第12話 「全て戦争が悪い」で片づける(『アドルフに告ぐ』)
ブロマンスがテーマのプライベートコンテストが開始されるそうで。
実は、日ごろ女子と女子ばっかり書いてる癖に実は少しだけ興味を持っている。 同性二人による代替のきかない関係性を描いた物語が好きなものでちょっと反応してしまうものがあり、ネタがあればちょっと書いてみたいなぁ……程度の気持ちはあるのだ。ただし今のところネタはない。
所でブロマンス識者に問いたいのは、『アドルフに告ぐ』のアドルフ・カウフマンとアドルフ・カミルはブロマンスに入るのですか? という点についてなのだった。理由は単に、ああいう関係好きだから……。
かつて大親友が、民族、宗教、戦争、時代に翻弄された末に殺しあうラスト――。
そこに至るまでの様々な物語、差別や民族のアイディンティティに纏わるテーマや「世界中の大人が子供に正義を教え続けたらおれみたいな人間が出来上がる」といったアドルフ・カウフマンのモノローグを自分なりに真摯に受け止めつつも、「あの世でパパに謝ってこい」というアドルフ・カミルの台詞のシーンに湧き上がる感情を便利な言葉に託すとエモいってやつになりますね。ていうか思いっきり派手にネタバレしてますね。ごめんなさいね(私は基本的に「ネタバレされたくらいで面白さが減じるような作品は所詮そこまでの作品だろ」論者です。今までのエッセイをお読みになった方ならお分かりの通り、平気でネタバレをかます派です。推理物やストーリーのどんでん返しが重要な作品の場合は流石にちょっと気を遣いますが)。
毎度毎度の雑な説明になるが、『アドルフに告ぐ』というのは、ヒトラーが実はユダヤ人だったかもしれない論を基に、アドルフ・カウフマン、アドルフ・カミル、そしてアドルフ・ヒトラーという三人のアドルフの人生を、日本人新聞記者の峠草平が狂言回しとして語るという内容の大人向け漫画である。
特に第二次大戦時のヨーロッパ史ヲタでなく、ホロコーストもの海外小説を読んでいるだけの身であっても「日独混血の青年がナチスのエリート将校になるのはかなり無理があるんじゃ……(※そのためかどうか分からないがかなり無理のあるエピソードが付与されている)?」となってしまうような所が散見されるも、評価も高くとても読み応えのある漫画である。
ジャンルとしてはただの一般人がひょんなことから極秘機密にかかわってしまったせいで様々な陰謀に巻き込まれる……という、サスペンスとかアクションとかになるんだろうか。
「極地だとか密林だとか謎の遺跡だとかを探検したり人類未踏の地の踏破をめざしてるわけでもない、あらすじを読むとどうやらみんな大好き『機動警察パトレイバー2』っぽい雰囲気のあるポリティカルアクションサスペンスな小説がなんで〝冒険″小説ってことになってるのかとんと解せぬ」と本屋で首を傾げたくなる一群の小説があるけれど、多分ああいった使い方をする時の〝冒険″というジャンルに属すると思われる(この際どさくさに紛れて申し述べておきますと、冒険というからにはイカダつくって太平洋を渡ろうとしたとか、アラスカ探険してヒグマに出会ったとか、高い山に登ったとか、人外魔境で謎の美女に出会ったとかそういうジャンルに限定してほしいものだなとわりと真剣に思っております)。
ミュンヘンオリンピックを取材中だった新聞記者の峠草平のもとにドイツ在留中の弟から妙な電話がかかる。その直後弟は不審死をとげてしまう。怪しんだ峠は弟が殺された理由を調べるが、彼がいた痕跡は秘密警察に徹底的にもみ消されていた。どうやら弟はヒトラーにまつわる極秘情報をつかんでいたたために殺されたようだ――というところからストーリーが始まり、その極秘情報をめぐってナチスやら日本の特高やらにおいかけられまくったりするうちに様々な人間にである峠の物語がこの漫画の縦軸として、横軸が日独混血の少年アドルフ・カウフマンの神戸っ子のユダヤ人少年アドルフ・カミルの友情とその破綻、両親の祖国がそれぞれに国粋主義を強める時代に生れ落ちたが故にどちらにも所属することができない、それ故にナチスの主義に身を寄せるアドルフ・カウフマンの生涯がその横軸として語られる。
峠と、二人のアドルフがこの漫画の主人公ということになるだろうが、やっぱ国家と歴史に翻弄されまくった少年アドルフ・カウフマンが本当の主役ということになるのだろう。
別のエッセイに書いたが、この漫画を初めて読んだのは小学生くらいのころの地元の図書館(か、親戚の家)で、ストーリーも難しくてよくわからないし、エグイエロい怖いなシーンがいっぱい出てくるしで「ヒィ~」とおびえながら読んだわけだが、それでも少年時代から始まる二人のアドルフの所はまだ分かりやすい。
小学生女児の目で見ると、大人しくてひ弱で泣き虫なアドルフ・カウフマンより神戸弁を使いこなすガキ大将気質のユダヤ人少年のアドルフ・カミルの方が圧倒的に魅力的に映る。
厳しい父親の一存でドイツでナチスのエリート教育を受けることになった時は親友のアドルフ・カミルのことを嫌いになりたくないからと家出までした癖に、ドイツで生活するうちにあっさりヒットラーユーゲントになじんではユダヤ人に横柄にふるまうようになるアドルフ・カウフマンより、峠と協力して秘密警察だとか特高だかと立ち向かうアドルフ・カミルの方がやっぱ主人公っぽいよな~、と子供目線ではどこまでも好感度が高い。
その後、大人になったアドルフ・カウフマンはアドルフ・カミルの父を殺したり、初恋の女性をレイプしたりと色々とやらかすので好感度は最悪なところに落ち込む。
本当にコイツ、ヤなヤツだな~……というのが長い間この漫画を読んでいた時のアドルフ・カウフマン観だったのだが、それなのにある一定の年齢になってから読み返すたびに「こいつも哀れよな……」と一気にこの漫画で一番同情を寄せてしまう人物に躍り出てしまうのだった。レイプは許さんが。
特に哀れなのが、アドルフ・カミルとの友情が壊れるきっかけになる少女、エリザに纏わる件になる。レイプはいかんけど。
――前置きが長くなったが、実は今回語りたかったのはこのエリザという少女についでてある。今現在、私にとってはある意味この漫画で一番気になる人、エリザ。彼女についてもろもろ語ってみたい。本当になんなんだ、あの子は。レイプのとこは可哀想だけど……ってさっきからレイプレイプすみませんな。
エリザは、アドルフ・カウフマンがヒットラーユーゲントにいた頃に出会ったユダヤ人富裕層の娘である。中国系の血を引いた美しい少女で、アドルフ・カウフマンは彼女に一目ぼれをする。
が、外出時には黄色い星を身に付けなければならなくなり、街中で差別発言をあびせかけられるようになったユダヤ人の少女とヒットラーユーゲントの少年が表立って一緒に行動するわけにはいかない。ヒットラーユーゲントの一人として上から接するしかないし、エリザもそんな彼に対する敵意を隠そうとしない。
それでもカウフマンなりに彼女に便宜を図ろうとする。地域のユダヤ人が一斉にゲットーへ送られる決定がくだった際には、その情報をエリザにリークしスイスを経由して友人のいる神戸まで逃げろと伝える。
どうしてあなたはナチスなのに私にそこまでしてくれるの? と尋ねるエリザにカウフマンは「君が好きだから……っ」と絞り出すような雰囲気で伝える。エリザもそれを聞いて顔を真っ赤にする。――ここ重要。
そしてカウフマンの手引きでエリザ一家は亡命したのだが、なんじゃかんじゃあって神戸までたどり着けたのはエリザ一人、エリザ一家はゲットーに送られるという展開になる(この辺はこの作品の面白いところの一つでもあるので直接読まれたし)。
さて神戸にて「友人を一人助けてほしい」というカウフマンからの手紙を受け取ったアドルフ・カミルは、見知らぬ土地にやってきた同胞の美しい少女を保護する。二人は当然のように恋に落ちる。まあそうなるわな、という展開である。
数年後、若くしてナチスの青年将校となったカウフマンはある密命を帯びて故郷の神戸に帰る。戦局厳しく華やかでモダンだった神戸の面影はそこにない。
それでも親友のアドルフ・カミルはカウフマンとの再会を抱き合って喜ぶ。民族や主義主張によっても二人の友情は壊れなかった――となるが、それもカミルがエリザと婚約したと聞くまでだった。
え、ちょ、なんで自分らそんな勝手なことしてるん? ――もちろんこんな喋り方ではないが、初恋の人と親友が婚約してるという事実に当然戸惑うカウフマン。
その戸惑いが理解できないのがカミルで、「エリザはユダヤ人で君はナチスや、結婚できるわけあらへんやないか」というような理由でカウフマンをはねのけてしまう。そして再会したエリザもカウフマンには当然よそよそしい。
という理由で、さっきから私がしつこく許さん許さんと言っている展開になって二人の友情が壊れるという展開に至るわけである。
昔はやはりカウフマンの民族主義を極める二つの国を背景をもつ寄る辺なさだとか孤独だとかが理解できないわけで、あーもうコイツほんとに嫌なヤツだな~……しかないわけだが、先に述べた通り、大人になれば見方も変わってくるわけである。
この件で、カウフマンは最愛の母親から勘当を言い渡される。友情も壊れる、初恋の人には拒絶される。そもそも、必死に寄り添おうとしていたナチスドイツはこの段階で既に死に体。カウフマンには根を張る場所がもはやない。
対して、ドイツでは迫害されているユダヤ人のカミルには、神戸の在留ユダヤ人の社会もあり、国民服を着たりして地域の日本人社会とも溶け込んでいる様子がうかがえる。家族もある。婚約者もいる。カウフマンの持っていないものを全て持っている。その上で放たれる、エリザをめぐる「ナチスなのにユダヤ人と結婚するのか?」といった趣旨の台詞はカウフマンをこれ以上なく絶望させるに等しいセリフであるよなあ、としみじみ思う。物語の前半で、主人公に準じる役割を演じていた少年が脇役に退いたセリフにも思えるし、後にイスラエルでパレスチナ難民を殺戮する側に回ることを暗示しているようにも思える。
今考えることは、このセリフを口にした時のカミルに差別する意思があったのかなかったのか、エリザをとられたくないがために放った言葉だったのか、そんなことである。
――で、話がそれたけれどエリザですよ!
このエリザ、ストーリーの中では二人の男の友情を壊す原因として出てきて、そしてそれ以上の役割も特に課せられていないせいなのか、可哀想だけどどうにも魅力の薄いキャラクターとしか思えなかった。
読んでいても、一応カウフマンの気持ちを知っていたくせに「そんなことありましたっけ?」みたいな態度で接するのはいかがなものか? そりゃあナチス相手に気を許すわけにはいかないし、好きになるのは無理だとしてもさあ……と、いう気持ちを抑えるのが難しいのだ。話の展開で、出会った直後のカミルと急速に惹かれあうのも「?」となるし。
読んでいてつい、そんなわけでつい「何この子……?」となり勝ちなキャラクターであるエリザ。でも物語の流れに対して非常に受動的な子ではあるが、作中の行動だけみればかなり能動的な娘なのである。
自分に好意を持ったヒットラーユーゲントのリークをきっかけに遠い異国へ(結果的に)単身亡命するとか、十代の女の子にとってはかなりの意志と勇気を有することであろう。その後、大人になって自分を逃がすきっかけを与えた少年と再会したときに感じた葛藤も小さくなかった筈である。
『アドルフに告ぐ』という漫画の性質上、エリザがその都度なにを考え何を思っていたのかについては語られない。二人の男の友情を壊すきっかけとして出てくる女の子である。
そのせいか、本当に魅力の薄い子だなあ……となる反面、この二人のアドルフと、結果的に一人の少年の好意を搾取する形で生き延びたことに関してエリザが感じたであろう複雑な心境について、ついつい思いを巡らせてしまうのだった。
その辺が、エリザという子には魅力は感じないけれど面白いと思ってしまう所以である。
私は好き好んでこんなファムファタルみたいな存在になったわけじゃないし、生まれ育ったドイツで家族と一緒に普通の女の子として幸せに暮らしたかっただけなのよ! と、心の中で叫んでいたらいいのに、エリザ……。
ともあれ、読み返す度に、戦争さえなかったら、二人の少年と一人の少女の行く末も全く変わっていたことだろうな……と、雑にIfな展開の方へと思いを馳せてしまう漫画なのであった。
つくづく戦争はいけないことだなあと思いました、と、やる気のない小学生の読書感想文風に〆て終わりにしたい。
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