第7話 六人+一人といえば(『行け! 稲中卓球部』)

 前回で影響を受けた漫画作品として『うる星やつら』について雑に語った。


 が、カクヨム内で影響を受けた漫画としてタイトル名を挙げてしょっちゅう言及している他の漫画作品がある。それが『行け! 稲中卓球部』である。

 2018年現在のアラサーからアラフォーの人には説明不要だと思われるがそれ以降の年代の人にとってはどの程度知名度があるかわからない、とにかく一世を風靡した傑作ギャグ漫画だ。

 内容は、稲中と略される稲豊中学校の卓球部に集う六人の奇矯な男子部員と一人の女子マネージャーが中心となって繰り広げられる思春期ゆえの懊悩や葛藤、性への衝動その他もろもろをベースにした日々を時にペーソスを交えつつ時に深く読むものの心をえぐるものの基本的には愉快な漫画である。なお、思春期の少年少女の生態を反映した非常に露骨でえげつない下ネタが多い。


 今に至るまで漫画は笑えるものが一番好きだ(岡田あーみんを一番楽しみにしていたタイプのりぼんっ子だったといえばある種の人には傾向を掴んでいただけるのではないかと期待する)。笑えるものが好きだという指向は自作にも露骨に表れているように思う。面白いかどうかはともかく、隙あらばコメディーをねじ込みたくなるのはそのせいである。


 笑える漫画が読みたいという一心で読んでいたのでエッジの効いた青春漫画を発表してゆくその後の古谷実作品は読んでないのだが、稲中はとにかくよく読んだ。今でも読みすぎて無駄にネタやセリフを口にしたくなる時があって困る程度に読んだ。「ますだくんのケーキ」の回なんて傑作すぎて、もし「十四歳」というテーマのアンソロジーを編者になれる機会があれば何が何でも入れたいと夢見ているくらいである。


 特に「サメの話しようぜ」の台詞がわかりみがすぎるが故に本当に好きで、リスペクト心から現連載作の重要モチーフにしたくらいだった。

 現連載作は話が進むうちに当初予定した方とは違う方向へ走り出してしまったので、「どこが『サメの話しようぜ』なんだ?」ということになってしまったけれど……。

 なお、「『サメの話しようぜ』って何?」という方もいらっしゃることとは思うが、ギャグ漫画のギャグを説明すると作品の営業妨害になる恐れがある。気になる方はお手数ではあるが直接お読みいただきたい。あのくだりが本当に好きなので先入観なしに直接読んで笑っていただきたい。


「サメの話しようぜ」の台詞もそうだが、中盤あたりから、ちょっと前の言葉で言うところのリア充街道を進める人間とそうでない人間の空転や懊悩が取り上げられることが多くなり、激しく笑わせると同時に強烈なペーソスを感じさせる内容のものが増えてきた覚えがある。

 恋人を作り気の合う友達と過ごすような「普通」の青春を送れる側の人間にどうして自分はなれなかったのだろう……といった類の胸を貫くような哀しみや辛さを扱った内容は、当時かなり先駆的であったのではと思うがその辺の評論的な分析は誰かに任せる。


 今回語りたいのはキャラクター集団芸の描き方についてなのだった。おそらくこの点ですごく影響を受けている。


 そのように分析している根拠は、キャラクターの配置や回し方で一番頭に置いているのは稲中ではないかなと思う時がよくあるためである。

 ボケとツッコミは専任させずに分散させた方がいいとか、スポットをあてるべきキャラクターとそうでないキャラクターでメリハリや奥行きを出すというのはこの漫画でなんとなく学んだように思う。


 稲中のメインメンバーは男子部員六人とマネージャー一人ということになる。以下簡単に説明。


竹田……部長。卓球が一番上手い。常識人だが時々行動がおかしい。幼馴染の岩下とつきあう。

前野……バカで変態。異様な行動力とねじれた思想を持つ実質主人公。作品を引っ張る2トップの一翼。

井沢……あしたのジョーにかぶれたバカ。前野とよくつるむ。前野と並ぶ本作の2トップ。中盤で神谷さんという彼女ができる。

田中……小柄なド変態。非常に危険な人物。この漫画のファンタジスタ枠。

木之下……常識人のイケメンだが体の成長はゆっくり目。モテる。竹田の親友ポジションにいる。あまり目立たないが潤滑油としてなくてはならない良い仕事をしている。

田辺……日米ハーフの少年。性格は温厚だが怒らせると怖い。体臭が非常にきつい。田中の親友。いじられポジションにいてボケもツッコミも可能なわりとオールマイティーなキャラクター。

岩下……ヤンキーな女子マネージャー。部内では女王様然とふるまう基本的にツッコミな女子。竹田とつきあうことになる。



 基本的に、前野と井沢プラス田中の三人が各回を引っ張ることが多い。ツートップの前野と井沢に田中がブーストをかける。これが基本形態だったように思う。

 各メンバーの反応や動きはエピソードによって異なるが、三人が起こす騒動を抑えようとしてかえってことを大きくすることもある竹田、モテモテのイケメンという立場から非モテの三人の立ち位置を強調したり常識をわきまえてることから部員の無軌道ぶりを制したりする木之下(その分動かし辛いキャラクターでもあったらしい)、三人と共に行動して騒動の発端になることもあれば作中で蔑ろにされやすい清い心や良心を発揮することもある反面怒らせたら怖い一面も見せる田辺……というパターンが多かった気がする。

 単行本が手元にない状態でしみじみ思い出されるのは、ボケをベースにツッコミも潤滑油的な役割もなんでもこなせる田辺というキャラクターの優秀さだった。オールラウンダーとはこのことかと思う。

 あと影が薄いけど木之下はいないと成り立たないキャラクターだよな……等。

 田中のような、出るだけで場の注目をかっさらうタイプのキャラクターは有無を言わさず人気を集めるよな……といったこともなんとなく学んだ。たいていのギャグ漫画にはこのタイプがいるし。



 ところでボンクラな男子六人+女子一人って最近何かあったのでは……?

 そうですね、言わずもがなな「おそ松さん」ですね。ちなみに一期は見ていたけれど二期は未見です。


 元々、十四松は稲中だと田中ポジだよなあ、カラ松の使い勝手の良さとナルシスト気味で時々可哀想なところは完全に田辺の系譜だよなあ……というところがボンヤリ気になっていたのだけれど、ある日ふと「どちらも男子六人と女子一人(なんなら神谷さんと橋本にゃーも対比できるぞ)!」と気づいて非常に驚いたのだった。

 その衝撃がわりとデカかったのだけれど、冷静に考えれば「そもそも六つ子の出てくる漫画が原作だし、人物構成が似てるからってだからどうした?」という話にすぎない。

 ……ていうかBSマンガ夜話の稲中回で出演者がこの作品を往年の名作ギャグ漫画に擬えて解説していたのを見て「ああ偉そうな大人は若者の文化をすぐ自分たち世代のカルチャーに引き寄せて理解しようとする……」と強烈にうんざりしていたくせに、自分がそっくり同じことをしていると気づいて穴があったら入りたくなった。


 ──ただまあ、脚本家の方の世代からして読んでても不思議じゃないと思うのだ、稲中……。ルーツの一つにはなるんじゃないかなー、とは思うのだ……。


 稲中では後半まともなキャラとまともでないキャラがはっきり二分されたけれど、松の方ではみんな等しく愛すべきしょうもないキャラクターになり、ツッコミとボケを専任しないスタイルもさらに進んで各々で回し合う仕組みになっていたのが今日的な集団芸の在り方のようにも感じる。


 そんなこんなでたまたま人物構成が被っていたギャグ漫画・アニメの要素から、ここ二十年で変化したコメディーにおけるチームワークの変遷等について考えて見たくなったけども論理立てて考えると大変なことになりそうなので現時点ではボヤ〜っの考えるに留めたいと思う。




 蛇足になるが、私は岩下さんと神谷さんがなんとなく仲良く話していたりするシーンがあると無条件で和んでいたのだった……。好きな二人だった。


 更に蛇足になるが、私は平成版「おそ松くん」に出てきた松井菜桜子声のトト子ちゃんにかなり影響を受けてるなあ……と思う時がある。ああいう開けっぴろげに強欲で暴力的でやりたい放題な女子キャラクターは幼心に衝撃的だった反面、ある種とても痛快だった。自作に登場する悪辣な女子キャラクターのルーツは多分彼女である。

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