第6話 あの人が何故苦手なのか(『タッチ』)
※以下のエッセイは単なる与太です。
「なんか酔っ払いがぐちゃぐちゃ言ってるな」程度のテンションでお読みいただくことを推奨いたします。
大元のタイトルどおりうろ覚えで語ってますので、細部に間違いなどがあることと思いますが、広い心で受け止めてやってください。
※あと、前提として原作漫画でもアニメでも「タッチ」のストーリー及び登場人物を把握していないとなんのこっちゃわからない内容となっております。ご了承ください。
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2017年のいつだったか、こんなTweetがバズっていた。
https://mobile.twitter.com/fukazume_taro/status/880571901315121152
『デート中に「何食べたい?」と聞かれて「私、吉野家の牛丼って食べたことないから食べてみたいの!付き合ってくれない?」答える女が一番モテるということで満場一致した、ってツイートが流れてきたんですが、女のセリフのほとばしる浅倉南臭から判断するにその回答をした男性はかなりの童貞力の持ち主』
そんな女がモテるのかモテないのか、その発言主が童貞か非童貞か、そんなことはどうでもよい。
問題にしたいのは『デート中に「何食べたい?」と聞かれて「私、吉野家の牛丼って食べたことないから食べてみたいの!付き合ってくれない?」答える女』をTweet主が浅倉南臭ということばであの国民的ヒロインっぽいと断じていることである。そこに激しい違和感を覚える。
違和感を覚えるといっても「私の好きな南ちゃんを悪く言わないで!」というファン心理のようなものから言ってるのではない。大多数の女の人と同様に、南ちゃんのことは嫌いというか苦手である。
苦手であるからこそ、「あいつはそんなやっすい手をつかう女じゃねえよ!」と言いたい気持ちが大きいのだ。敵であるからこそ甘く見るな、ヤツの能力を見くびると死ぬぞの心境だ。
『デート中に「何食べたい?」と聞かれて「私、吉野家の牛丼って食べたことないから食べてみたいの!付き合ってくれない?」答える女』
こんなチャチな手を使うのはどう考えても新田の妹の方だろう。そして新田の妹がこれを使った時の女性の反応は「好きな人に対してなりふり構わないところが可愛い、憎めない、親しみが持てる」になるはずだ(ディスってるみたいだけど私は新田の妹の方が断然好きである)。
浅倉南が吉野家に初めて行きますぅみたいな顔をするか! 上杉兄弟との付き合いで小学校高学年くらいから土日の昼あたりに時折吉野家の牛丼を食べてた方が自然ではないか。大体あいつがマネージャー時代に野球部員に食わせてたスタミナ料理ってどう考えても牛丼ライクな食いもんだぞ?
なのでどっちかいうと、高級なレストランや懐石の店へ連れていった時と変わらない落ち着いた態度を貫きながら玉子だのコールスローだのなんだのを注文し、「実は野球をやってた幼馴染がいて、昔はよく食べていたんです。久しぶりなんですけど変わらない味ですね」なんて語り、「エッ、綺麗な人なのに案外気さくなんだな」「そうは見えないけど野球好きなのかな、今度試合観戦に誘ってみようかな」と印象づけてゆく手段をとるのがあの人っぽいと個人的には思う。
さらにいうと、新田からの誘いでやむを得なくシャレオツなデートに出かけた数日後、そのことを気にしてる上杉達也と何故か吉野家にゆく流れになり、新田とはもっといいもん食って来たんだろ的なめんどくさい雰囲気をあだち漫画特有のあの間合いで漂わせながら「こんなもんで悪いな」っていう達也の隣で「いいですよー。南はタッちゃんの懐具合を把握してますから」とか言いつつちゃっちゃかネギ多めの小盛りを注文してそうな気がする。
その後しばらく雑談をしたあと、キメゴマで「……でも、タッちゃんと食べる牛丼が南は好きだな」とか言って落とすのが私の考える浅倉南in吉野家の風景である。アニメならあの「マイガール~ふふふふんふ~♪」みたいな挿入歌が流れるよ。まあ全て単なる妄想ですが。
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南ちゃんがお好きな人も嫌いな人も、彼女が高校生離れしたハイスペックな人であることは疑わないだろう。そもそもそういうキャラクターだし。
でもあの人の真のスペックは、美人で成績優秀でスポーツ万能で学園のマドンナなのにそのくせ野球部のマネージャーなんてシャドーワークもこなして高校で新体操始めたらいきなりインターハイまで出場できて……という所にだけあるわけではない。
そこは所詮、ダメな主人公が最終的に獲得するヒロインとしてガンガンに高められている付加価値みたいなもんである。鼻白みはするが「しょせん漫画のキャラクターだし」と鼻白むだけで済む。
真に警戒すべき所、そして漫画のキャラクターであることを忘れて「あんなの現実にいやしねえし!」とムキにさせてしまう所は、あの人の人間関係に余計な波風を立たせないために発揮される政治能力及び社交スキルの高さでないかと思う。
彼女はよく「タッちゃんとカッちゃんのどっちにもいい顔をする。本当はタッちゃんが好きなのにカッちゃんもキープしようとするから気に食わない」と批判される。
でも違うのである。あの関係はどちらかというと、南ちゃんが達也に気があることを薄々察している和也が先んじてことを起こそうとするのであの人はやんわり牽制し、幼馴染の関係を維持しようと続けているだけである。キープというよりいつ限界に達するかわからない緊張状態を互いの和平のためにあえて硬直させているだけである。
和也にしてみればしんどかろうが、南ちゃんにも「それまでどおり仲のいい幼馴染としての穏やかな関係を続けていきたい」という気持ちがあろう。そこを、どっちにもいい顔をするとかキープとか言うのはちょっと酷だと思う。彼女にも彼女なりの立場や思いがあろう。
身も蓋もない言い方をすると、「私が本当に好きなのはタッちゃんなのよ」という空気を出しているにも関わらずそれを読もうとしない(彼の立場としては悠長に読んでいるわけにもいかない)和也のせいで対応に苦慮しているようなものである。
短慮な人間ならそこで行動を起こして三人の関係を徹底的に壊してしまうかもしれない。しかし南ちゃんはそれをしない、笑顔とおちゃめな仕草で和也のプライドを傷つけず、かつ達也に対しては地味なアプローチを続けつつも、三人の関係が破綻しない状況を作って維持につとめており、最終的に和也が暴走するのを抑えて「正々堂々南をかけて戦うことを誓う」みたいなことを宣誓させる所まで運んでいる……。この外交判断、一介の女子高生ができることではない。
つうか自分が南ちゃんの立場だったらストレスフル過ぎてゲロ吐く、こんな状況。
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南ちゃんの政治力と外交判断がすごいと思わされる面をもう一つ。
タッチには西村という名脇役がいる。タッチを物語として純粋に楽しんでいる時は、私は大体彼に感情移入している。
顔は良くない、性格も悪い、「ははーんコイツ噛ませだな」と一目でわかるあだち充漫画の噛ませキャラ特有の造形、そしてその通り噛ませかつコメディーリリーフとして存在し続ける西村……。この物語で主役たちを引き立てるために存在する決して主役になれぬ者という有り様を体現する西村……。
そして、同じライバルキャラの新田とすら明確に差別されてる西村……。まあ漫画としては差をつけなきゃならないわけだけど、とにかくあの漫画の世界にああいうキャラクターとして生まれ落ちてきたことが不憫でたまらない。
不憫であるが故に、新田には感じよくふるまっている南ちゃんが西村相手には一見丁寧にふるまいつつも明らかに壁を隔てて接しているのをみて悲しくなったものだ。
新田に回してやる愛想の三分の一でも西村にも回してやれよ……と、昔はムッとしていたものだけど、しかし今なら分かる。
かわいそうだけど西村は、南ちゃんのようなアイドルポジションの人はもっとも警戒して付き合わなきゃいけない質の人間なのだった。
西村……幼馴染の不美人な女の子への接し方を見ても明らかだけど、異性としてみた場合あまりにもダメ要素が強すぎる。
付き合うと下手すれば心身に取り返しのつかないダメージを負わされる可能性が高いガチなだめんず感が漂い過ぎている。ダメというかもはや危険だ。顔も性格も良くないからイヤ、つきあいたくないとかそういうレベル以前の問題だ。
あいつがもしスマホ持ってたら確実にバカッター行為に走ってるよ! ウェーイな写真あげまくってるよ! もしちょっとでも不用意に南ちゃんが優しくしたら絶対調子こいてグループラインであることないこと自慢しまくってるよ! 勢南野球部では二人は付き合ってることになっちゃってるよ! 反対にちょっとでもつっけんどんに接したら絶対「調子乗んなブス」とか「あいつはビッチだ」系の名誉棄損系の悪口書き込んでるよ! 本当にもうタッチの時代がネットなんて影も形もない80年代で良かったな! ……とちょっと本気で思っている。
とまあこのように、西村に対して熱い風評被害をまき散らしている反動で、いや終盤で幼馴染のマネージャーに対して素直になってるじゃん、根はいいヤツじゃん、そこまで悪いヤツではないじゃんと弁護してやりたい自分もいるけど、でも残念ながら女子に面と向かってブスブス言ったり容姿の優れた子とそうでない子を明確に差別する男子は交際相手として避けた方が無難であろう。
そんな目で見てみると、南ちゃんも身を守るためにも対応を塩っぽくせねばならんよなという気持ちにもなる。分別と良識を弁えていそうな新田と同じような愛想で接するわけにはいくまい。
南ちゃんのすごいところは塩っぽくはあっても、西村に対してデートとにつきあったり最低限愛想よく接している所だ。空気読めずウザがらみしてくるファンとか、普通に考えたらただのストレス源でしかないのに……。並みの女子であったならメンタルやられてもおかしくない。
彼女が国民的ヒロインとして一世を風靡した時代より約十年後、同じようにハイスペックな幼馴染ヒロインとして名を轟かせることになるものの幼馴染と帰ることすら「一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし」で断る藤崎詩織さんとは格が違うと言わざるを得ない。反対に藤崎さんはまだ十代女子として平均的な感性と社交力を持っていると言い換え可能のような(※ラブコメ漫画のトロフィー型ヒロインとギャルゲーの攻略対象キャラクターとしては似たような属性を持っていたとしても役割や演出方法が異なってくるだろ、といったような話になってくると手に負えなくなるので深くつっこまないでやってください)。
南ちゃんが見せた西村への対応、あれは学園のアイドル、新体操界のニューヒロインとしての接客・営業というよりあれは自分の身と名誉を守る防衛戦のようななものだったのかもしれないと思わされる今日この頃である。
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大切な幼馴染ふたりが自分をめぐって争うのを巧妙に回避する、接し方を間違えると致命的なダメージを負いそうな厄介なファンを敬して遠ざける。
今に至るまで満足なコミュニケーション能力が身に付かなかった自分にしてみれば、たかだかが十代でここまで人を捌ける南ちゃんの政治的な駆け引きの巧みさ、社交の能力の高さには畏れいるしかない。漫画は違うが「恐ろしい子……!」って言いながら白目むきたくなる。
私は本気で、南ちゃんの本当に恐ろしい所はここだと思うのだ。
周囲にいる人間の力量と自分との関係を把握し、「それとなく」ふるまって自分の目的が達成されるように動かす。あくまでも「それとなく」。
目上の人にたてつくような愚をおかさず、彼氏や夫、その仕事仲間である男子のメンツをつぶすようなことは口にはしない。実務能力も高い。
怖い。こんな十代女子イヤだ。敵に回したくない。でも味方にいたら相当心強い人材でもある。
私が名家の奥様だったら「うちの息子の嫁にはこういう娘さんがほしいザマス」ぐらいは言いそうだ。南ちゃん心の中ではクソミソに罵っても表面的には一応姑たててくれそうだし。
はっきりいって南ちゃんの能力は、戦国武将の妻とか大奥の御年寄でもやってこそ発揮できるものだ。戦国武将も大奥もない現代では、政治家の妻とか梨園の妻とか相撲部屋の女将あたりをやるべき人材だ。
明石家さんまがよく南ちゃんファンである発言をしている場面をバラエティー番組でみかけるけれど、なんとも言えない説得力がある。師匠クラスになったお笑い芸人の嫁としても最適だろう、あの人。
とにもかくにも、一介の高校の野球部でマネージャーなんぞで収まってる器じゃないのだ。南ちゃんは
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南ちゃんに対して「あんな彼女いたらいいなあ」と無邪気に呟いている人がいる。
その様子を目撃するたびに、何とも言えない気鬱の塊のようなものがどーんとばかりにと頭の上にのしかかってくる気がする。そんな人は私だけではあるまい。
「あんな彼女がいたらいいなあ」に類する発言を聞く時に発生する気鬱の塊が、その言葉を害のない無邪気な呟きであると文字通りに受け止めるのを阻害し、南ちゃんのような能力を持たない凡百な女子としての己を攻撃している……という風に精神へネガティブに働きかける。結果、「あんな女の子現実にいねえし!」という反発と南ちゃんへのヘイトに気持ちが傾く。自分の心を振り返ってみるとこのように感情が働いている気がする。
さてこの気鬱はどこから来るのか?
戦国武将の妻とか大奥の御年寄でもやってるのが相応しい政治と社交と実務の能力を持つ女の子が、野球部マネージャーとしてその辺にいる男子高校生の世話をジャージ姿でかいがいしく焼いている。
幼馴染、野球部のマネージャーという彼女の属性が、ものすごく有能な能力を持っている女の子を「ちょっとした高値の花」、彼女の能力を「ちょっと頑張れば身に付くもの」レベルのものと錯覚させている。
はっきり言って南ちゃんの能力は十代の女子としては規格外のものである。
規格外の能力なのに、「学園のマドンナ」レベルの女の子なら有するレベルの能力として描かれている。
この錯覚が気鬱の正体ではないか。
ものすごく能力が高い女の子が、わりとその辺にゴロゴロしてそうなちょっと頑張れば手の届くヒロインとして描かれていることへの過大広告感と言い換えることも出来るような。
あんな女の子は現実にはいないし! いたとしても野球部のマネージャーなんてしないし、芸能界や政財界でさっさと結果だしてるし! でなければ〇〇夫人と呼ばれる人になってるし! と大人げなくムキになってしまう。
いや、そもそもフィクションのキャラクターだから現実感がなくて当たり前だし、過大広告とか言われてもあだち充も困るだろうに。フィクションと現実はしっかり区別して楽しもうぜ……っていうのは分かっていても、ついつい彼女についてはどうしても本気になってしまうのだった。
それぐらい存在感と魅力のあるキャラクターであることは間違いない人である、浅倉南という女の子は(と、とってつけたようにフォローをする)。
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そういえば「タッチ」の続編漫画が数年前から始まったときいたけど、南ちゃんは出てるんだろうか。
私の中にいる中年の南ちゃんは、ファストファッション系の衣類を身に着けた主婦になり、昔の癖がぬけない「~だゾ」という口調で高校生の息子に話しかけたりするので「うちの母さん寒いわ~」って思われてそうな専業主婦になっている。
でもその息子の友達が遊びに来た時には美味しい手料理(唐揚げとかスタミナ料理な!)を大盤振る舞いするので「天然で優しくて可愛げのある、おもしろいおばさん」として評判がおおむね良好そうな気がする。
ちょっと抜けてる普通のおばちゃんだと思っている母が、家事育児をほぼ完ぺきにこなしながら、わずらわしいPTAなどの仕事もこなし、一部ではカリスマ主婦ブロガーとして小金を稼いでいるすごい逸材であると息子は成人してもしばらく理解することができず、結婚後の新生活になかなか対応できない妻に対して「うちの母さんならこれくらい出来たけど」的な発言をしてしまい夫婦関係に亀裂が入る……というところまで勢い余って考えてしまった。勿論妄想である。
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