第9話 記憶されることも無く(『金欠の高校生がバフェットに「お金持ちになる方法」を学んだら』)

 このエッセイは一応読書エッセイということでやっている。


 が、挙げている本のタイトルに統一感が無く、中には「なんじゃこりゃ?」というものも混ざっているのに戸惑う方も少なくないのではないかと推測している。

 この辺は実はわざとやっている。

 書評でも感想でも無く、とにかく「あれはなんだったのだろう?」という本に接した記憶をメインに語りたくて始めたものであり、統一感と経営戦略のない古本屋の本棚みたいにするのが狙いだった。

 名著でも名作でもない、記憶している人がいるのかいないのかもわからない、またはかつて一世を風靡したにも関わらず今となってはあまり語られなくなった、そんな本たちについて語りたかったのだ……。中島みゆきの「地上の星」の一番歌詞の感覚で。まあ中には普通の名作や好きな本についても語ったものもありますが。


 そんなわけで今回取り上げたい本は、『金欠の高校生がバフェットに「お金持ちになる方法」を学んだら』である。


 タイトルを上げたところで「……なにそれ?」となる方も多いのではないかと思われる。「そんな本あったの?」となる方も。あったのである。


 この本について語る前にはまずベストセラーの『もしドラ』について語らねばならない。ビジネス界の有名人の名前を含むクソ長いタイトルに既視感を覚えた方々の予測通り、この本は(おそらく)『もしドラ』ブームに乗って出版された柳の下の泥鰌本のうち一冊であるからして。


 今となっては、あれこそ一体なんだったんだと遠い目をしたくなる『もしドラ』の大ブーム……。

 実は私は結構早いうちに読んでいた。不労所得を得るにはどうしたらいいのかと怠けたことを考えていてそれまで立ち寄ったことのないビジネス書の新刊コーナーにて、なんだか妙な本があると驚いたのが出会いである。その時は作者がはてなブログの有名人ということは知らず、普通に読んで「女子マネージャーが主体的に動いて野球部を強くするというストーリーには新味があるが、色んな意味でとんでもない本を読んだな」という感想を得たことだけは覚えている。


 本編の内容に関してはもう記憶に薄いが、あとがきのインパクトは強かった。


 忘れがたいのが「スポーツ雑誌『ナンバー』特有の文体が好きで、それを使った小説を書いた。そしてそれを『ナンバー』のノンフィクション新人賞に応募しようと思った」というようなことを仰っていたことである。


 スポーツ雑誌『ナンバー』のノンフィクション記事の文体が好き←わかる。

 その文体で小説を書いてみたい←わかる。

 その小説を『ナンバー』のノンフィクション新人賞に投稿したい←わからない。


 ノンフィクションを募集するというのに何故フィクションを応募するのか……?

 凡人には計り知れぬ発想と言わざるを得ない。

 とりあえずそんな規格外の思考をする人らしい規格にはまらない本であることよなあ、と、今でも『もしドラ』に関してはそのような印象を抱いている(余談だが作者の謎の熱量にやられたのか『エースの系譜』や『もしドラ』続編も読んでしまう。やっぱり本編より作者の規格にはまらない思考が伺えるあとがきの方が格段に面白かった覚えがある)。


 規格外の思考をする人発信でなんやかんやを経たすえに規格外の本ができ、規格外の売れ方をしたのだろう。規格に沿った考え方からは生まれ得ぬ本だったことは確かなのでは無いかと今でも思う。

 というのも、先に挙げたとおり「不労所得を得たい」というフザけた動機から素人向けのライトなビジネス書を見て回り、とりあえず小説仕立てで経済の仕組みを伝えたものを読んでみたのだけど、知識を得る前にストーリーのつまらなさに読んでるうちにイヤになったことがあったからだった。それに比べると『もしドラ』は色々とツッコみ甲斐のある本だったとはいえ、ああいった本よりは刺激的でユニークな一冊であった。そこは評価しておきたい。



 『もしドラ』の話が長くなってしまったのでそろそろ本題の『金欠の高校生がバフェット(略)』の話に入る。


 ストーリーは、金欠で金の亡者の高校生が世界を救う使命を帯びて未来の世界からきた謎の美少女と遭遇し、金融恐慌の起きた各時代を訪れて経済のしくみを学びながら、パラレルワールドの美少女バフェットに出会ったりする話である。

 多少知恵の回る高校生ののび太が美少女ドラえもんと過去を旅して経済の仕組みを学ぶという内容の小説だと、非常にざっくり雑にまとめることも可能かと思われる。


 この本のタイトルで検索した時に現れる表紙画像、そして美少女バフェットというガジェットに「えー……」となる向きも多そうだが、読んでみたら実はかなりきっちりと型を押さえたジュブナイルだったのだった(ちなみに表紙画像の女の子はバフェットではなく主人公と一緒に過去の世界を旅する美少女ドラえもんの方)。


 金融恐慌の起きた各時代に出向いて金儲けを目論むも、のび太的にきっちり失敗して痛い目に遭いながら学んでゆく主人公。

 主人公が高校生にして金の亡者になった原因には行方不明になった父親の影響があり、時空をめぐる冒険のはてに父親と遭遇して和解するといった内容。

 そしてバックトゥザフューチャーな後味のいい結末。

 

 ――簡単に説明しているうちに思いっきりネタバレしていることに気が付いたけれど、ともかく読み心地のいいジュブナイルとして非常によくできた内容だったのだ。美少女ドラえもんともラブコメ的な関係になるもほのかでさわやかな範囲に収まっているし、キワモノ感漂う美少女バフェットも「分岐した過去の世界で美少女になったバフェット」以外の何物でもなく、話を聞いただけに終わっている。せいぜい美少女っぷりに主人公がちょっとドキドキする範囲だったような。


 経済や金融恐慌が起きるしくみやなんかも、経済学方面の知識がほとんどない者にはそれなりにわかりやすくて助かったような……(しかし今ほとんど記憶にのこっていないので学習方面に関しては説得力のないことになってしまった。すみません)。


 時空を旅するボーイミーツガールなジュブナイル、そしてきっちりお勉強の役にたち、ツボを押さえた定番の展開でさわやかな読み心地。今思い出しても、傑作とはいえないものの読み物として一定のレベルをクリアしていた一冊だった。


 ただし悲しいかな、本書は(多分)『もしドラ』の柳の下の泥鰌本であり、数少ないAmazonレビューをから分析しても読者はビジネス本として『もしドラ』を読んだ人が多かった模様。おかげで評価が低い。そりゃビジネス本、ないし『もしドラ』的な「なんだかよくわかんないけど、名著を参考にこうやってああやってそうすりゃなんか知らないけど大成功してみんなハッピーで大感動」というような物語を追体験したかった向きには不評であろうなあ、ジュブナイルだし……。


 そんなわけで、誰も覚えていないどころか、失礼ながらまともに注目されなかった本書ではないかと思うのだけど、「なんか変な本が出てる!」というイロモノ的な動機であっても本書を読んだ一人としては非常に勿体ないなと今でも思うのである。


 内容的に青い鳥文庫とかつばさ文庫やなんかの児童文庫のラインナップに加えても申し分がなかったので、大人向けでなく児童書・YA的な売り方をしてみたら結果が違ったのではないだろうかと勝手に「もしも」を考えては勝手に惜しんでいる。


 日本人はお金のことを子供に教えるのが下手だとよく言われることだし、子供が経済に興味を持つとっかかりとして最適な一冊になっていたかもしれないのにな……。

 というか今からでも遅くないので児童向けに復刊してはどうかと提言してみたい一冊なのである。

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