第13話 女児の性癖を歪めた恐ろしい名作(『じゃりン子チエ』)
先日ふと自作を振り返った結果、やさぐれ気味の少女とカタギではないおっさんが利害の一致で手を結んでいるという関係を異常に好きすぎやしないかと気が付いて愕然とした。パッと思いつくだけでも、自作内でそういう二人を三組は出している。
――ちなみにこの場合、完全に利害の一致のみで手を結び合っていており、それが破綻すればハイそれまでというドライで緊張感のある関係がベストで、慕い慕われな温かく面倒な情が通いあうような「レオン」じみた仲になると萎える(昔はあの映画にときめいたりしたものの大人になればなるほどツラみが発生して苦手になりつつある。そうではあってもナタリー・ポートマンのマチルダだけは恒久文化遺産にでも指定したい)。
それから同時に、やたら治安の悪いところで逞しく生活する女子の物語を好みすぎるなと気が付いた。別にヤクザやマフィアの話が格別に好きだというわけでもないのに、気が付けばそういう人たちが出てくる舞台設定を選んでいる。
カクヨムで小説を書こうとしたきっかけが女児アニメとか児童文庫向け小説とか、あと海外YAみたいなカラフルでキュートでマジカルで楽しい話を書きたかったからなはずなのに、自作は何故気が付けばガサツで血なまぐさいことになりがちなのか……? と、自作を振り返っては悩みがちで、自分の生育歴やら趣味嗜好やらを振り返って思い至った原因がこれだった。
小学生時代に『じゃりン子チエ』読んでたからだ、多分……。
――性癖のゆがみを漫画のせいにするなよって話になりますね、すみません。ていうか正直言いますと、自作のあとがきに書いていたようにじゃりン子すごく好きなんで隙あらば語りまくりたいので、「よーし語りまくってやろう」というテンションになったから語るだけのエッセイです。すみません。ですのでまあ、以下はよくあるオタクの女の人による自ジャンルのプレゼン文とでも思って適当に読んでやってください。
ツッコミをおそれるあまりこのような言い訳を語る段落を挿入してみたけれど、数か月前にヒラメちゃんがイベントで同人誌出す二次漫画がtwitterでバズったり、根気よくさがすと小鉄とジュニアの擬人化絵が見つかったりする現状を鑑みて、世の中には「性癖ゆがめられるのって分かる!」という人が一定数いるのを信じてとにかく語る。
何故ヤングの多いカクヨムでそんな古い漫画を……? と、引かれても語る。何故なら今そういうテンションだから。
とりあえずまず『じゃりン子チエ』ってどういう漫画なのかを雑に説明する。
大阪にある日雇い労働者の街を舞台に、博打とケンカとヤクザをどつくことに目が無い無職の父親・テツに代わってホルモン屋の切り盛りをする小学五年のチエちゃんを主人公が、アウトロー率の高いダメな大人たちがまき起こす騒動にてんやわんやする漫画である。大阪が舞台な漫画らしくコミカルなところは非常にコミカルで特に会話の軽妙さが堪らんのだけど、年齢を重ねないとちょっと分かり辛いしっとりした人情の機微の描き方も絶妙で井上ひさしに高く評価されたりしたらしい。
そんな人間サイドの物語に差しはさまれる形で、チエちゃんに飼われることになった元野良猫の小鉄を主人公にしたヤクザ猫たちの話が挿入されたりしてすすむのがじゃりン子という漫画である。
コミカルな人情喜劇でなんでアウトロー猫……? とポカンとなった方は、とりあえず高畑勲監督で名作の誉れの高い映画版を見ると大体の雰囲気が二時間前後で掴めるので気になった方はそれをご覧になるのが早い。が、私としては単行本の二十巻前後までを読んでいただくことをお勧めしたい。本当にこのあたりまでのクオリティーが神がかかってるので……。
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元々関西産まれ関西育ちなのでじゃりン子には接する機会はもともと多かったのだけれども、母方のおじさんが単行本を持っていたというのが大きかった。
盆や正月にお祖母ちゃんの家に遊びに行くときに勝手に読んでいたのがこの漫画との出会いになる。
先述の通り、一度は好きあった男女が何故に一緒に暮らすようになるまでに複雑な行程を経ねばならぬのかといったような子供には分かり辛い人情の機微のこまやかな所など大人びた箇所は子供の理解の範疇外なわけだけれど、ダメな人間たちが繰り広げるダメなふるまいなどコミカルな場面は子供でもよくわかるので楽しく読める。
そもそも大人相手にも言いたいことははっきり言うし、自分の悪口を言ってくるムカつく同級生男子は下駄とか丸太で殴り返すし、マラソン大会で一位になるくらい足が速くて相撲大会で自分より図体のでかい男子を投げ飛ばすチエちゃんが女児目線だと痛快で格好良いので、大人向きの漫画でも子供でも振り落とされずについていけるのだ。
で、楽しめる所だけ楽しんでいたのが当初の読み方だった。
先述の、アウトロー猫たちが繰り広げる場面も子供でも楽しんで読める場所だった。何せビジュアルが猫だから親しみやすい。
特にチエちゃんに飼われている小鉄と、昔は淀川でブイブイ言わせていたが色々あって西荻の町に流れてきて自分の父親を飼っていたお好み焼き屋の主人に飼われているアントニオジュニアがよくホルモン屋の屋根の上や池のほとりで人間たちをダシにしてトークを繰り広げていたりするのがこの漫画の「毎度おなじみ」なシーンになっている。
そしてこの猫たちの物語に親しんでいるうちに徐々に女児の性癖はゆがめられてゆくのだった……というわけで、以下ちょっとアガり気味の気持ち悪いテンションでお送りする。
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小鉄というのはじゃりン子のビジュアル検索をした時に必ずでてくる、額に三日月のある茶色と白の鉢割れ猫のことである。アニメのエンディングでけん玉を披露していることでもおなじみ。
元々は生まれついての野良猫であり、縁あってチエちゃんの家で飼われることになるという経緯で作品の重要キャラクターになった。作中の台詞や自己認識、他猫の評価からするとどうやら若くはなくておじさんとして円熟味をましてきたお年頃で、あまりリアリズムは要求されない漫画であるため作中では人間に交じって野球をしたり時計を直したり、ちょっとした計算もできる程度に頭がよい。チエちゃんの言うことをよく聞いて、テツが悪事を働こうとすると鉄拳制裁を遠慮なくくらわせたりする作中屈指の強キャラだったりする。
強いキャラなのは当たり前で、若い頃はケンカに明け暮れて過ごし、ある理由で挑戦者にわざと負けるまで無敗無双な時期が続いたような腕っぷしの恐ろしく強い猫さんなのだった。
見知らぬ猫からケンカを売られるような生活に嫌気がさしてホームの大阪からトラックに乗って一人旅の結果たどりついた九州のさびれた炭鉱街で、人間の残したダイナマイトを武器にすさんだ抗争を繰り広げていた猫のヤクザ組織の抗争を一人で片づける。その結果、敵との死闘の末についた額の傷に因んだ異名「月の輪の雷蔵」の名前がヤクザ猫業界に津々浦々に轟いてしまい、「こいつを倒して名をあげてやる」というチャレンジャーがやってきたり、偽物に煩わされたり、本人の意志に反して様々にまつりあげられる伝説的存在なのだった(その原因であるヤクザ猫のすさまじい抗争話が『どらン猫小鉄』のタイトルで一冊の単行本になっている。「用心棒」の設定を使った傑作として、マカロニウェスタンやアウトロー漫画が好きな人からの評価も高いらしいので是非読んでほしいんだけど、なにやら事情があるらしくて復刻も電子書籍化もされていない。悲しい(※1))。
そういう血みどろの過去を持つおじさんが、好感を抱いている善良な人間相手には猫らしく愛嬌ふりまくんですよ。
でもってその辺の血なまぐさい事情を知らない小五の女の子に、他のヤクザ猫がやった悪さを叱られたり、「あんたは時々自分が猫やってことを忘れたりする」ってお説教されたりするんですよ。
酸いも甘いも噛みしめてヤクザ業界で名の通った(そしてそんな過去にうんざりしてる)渋くて格好いいおじさんが、小学生の、女の子に、あしらわれてる……!
くっそ、たまらん……と、まあ、子供なりにそんなような感情がわきあがるわけですね。簡単に言えば萌えってやつですね。
で、この小鉄さんと一緒にいることが多くてほぼほぼバディみたいなことになってるネッカチーフ巻いた虎猫はアントニオジュニア(作中ではジュニアと呼ばれる)という名前の青年猫である。
元々は、小鉄との闘いに敗れたことが原因で死んだ父親の仇を取りに来たという経緯でやってきた若いアウトロー猫なんだけど、その辺の事情はは映画版みれば一発で分かるので省略する。とにかく今は、もともと父親の仇であるおじさんの小鉄といっしょにいることが多いということだけ把握してほしい。
このジュニアさんはまだまだ若いので、ちょっと小生意気だったりお調子者だったりしてふんだんに可愛げがあり、若いせいで血の気も多くて「強さ」に対する憧れがまだ強いのでヤクザ猫のトラブルを招き入れたり、そのくせナイーブなところもあって季節の変わり目に鬱になったりするんですよ。その反面、自分のことを溺愛する飼い主には愛情を抱きつつも尋常じゃない重さを受け止めきれなくて悩んだりするんですよ。
そんな若者(それも自分が間接的に殺した相手の息子)の面倒をみているとにかく狭い業界では名の知れ渡ったおじさんが、恋バナ含む昔の話をねだられて困らされたり、問題行動をおこした時にはびしっと説教したり、気分が鬱めいたときはそれにつきあって時々一緒に旅にでたりするんですよ……!
子供の時には猫二人がいるシーンは単純に可愛いし楽しいなぁ~……ですむわけだけど、一定の年齢が過ぎて二人の間で交わされる会話の内容を深く理解できるようになると、「これは……!」ってならざるを得ませんよ……これは……。ええ……。
これはって何が? という方もいらっしゃることとは思いますが、お察しくださいでお許しください。まあやっぱりこれぞ、ブロマンスってやつじゃないかと……わからないけど。
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ブロマンスかどうかは識者にお任せするとして、この漫画には人間サイドにもこの種の一人が一人に向けた感情の重さとか質に「おうっ⁉」とさせられることがわりと多いのである。
この漫画の準主役であり、ケンカと博打が大好きというてのかかる成人男性で一児の父であるテツというキャラクターの首根っこをおさえられる人物の一人に、花井拳骨という人物がいる。京大出で市井の李白研究家でその業績も高く評価されている人なんだけど、小学校の教員時代に稀代の悪童だったテツに巡り合って以降、六年間担任を受け持ち続けたという人である。その後ずっとテツの人生に関わり続けて、将来結婚する相手の仲をとりもったり結婚式の仲人をつとめている。
息子の渉がチエちゃんの担任になると、親子二代でこの一家が破綻せぬようにサポートしているんだけど、大人になってから読むと「自分の一存でとある児童の担任を六年間受け持つってどういうこと……? しかも二世代に渡り……」とならざるを得ない。
なおそんなテツは世間的に恩師にあたる花井拳骨をとにかく苦手としており、父親への不満を息子の花井渉にぶつけたり、悪だくみに巻き込むついでに天丼を奢らせたりしている様子が度々描かれていた。
この花井渉という人は、学生相撲のチャンピオンだった父親とは違って細身でメガネで怒鳴られると涙目になるような所もあるけれど児童に優しい若い先生というキャラクターで(※2)、そんな人が外見がいかにもヤカラなおっさんと並んだり向かい合っている様子に「なんかよくわからんけどこの二人が一緒にいる場面はいいよな」という気持ちを抱いたりしたものだった。
幼馴染兼親友で今は警官をやってるミツルとか、店の権利をかけて野球の賭け試合をすることになったことからテツにたいして複雑な感情を抱く山師のレイモンド飛田とか、問題行動が多いせいか準主役だからかテツに重ための感情を抱くおっさんは多い。むけられる矢印の数が多いのはおそらくこの人だろう。
そこ以外にも、じゃりン子の人間のヤバいところは多い。
ぱっと出てくるのが、テツの舎弟的なポジションにいるカルメラ兄弟は常に二人一組で行動し(特に弟分が兄貴を慕いすぎている)、元キックボクサーの兄貴分とその弟分からスタートして→チンピラ→カルメラ屋台のおっちゃん→更生してラーメン屋を二人でい一緒に切り盛りし→双子の姉妹とつきあい結婚して同じタイミングで子供を得るというライフストーリーとかもう、どう解釈したらいいのかわからん。
チエちゃんに何かというと悪口を言う嫌味な優等生で級長のマサルにはタカシという腰ぎんちゃくがいて、こいつのマサルへの信望ぶりなんかもとにかくちょっとやばい(※3)。
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――ここまで書いていて、自分にドン引きしているがまああと少し――。
そこで描かれている人間関係の機微といいますか、疑似的な親子や兄弟分などに対する一言では言い表せない感情の重たさやらそこから発生する面白さを理解できるようになったのは、何故か突然なぞのブームがきて全巻読み直した数年前になる。つまり完全になった大人になってからだ。読み返してからそこで描かれている世界にいろいろと焦りまくった(特に猫方面)。
元々青年漫画であるし、大人になってからの方が面白さが理解できる漫画であるのは当然だけど、私が同性のニコイチな関係を描いた作品にえらく弱いのはこの漫画から少なくない影響を受けてるのはまちがいない気がする。おそらく。
じゃあなんで登場人物の八割がほぼおっさんなこの漫画に多大な影響をうけているというわりに、BL方面にいかず女子と女子が各種重たい感情を向けあうような話ばっかり書いてるのか? ということになるわけだけども、まあそうなるにはまた別の流れがあるということで(※4)。
そういことに関しても語りたいテンションになれば、聞きたくなくても語るかと思われる。その時にはまたご迷惑をおかけします。
おまけ:
好きすぎるあまり、本稿を読みづらくする補足情報を注釈の形で用意してみました。
正直ただの萌え語りなんで、気持ち悪さの極みだよ! それでも良かったらおつきあいください。つきあいたくなかったら、米印は無視しておいてください。
(※1)
「用心棒」における仲代達也ポジションのカズヒサなんてこう、擬人化絵待ったなしなクレイジーイケメンなのに……。
西鉄ライオンズの大ファンで野球帽には耳はないという理由から自分や子供たちの耳に鋏を入れて斬り落とすという狂気の父親のもとから逃げ出すも、結局その呪縛から逃れなくて父親への恭順をあらわすために自ら耳を斬り落として帰還するというすさまじい経歴があったり、オーストラリアで習得したブーメランが武器だったり、敵対するヤクザの死体を吊るしてどれが一番早く腐って首から胴体が落ちるかで賭けをするというような危ない猫さんなんですよ。そんなのが、流しの風来坊と戦うんですよ。そういう漫画なんですよ。ちくしょう、みんな読めよ。そして擬人化絵描くんだ……。
どうでもいいけどこの作品のお陰で、昔には西鉄ライオンズっていう球団と稲尾和久っていう名選手がいて、神様仏様稲生様って言い回しがあるんだって学習したよ。
(※2)
本作品の人間の男性キャラで昔から一番好きな人です……。可愛い……。ただひたすらに可愛い……。
眼鏡でワイシャツのネクタイだし、なぜか標準語でしゃべるし、生徒思いだし、優しいし、普段は先生としてふるまってるのにふとしたタイミングで生徒の父兄に等身大の若者って風情で恋愛相談もちかけてるし、テツにたかられてもきつねうどんのおあげは死守するし、ちょとオンチだし、嫁のつわりがうつるし、野球すれば外野フライ捕るためにオーライオーライ言いながら前進するし……。お前は一体なんだよもう。萌えの塊でできてんのかよ。読者をどうするつもりだよ。なのに後半ではあまり出てこなくなる。悲しい。
(※3)
マサルの描き方というか、頭の回転が速くそれなりにカリスマ性や人望もあり、悪口をいうのはチエちゃんの能力を高く評価してることへの現れだったりする、ただの嫌味な級長でない面白い個性というのも大人になってから読んでわかるようになりました。
私の趣味からこの漫画における主に同性から同性への重たい感情を重視したことばっかり語ってますが、男と女の感情の機微に関しても読みごたえある漫画ですよ。ていうか普通はテツとヨシ江はんの関係について語ったりするもんなんだろうな……。
(※4)
なお言いますと、チエちゃんにはヒラメちゃんというアンにとってのダイアナな女の子がおりますので、女子と女子のニコイチ好きもほっと一息つける仕様になっておりました。どんくさいけれど頑張り屋で素直で繊細な感受性を持つヒラメちゃんが、一癖も二癖もあるおっさんたちを癒してファンにしてゆく様子もとりあえずこう、読んでていてたまらんものがあります。
(おまけの※5)
そういえば自作で、やたらとしたたかで頭の回転が速く、自分の利のためには大人相手でもひるまずに堂々立ち回る少女を主人公にすることが多いわけですが、その描き方にはるき悦巳氏の他作品である『ガチャバイ』や『力道山がやってきた』の主人公の少年を頭に置いている所があります。
というかこの作品読んでなければこういうキャラを出そうとは考えなかったでしょうね……。
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