬼の形相ぎょうそうに染めていることだった。


「下積み、そんなにキツかったか?」


「………………」


頭内の混乱をひとまず素知らぬ振りで通し、彼の心中をしてやる。


まがうことなき愚か者だが、見所のある奴だと思った。


下剋上げこくじょうなど茶飯さはんの世。 これくらい血の気が多くないと、昼日向ひるひなたも出歩けぬ修羅のちまたである。


もっとも彼の場合は、牙を剥く相手があまりにも悪かった。


本家うち”では下剋上などもってのほか


俺の領分をおかやからは、たとえ昨晩飲み明かした相手であっても容赦しない。


殺気のもった包丁の刃部は、当方の身に触れる間際まぎわに炎でかれ、水飴のように糸を引いてしたたっていた。

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