第11話 ほんとうは怖いジャガイモ剥き生活(『大どろぼうホッツェンプロッツ』)
月曜夜に放送しているEテレの番組「グレーテルのかまど」を楽しみに視聴しつづけて数年になる。
概要は、物語に登場する、もしくは著名人が愛したスイーツを瀬戸康史さんと声のみ出演のキムラ緑子さんの掛け合いで紹介しながら実際に作ってみるというもの。海外の児童文学や小説や漫画にでてくる美味しそうな食べ物に憧れたことのある民には堪えられない番組である。
さて、これを書いているのが2018年9月21日金曜日。この週に放送されたのが「大どろぼうホッツェンプロッツのプラムケーキ」だった。先週の予告でこのことを知った時はそりゃあもうテンションがあがりましたさ。何しろ『大どろぼうホッツェンプロッツ』は子供の頃から好きな本だった為。もちろんプラムケーキにも憧れましたとも。
プラムケーキ! 生クリームかけてコーヒーといっしょに食べるやつ! コンスタンティノープルの皇帝より幸せな気持ちになれるあれか! ずっとどんなお菓子なのか知りたかったんだ! 見ないでか!
という心意気でしっかり視聴に及び、「ああこれがプラムケーキか……うまそう」と、すっかり満足したのだった。私は基本的にドイツ菓子が好きである。
ホッツェンプロッツは今のところ三作で完結しており、どのシリーズも一様に飯テロ要素が強い。
ザウワークラウトもこのシリーズで知ったし、第二作で登場する「アイスクリームの味がするカボチャ」なんてものが気になって仕方がなかった。三作目でどろぼうのホッツェンプロッツも野趣あふれる泥棒料理を作ったりしていてこれも美味そうだった。愉快で巧みで要所要所でハラハラさせるストーリーテーリングやエブリデイマジック要素も申し分なく面白いんだけれど、飯テロっぷりが半端ないという所が子供の頃の私がこのシリーズに高評価を下していたところではないかと思われる
数年前、あることがきっかけで久しぶりに読んでみたくなり図書館から借りだして再読したのだった。
やはり面白い、楽しい、飯テロ要素が半端ない……と大人なので若干引いた感じで楽しみつつ読んでいた。が、ある個所で本当にガツーンと殴られる勢いで恐怖をくらわされ震え上がる羽目になった。
この一見愉快痛快で楽しい冒険物語で、プロイスラーはこんな恐ろしいことを書いていたのか……!
と、驚き感じ入ったことなどを以下に書いてみたいと思う。
その前に、『大どろぼうホッツェンプロッツ』のカンタンなあらすじ等。例によってうろ覚えです。
あるところにカスパール(勇気があり非常に利発)とゼッペル(のんびり屋でよく言えばおっとりしている)という仲のいい友達がいた。二人は、カスパールのお祖母さんが作る生クリームを添えたプラムケーキを日曜日に食べることを大変楽しみにしている。しかし、お祖母さんが大切にしているコーヒー引きを森からやってきた大泥棒のホッツェンプロッツが強奪してしまう。ショックでお祖母さんは倒れてしまう。
お祖母さんを元気にしなきゃ、それになによりプラムケーキにはコーヒーがな不可欠……というわけで、カスパールとゼッペルは自分たちでホッツェンプロッツを捕まえるために森へと赴く。
その道中で二人は泥棒の目をくらませるために何か策を打った方がよいと考え、自分たちの衣服を交換しお互いの名前を入れ替える。さて、カスパールがゼッペル、ゼッペルがカスパールと名乗るようにしてから泥棒捕縛に向かう。しかしそこで逆に二人はホッツェンプロッツの仕掛けたわなにかかり囚われてしまうのだった。
二人を捕らえたホッツェンプロッツは、カスパールと名乗っているゼッペルを日々の雑用に従事させる奴隷として手元に置くことを決め、ゼッペルを名乗るカスパールを友人の魔法使い・ペトロジリウスツワッケルマンにやることを決める。この大魔法使はどんな難しい魔法も使えるのに、なぜかジャガイモの皮むきの魔法だけはマスターできない。しかし困ったことにこの魔法使いの大好物はジャガイモ料理で、ジャガイモ料理をたらふく食べる為には自分の手でジャガイモの皮をむかねばならないという業を背負っていた。そのため専任のジャガイモの皮むき係を欲していたのだ。ホッツェンプロッツはそのことを知っており、おあつらえ向きだとゼッペルと名乗っているカスパールを魔法使いの城へつれていくのだった。
そこでゼッペルを名乗るカスパールは、ジャガイモの皮むき係として魔法使いのものとで働くことになる……。
この、ペトロジリウスツワッケルマンという大魔法使いがかなりの曲者、食わせ物なのである。魔法使いの癖にジャガイモの皮がむけないなんて……という愉快な要素に騙されていてはいけない。
ツワッケルマンは長らくジャガイモ皮むき係が欲しかったので、カスパール(ゼッペルを名乗っているが面倒なのでここからはカスパールで統一)にもそれなりにまずまずな労働環境を提供する。わら布団ではあるがベッドと個室を、そして簡素ではあるが食事も与える。魔法使いの会合で留守にする時は、地下の貯蔵庫にあるパンやチーズ、ハム、サラミも好きなように食べてよいとまで言う(余談であるがこの貯蔵庫は飯テロ要素に極端に弱かった子供時分の私には強烈な憧れを喚起させた)。同じころホッツェンプロッツの元で囚われ下働きを課せられていたゼッペルが、重労働を強いられ食事はカビの生えたパン、寝る時は足に鎖をつけられ地下室に転がされていたのに比べたら天国のような環境だ。
しかしカスパールの目的はあくまでもお祖母さんのコーヒー引きを取り戻すことなので、折に触れて脱走を企てる。夜中に窓の外から脱出し、ツワッケルマンの館を取り囲む鉄条網の下をくぐったり、上を乗り越えようとしたり、画策する。が、鉄条網には絶対中にいる人間を逃さない魔法がかけられていて、向こう側にでたと思ったらこちら側にいるといったことを何度も何度も繰り返す。また、ツワッケルマンがカスパールに気づいて火花を散らす魔法で脅し、逃げようなどと考えずに自分の下でジャガイモを剥き続けるように命令するのだった。
外に出ることは許されず、不自由ではあるが、奴隷身分にしてはまあまあ快適な部屋と寝床は与えられている。食事も悪くない。ボスは偉そうで強欲で口は悪いが、こっちに暴力は振るったり粗雑にあつかったりすることは少ない。
ジャガイモの皮さえむいていれば、衣食住は保障されている生活。いいなあ、カスパールのほうが運がいいよなぁと、思慮の足らない子供時代は呑気にこう考えていたな……と思い出したその瞬間、いやいやいやいや! と震え上がったのだ。
今更説明不要な『カイジ』という有名な漫画がある。
直接しっかり読んだことは無いけれど、地下カジノだとか、鉄骨渡りだとか、非常に有名なエピソードくらいは流石になんとなく把握している。
その中に、地下の奴隷身分に落とされたカイジがなんとか地上にはい戻ろうとするようなエピソードがあった筈。
地下の労働で得たオリジナル通貨をためてためて、それを元に地上に戻ってやる……! と最初は強い意志を持ち続けてたカイジだけど、労働に酷使される日々に疲れたある日、ふと缶ビールや焼き鳥とアイテムに心惹かれる。ほんの少し、今日だけ……と魔が差し、ビールと焼き鳥を購入してしまう。
久しぶりの飲むビールも焼き鳥も大層うまいものだった。カイジはその後ちょいちょいそういったアイテムに金を使うことを許してしまうようになりついには当初の目的を忘れてしまいかけ、地下世界に降り立った当初は「あんな連中になるまいと」決意していた生気を失っているように見える地下の住民の一人になってしまいかけていた。
確かそんな内容だった。
ツワッケルマンがカスパールに強いた環境って、まさしくカイジのこれじゃないか……! なにこれエグい……! プロイスラーってばこんなエグいことをさらっとやってたのか……!
という衝撃は、まさしく青天の霹靂というやつだった。
カスパールの方が運いいよなぁ……と考えるような私みたいな惰弱な子供は、一生この魔法使いのもとでジャガイモの皮を剥く羽目になるぞ! そしてこのツワッケルマンというやつはおそらくそういった人間の弱みに通じている奴だぞ。粗暴で悪知恵が働くし下働きの人間を雑にあつかうけども、三作目で更生するようなホッツェンプロッツとは悪党の格がちがう。正真正銘の大悪党だコイツ……!
文字通り、ホッツェンプロッツという物語のイメージがこの時一変したわけだけど、そうするとこのカイジチックな環境から発生する誘惑をふりきって魔法使いのもとから逃げ出し、囚われの親友を助けて、お祖母さんのコーヒー引きを奪還するというカスパールに課せられたミッションの困難さも子供時代に感じていたものより跳ね上がり、そのストレスに吐きそうになるのだった。
私がカスパールだったらまず間違いなく一生ジャガイモの皮剥き係やってる。
そして多分、ツワッケルマンにとらわれたのが頭の中身もそうとうのんびりしているゼッペルの方だったらアイツも絶対死ぬまでジャガイモの皮剥いてる。ホッツェンプロッツで奴隷労働強いられているカスパールは衰弱死し、宝物のコーヒー引きと孫とその友達まで失くしたお祖母さんは失意のうちに亡くなるというバッドエンド必須なことになっている。
それを避けるためにも、カスパールは知恵を働かせ誘惑に打ち勝ち、機をみて魔法使いの館を脱出せねばならないのだった……! エブリデイマジック要素にごまかせられるが、子供に課せられたミッションにしては破格のエグさではないだろうか。
その後、カスパールがどうやって魔法使いの館から出て行くかは直接読んでお楽しみください。
それにしても、人間の心の弱さに熟知してると思わざるを得ない、悪党の魔法使いペトロジリウスツワッケルマンの造形。そしてそこそこのよい環境とともに敵の下で奴隷労働を受け入れるか、過酷な目に遭っている友のために自分が得たこの快適な環境を自分は捨てることができるのか……というシチュエーションに漂う極限状況めいたリアリティ。頭の中の空想だけでは生じえない、なにかしら直接体験したようなものを感じさせる。もしくは身近な誰かが体験したような、何とも言えない生々しさ。
ツワッケルマンの城をかこむ鉄条網というアイテムとセットになり、どうしてもそれは二十世紀ヨーロッパに様々な悲劇をもたらした戦争を想起させずにはいられない。
「グレーテルのかまど」でも触れていたが、プロイスラーは執筆活動に入る前に第二次大戦に従軍経験があり、ロシアで過酷な捕虜生活を五年強いられていたとのこと。
それがホッツェンプロッツの物語に関わているかどうかはわからないけれど、ツワッケルマンという魔法使いにはどうしても「強制労働」「収容所」といった戦争の残滓めいたものの雰囲気を感じてしまうのだった。
そんなわけで、再読しておもわず震え上がったホッツェンプロッツの物語だけど今でも好きなことは変わらない。
先日、遺品のなかから四作目の原稿が発見されたというニュースがもたらされたけれど、翻訳されるのを楽しみにまっている。
蛇足1:
「魔法使いのくせにジャガイモの皮剥きに関する魔法が使えない」というシチュエーションが好きで、自作の中でちょっとだけ引用したりしてます。ある作品で、ヒロインが魔法の使えるある人物の手伝いでジャガイモの皮をむいているシーンがそれにあたります。単に自己満です。
蛇足2:
プロイスラー作品だと『小さい魔女』も好きです。ブロッケン山にワルプルギスの夜というゲルマン系魔女用語もこの作品で知りました。
「千と千尋」の元ネタとして有名な『クラバート』も、書かれる魔法の世界が素敵だったですねえ。巧みなストーリーテーリングの作家というイメージも強いけれど、魅力的な魔法の世界を書く人というイメージも強いです。『クラバート』は大人になってから読んだので子供のように物語に耽溺して読むという楽しみ方が出来なかったのが残念に思います。
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