第2話いらだつ彼女

神世かみよ御中みなか地方は、字のごとくの国の中心部を指す名称である。


当地の西端せいたんには有数の工業地帯が広がっており、言わば豊贍ふせんの根城として、同地の経済政策を長らく支えてきた。


それがピタリと操業を終えたのは、ほんの数年前のこと。


当初こそ、何らかのあおりが地域住民の生活を圧迫するのではないかと心配したが、未だにそれらしい事態は起こっていないと聞く。


もともと区域の狭い土地であるから、大循環の本幹がとどこおったからといって、特に重大な問題が生じることも無いらしい。


何より、住民の大半は神様である訳だから、そもそも人間世界の基準に照らし合わせることなど出来るはずもない。


「まだるつもりかね?」


「あたりき」


神妙な態度でたずねる先方せんぽうに対し、雑な按排あんばいで応じた私は、適当な座所を見繕みつくろい、どっかりとお尻を落とした。


元は工場内に収まっていた重機のようだけども、もはや原型をとどめておらず、何物に用いるものかは定かでない。


何故なぜここまでった? 待てと言ったろうに」


「知りませんよそんなモン。 襲われれば応戦しなくちゃでしょ?」


「ここまでこっぴどくやる必要がどこにある?」


「………………」


「誤魔化すなよ」


世間的にはどうにも味気がなく、冷たい印象を及ぼす工業地帯だけども、夜景の美しさがたびたび取り沙汰されることがある。


黒々とした鉄の棟棟むねむねともる、不夜の明かり。


これを見物に訪れる人々、もとい神々が一定数いるという事で、工場の火が途絶えた今日こんにちでも尚、当の外灯は細々と命脈を保っていた。


「明かりがいた」


「もうそんな時間? ちくしょう……」


ポケットをあさったところ、飴玉が三つほど出てきた。


ささやかな腹ごしらえのつもりで、一つを口に放り込む。


「ん?」


「ん……」


一つを先方に差し出したところ、彼は首を横に振るう仕草で応じた。


「なにを探している?」と、続けざまにそんな事をいてくる。


内心を読まれたとかんぐる前に、別件に対する無性むしょうの怒りから、口内の飴玉を一息に噛みつぶす。


った……」


「何してん? バカだな?」


「あぁ?」


加減を損なったようで、甘味の向こうにい味が広がった。


これを唾棄だきし、手近の金棒をサッと取り上げる。


続けて持ち前の腕っぷしを存分に振るい、辺りに散らばる大小の残骸を、ガツンガツンといでゆく。


「見つかる物も見つからん。 そんな探し方では」と、彼がため息まぎれに差し水をくれた。


「絶対見つける」


「無理だ」


「絶対見つかる」


「無理っってんだろ。 めとけ」


「この……ッ!」


ただでさえ苛立いらだたしい状況だ。 


終いには堪忍袋がぶつりと鳴って、まとを絞った金棒が、獰猛どうもうに立ち働いた。


「あぶね! なにすんだ!?」


これをすんでに防いだ両刃切先もろはぎっさきが、持ち主ともども悲鳴を上げた。


それもつか、巧みに操作された剣線は、当方の八つ当たりを見事にやり過ごし、金棒は独りで地面を打つ羽目はめになった。

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