第8話 「可愛い」だけで何故いけない?(小林深雪さんの小説)
そもそもカクヨムに登録したのは可愛くて楽しい魔女っ子小説が書きたかったからだった。
自分のスペースも、基本的にリリカルでマジカルでファンシーでキュートでちょいスパイシーかつポイジー……みたいな世界観の小説を並べてイオンに入る前の某サブカル本屋みたいな雰囲気を作ってみたかったんだが、一年経ってみるとサブカル本屋というより買い取った中古品を何も考えずにドタッと店内に並べている魔窟めいた街角のリサイクルショップの如き有様に成り果てていた。
うーん、何故にこうなった?
→それはセルフプロデュース能力及び美意識に欠けるから。
そんな風にお手軽に結論を出したところで先へ行く。
とにかく可愛いものが書きたいくせに可愛い成分が著しく欠如しているマイスペース。これは早急に可愛い成分を注入する必要がある。……本エッセイの前の回で取り上げたの稲中だしな……稲中好きだけど残念ながらあんまり可愛くはない……。
というわけで取り上げたいのが、小林深雪さんの著作群である。
□■□
その昔、ティーンズハートという少女小説レーベルがあった。
ピンク色の背表紙、人気漫画家やイラストレーターを起用したポップなデザイン、コピーライター出身の作家・花井愛子のプロデュースによる小粋なラブストーリーを主軸にミステリーやファンタジーなど様々な少女向けエンターテイメント小説を世に送り出し少女小説ブームを巻き起こした少女小説界の風雲児・破竹の勢いで少女読者を獲得し各出版社に少女小説文庫を創刊させまくった驚異の新興勢力、それがティーンズハート(ごめん、適当に盛りました)。
その後のライトノベルへの影響も少なくなく、出身作家には小野不由美、津原泰水、皆川ゆか等錚々たるメンバーも揃っていた。不倫と失踪とサイババで有名になる女流棋士の林葉直子もティーンズハートでちょいエロラブコメミステリー小説書いている人というイメージの方が圧倒的に強かった(なので件の失踪騒動時は「えっ、『とんでもポリス』の人どうしたの?」ってなったものさ……)。
そんなわけである世代の女子への影響力は高かった筈なのだが、メインターゲットが「特に本を読むことが好きでもない女の子」だったせいかライトノベル史を検証する場ではかなり軽んじられる不遇のレーベルでもある。
ライトノベル史から範囲を狭めて少女小説史になると言及される機会はぐんと増えるのだけども、ライトノベル全体に範囲を広めるとものの見事な無視されっぷりである。本当に無視。
……なんでだ、精霊(のようなもの)と普通の高校生がバディとなって各々の目的のために異能バトルを繰り広げるという非常に有名な某ゲームがブームを巻き起こした時にこのジャンルの先行例として『運命のタロット』をあげる人が少なすぎるのはなんでだ? おかしいだろ? まったく、在野のライトノベル研究家ときたら小野不由美ぐらいしか知らんのか、ここの出身作家を……! というこじれにこじれた気持ちが噴き出したりするが、話が進まないのでここまでにする。
王者コバルト文庫を追撃する勢いがあったティーンズハートだが、当時の十代本読み女子の好みがファンタジーやボーイズラブに特化したことや、低年齢層向けになってお姉さん読者が減ったことやなんかで次第に部数が激減し(基本的に「幼稚だ」とみきったレーベルや雑誌には戻ってこない生き物ですから、女子は……)、派生レーベルのホワイトハートを残して休刊したのだった。
前置きが長くなったが、小林深雪はこの末期ティーンズハートの看板作家であった。
作風はごくわずかな例外を除いて十代男女の他愛ないラブコメ・ラブストーリー。読者からのあだ名はみっぴー。好物はロッテのブルーベリーガム。犬派でイメージキャラクターはビーグル犬……なんでこんな著者のこまごましたプルフィールに詳しいのかというと、巻末のあとがきで読者からの質問に答えるラジオのDJ方式を採用されていたためである。
そして牧村久美という漫画家さんとコンビを組んでおられた。小林深雪先生の本といえば牧村先生の可愛いイラストのイメージが勝る人も多いのでは。
同時期のティーンズハートの大看板だった折原みとが今で言う異世界転移系の正統派のファンタジーシリーズ(『アナトゥール星伝』……私は読んでなかったが友達は読んでた)を発表したり、看護学生と難病の彼氏の純愛ラブストーリー(『時の輝き』……ある世代より上の知名度はバカ高いと思う)を発表したり「命とは何か? たった一度しかない人生を悔いなく生きるとはどういうことか?」というような真摯かつ重く普遍的なテーマを盛り込みがちだったのに比べて、小林先生の作風はとにかく軽かった。羽のように軽かった。ヒロインらのすることといったら、好きな男の子のことを思って笑ったり泣いたりすることや、自分磨きばっかりだった。
文字の量も極端に少なかった。いわゆる本の下半分がメモ帳に使えると揶揄された典型的な文体で、30分もあれば十代でも一冊読めた。
軽く他愛もなく可愛らしくてすぐに読めるラブストーリー……、こういうのを一番バカにするのは当の十代女子である。私もそりゃあ、バカにした。アホくさ~と下に見てバカにしながらある時期まで新刊が出ると必ず買っていた。
へっ、現実はこんなにうまくいかねえよ……とヒネた目で読みながら、ある作品でヒロインの愛犬がラブラドールレトリバーという聞いたこともない犬種であることにビビったり(私は飼い犬といえば柴犬か雑種犬という昔の田舎で育っていた)、また別の作品のヒロインがハーゲンダッツのメープルウォルナッツが好きだとあれば街中に行った際に実際に食べてみて美味さに驚いたりしていた。今思えば「そういう都会のおしゃれ可愛い生活文化が可愛くて心惹かれたんだろ? もうちょっと素直になれ」と声を駆けたくなるような影響の受けっぷりである。
そういえばタピオカなる食材がこの世に存在するのも小林先生の本を通じてだった。お菓子作りの得意な女の子が、メロンとタピオカのココナツミルクのデザートを作ったりするんである。タピオカ! 九十年代前半だか中盤だかの中学生がタピオカのデザート! なにそのシャレオツさと文化的偏差値の高さ! その当時私が作れるスイーツなどクッキーが関の山だし、大人になった今現在ですら自らタピオカをどうこうしようという気にならない。そもそもどこに売ってるのかすら分からないし……カルディーか?
ともかくこれがきっかけでタピオカとはキャツサバなる植物の根っ子のデンプンをどうにかしたものという雑学を得たわけである。他にも小林先生の本から得たどうでもよい知識は多かった。ビートルズだとかお菓子の作り方だとかファッションのコツなど。
もともと小林先生は伝説の雑誌『オリーブ』でライターを勤められていたこともあるという経歴を持つ方(だった筈)でシャレオツさと文化的偏差値の高さも今思うと納得するしかない。ストーリー展開を重視した正統派の物語ではなく雑誌的なカタログネタやハウツーネタを仕込まれていたのも、そこに由来にしていたものだっただろう。
そしておそらく、「こんな空白ばっかりでスカスカなお話すぐに読めらあ」とバカにしながらも新刊をマメに買い続けていたのも、田舎育ちなうえにファッション音痴の情弱という三重苦を背負った女子だった私が唯一なんとか接することができた「可愛い」「お洒落」「都会っぽい」の窓口だったからだろう――と今になって冷静に分析している。
分析ついでに、しみじみと「私の十代を併走してくれてありがとうよ」と素直に礼を述べたい気持ちになるのだった。
重ねて言うが、小林先生の本のストーリーは全く他愛なかったし、内容からイラストに至るまで何から何まで「雑貨として可愛い」を優先した本たちだったと思う。ティーンズハートを好意的に評価する批評家の人たちも、小林先生含むこの時期の看板作家には手厳しい気がする。読者である少女達に成長を促す物語を提供できていない、というような文脈で。
そういった意見に対しては、かつての少女読者の一人として「確かに成長を促すような物語ではなかったかもしれないが、それでも何から何まで『可愛い』だけで出来た本があったが私の少女期に彩りを添えてくれたんだからそれで十分だ。そういう本があってくれてよかったのだ」と反論させてほしい。
世の中には見てくれはいいが中身は空気だけというような儚いシャボン玉みたいな本がたくさんあるわけで、ライトノベルなんてその最たるもののように思われがちである。
だからといって、見てくれだけの本が読んだものに何の影響をもたらさないのか。無駄なのか。――そういったことはここ最近頭の片隅に置いてあるように思う。
□■□
ティーンズハート終了後、小林先生は青い鳥文庫やYAレーベルで精力的にご活躍のようである。流石にもう著作をおいかけてはいないけれど、本屋の児童書コーナーに立ち寄った際に本棚や平台に乗った著作を見かけては嬉しくなっている。牧村先生とのコンビが健在なことがしみじみと嬉しい。
ひょっとしたら母娘二代にわたって読んでる方もいたりするんだろうなあ。
……そういえば小林先生の本には、母→娘→孫という三世代ヒロインのシリーズがあるんだよなあ、でもそれらが刊行年次の文化風俗や年代にあわせているために三世代にわたる壮大な物語がすべて九十年代から二千年代初頭に圧縮されているという謎時空が発生してしまってるんだよなあ……流石にあれはどうなんだろう? サザエさん時空より奇妙だよな――と、どうでもいいことに考えが横滑りしていくのでこの章はここで〆る。
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