終章 オルガン村
11 それから
オルガン村の朝は、
ずっどおおおんっ
という爆発音で始まる。
「おーっ、相変わらずだねえアーマちゃんとこは」
「やっぱこうじゃないと、朝が来た気がしないよな」
この村の感性間違ってるぞ。
「けどよ、アーマちゃんはいつものことだからいーけどよ、あの居候のあんちゃん大丈夫かねえ?」
「……あー、あのあんちゃんもいつまで経っても学習しないよなー」
世間話をしている村人たちの目の前に、
「まぁたやっちゃったですぅ……」
ホコリまみれのアーマが、ガレキの中からごそごそと這い出してきた。
「……どうしてそう、毎朝毎朝爆発するんだっ!!」
アーマのあとから這い出してくる、少年一人。
「諦めなって、あんちゃん。それがアーマちゃんなんだから」
「そーそー。世の中そんなもんなんだって」
「この村、絶対何か間違ってるぞーっ!!」
村人の慰めに、絶叫している。
自分が原因であるにも拘らず、アーマはにっこりと笑って言った。
「あ。おはようございますですぅ、ジェダ様♪」
……フリーダ城での戦いから、早半年近く。
〝帰途についた〟はずのアーマ、ディジー、ユン、ウォルフらの関与が教団にばれると話がややこしくなるので、四人は本当にフリーダを離れた。
その後ゼゼが、「城に行ってみたら、なぜかディルムントがいなくなっちゃっててぇ」とかいう恐ろしい理由で、ロワ神殿にジェダ王子を連れ帰る。
次々とロワに集結してきた教団の高司祭たちの間で、ものすごい議論となったのだが、実際ジェダの身体からも、フリーダ中のどこからもディルムントの気配が感じられない上に、砕けた魔剣〈ディルムント〉という物証もあっては、理由はともかくディルムントが消えたということに関しては認めざるを得なくなった。
フリーダ城での現場検証みたいなものも行われたのだが、もちろんそこは神殿ではないので、ゼゼが
「えー、あたしぃ? 何にもわかんなーい」
の一言で全部片付けたらしい。こういうときは便利だな、外出モード。
しかし、教団側の王子に対する疑念が完全には拭い去れなかったのと、ジェダ本人の希望もあって、フリーダ王国に対しては王子の死亡が告げられた。隠すとなると徹底的に隠せるストーレシア教団、これで恐らく彼の生存がフリーダ側にばれることはないだろう。
そして二月ほど前、巡回神官のユンがオルガン村に、ジェダ・ローなる一人の少年を連れてきたのである。かつてオルト・カレが連れて来られたのと同様に。
「……何をどうやったら、ナタを研ぐだけで爆発するんだーっ!」
「えへ♪ 追尾機能のパワーアップもしてたんですけど♪」
「……え」
青ざめる村人。ジェダもなかなか刺激の強い毎日を送っているようだ。
◇
その日、アーマの家に来客があった。
「はっはっは、調子はいかがですかお父さん」
どんがらがっしゃん
ジェダが椅子から転げ落ちた。
「……そ、その呼び方はやめてくれないか、ユン……」
ユン・シュリ26歳、ジェダ・ロー18歳。
「だってあなたは私のお父さんじゃないですか、はっはっは」
「……面白がってるだろ、お前」
「あ、ばれました?」
もちろん、村人の前などではそんな呼び方はせず「ジェダくん」と言っているのである。どう考えてもワザトだ。
「お前、そういう性格の悪いところまでプライにそっくりだな……」
プライ・シュリ、実はそういう人だったらしい。
「つまり、あなたは性格の悪い女性が好みということで」
「うっ」
ユンのほうが一枚上手だった。さすが年の功。
「あ、お久しぶりですぅユン様♪」
性格がいいのか悪いのかわからないアーマも奥から出てきた。
「どうも。このところ、ゼゼに呼ばれてフリーダに行ってたもので」
「……ああ、あの、人格の変わる高司祭どのか」
ジェダ、自分の息子も二重人格だということは知らないらしい。ジェダの目の前でユンがモンスターに遭遇したことがまだないから。
「そうそう。ゼゼのところに、ウォルフくんから手紙が来てましてねー」
アーマたちと一緒にオルガン村まで戻ってきたウォルフは、割とあっさりとエーレハイルへ帰っていった。ちなみに、ディジーも今はビアズ村で武器屋を再開している。
「ウォルフくん、フォーツクに行っていたそうですよ」
「フォーツクって、キオーさんの言ってた」
アーマの言葉に、ユンがうなずいた。
「そう。アーマさんのおばあさん、リリスさんが亡くなられたところです。別れ間際に、ゼゼが頼んでたんですね。東方地域はストーレシア教団の勢力が弱くて、教団の力では調べきれませんから」
それですぐに、東方へ戻ったらしい。
「辺境の小国フォーツクで、昔いったい何があったのか。
ウォルフくんの調べてくれた結果を、お話ししますね」
「オルト師とリリスさんがエーレハイルを離れたのが、34年前。 オルト師が35、リリスさんが19のときだそうです」
ユンの話に、アーマとジェダが耳を傾けていた。ジェダは27年前のオルトを知っていたし、それにリリスのことも知っているのである。
フリーダでアーマと話していた力、あれはどうやら下位神たるディルムントのものだったらしい。今では何の能力もなかったが、間を取り次いでくれていた存在のことは覚えていた。もちろん、それが何者だったかを知ったのは、全てが済んだ後のことであるが。
「アーマさんのお母さん、ウィニーさんはその翌年生まれたんですね。親子3人で東方諸国を転々としていたらしく、さすがにその間の細かいことはわかりません。ひっそりと暮らしていたようです。……フォーツクという国で、〈メルペル〉狩りが始まるまでは」
「〈メルペル〉狩り?」
ユン、〈メルペル〉や東方諸国に関する予備知識のないジェダに、一通り説明してやったあとで、
「フォーツクの王も、特に詳しい知識を持っていたわけではないんですね。ただ、『全ては一つだったのだから、現世での立場の違いなど大したことではない』というメルペル派の考えを小耳にはさんで、〝王〟という自分の立場を脅かすものだと、怖れたらしいんです。
それで、メルペル派と目された人たちをどんどん逮捕して、処刑する。そうこうするうちに、今度は〈メルペル〉という存在を聞き知る。それがどういう存在なのかはやっぱりよく知らなかったんですが、首謀者格の人間と思ったんですね。だから何としても、これを捕えねばならない。
……メルペル派や、本当は違うのに
そこでユンは、大きくため息をついた。
「……そのとき、名乗り出てきたんだそうですよ。リリス・メイという一人の女性が」
「……自ら、命を投げ出したのか」
ジェダも嘆息する。
「〝カレ〟の名を使わなかったのは、オルト師やウィニーさんに危害が及ばないようにしたんでしょう。
捕らえてみてすぐ、王は彼女が普通の人間とは違うことがわかった。これこそが〈メルペル〉だと確信して、翌日には早くも公開処刑にした。……助ける暇なんてなかったんですよ、オルト師は。彼女が夫にも黙って行動していたのだとしたら、尚更ね。
……それが、29年前のことです。その後すぐ、オルト師は内海を渡ってこちら側に来たんじゃないでしょうか」
「そして、フリーダに来たわけか……」
27年前、フリーダ王国滞在中に、〈剣の王子〉事件が起きたのである。
「今では、フォーツクという国はもうないということです。28年前に、原因不明の落雷と、その後の大火災。それで、何もかも焼けてしまったんですね。最初の雷は、王宮直撃したらしいですよ。
……キオー・ナムならばきっとそのくらいのことはできたろうって、エナ師は言っていたそうです……」
「それよりユン」
重苦しい空気を振り払うように、ジェダが話題を変えた。
「フリーダに行っていたんだろ。国はどうなっていた?」
「……ああ、それなんですが」
ユンが苦笑した。
「私がフリーダに呼ばれた理由は別にありましてね。今のウォルフくんの手紙は、どちらかというとついでなんですよ。
……ハザーどのに、引き合わされちゃいました」
「……ハザーって、ハザー・ベルか? 執政の?」
病床についていた二代目の執政、あのサイア・ベルの父親である。
「彼は、娘の行動がおかしいとは前から薄々感じてたんですね。〈剣の王子〉がフリーダ城に入るとすぐに、ハザーどのとサイア嬢は城から避難してたんですけど、そのあとでとうとう問い詰めたんだそうです。サイア嬢も、さすがに今までやってきたことを白状したらしくて。それで、私のことがハザーどのの耳に入ったんですね。『プライ・シュリが産んだ、王子ジェダ・ローの息子がストーレシア教団にいる』、と」
ハザーは、ジェダやプライとほぼ同じ世代の人間である。27年前当時は宰相の息子として二人に接していたので、二人のことはよく知っている。
「病身を押してロワ神殿にやってきて、私に会うまで帰らないと居座ったそうで。それで、私が急遽呼ばれたわけです。
……私の顔を見るなり、泣かれてしまいましてね。確かにプライどのそっくりだ、プライどのが産んだからには王子の子に間違いないって」
「……それで?」
「『王子に国を返すことはできなかったが、せめて王子の子に返さないことには、わしは死んでも死にきれん』と言われまして……私が承諾しない限り、一生でも私の手を握って離さないんじゃないか、というくらいの勢いで。いやあ、あれには参りましたよ、はっはっは。
……フリーダの人たちは、〈剣の王子〉の帰還を怖れていたかも知れませんが、王子の死を聞いてほっとしたとか、安心したとかじゃないんですよ。みんな、罪悪感を感じているんですね、あなたに」
そう言って、ユンは微笑した。
「……継ぐのか」
「断るに断れない状況でしたしねー」
大したことないことのようにユンは答えた。
「教団からも何のクレームも来ませんしね。ストーレシア教団って、世俗のことに関しては本っ当に〝我関せず〟なんですよ、はっはっは」
おい、本当にそれでいいのか、教団もフリーダも!!
「……それに、お父さんが自分の命を捨ててまで守ろうとした国です。守ってみるのもいいかなと、思いましてね」
「そうか」
ジェダも微笑する。「そのほうが、私も安心だな」
「じゃ、ユン様がフリーダの王様になるですかぁ♪」
アーマがうれしそうに言った。
「そうなりますね」
「あ、じゃあ『ふぁっはっはっは』って笑いながらモンスターに飛び蹴りくらわす王様になるですね♪」
しばしの沈黙。
「……何の話だ、ユン……」
ジェダはちょっと不安になってきたようだ。
「とまあそういうわけですので。私もオルガン村にはもう来られなくなりますし、アーマさんはともかくお父さんはフリーダには近づけないですからね。もう、お会いできなくなると思います」
「……そうだな」
ちょっとしみじみするジェダ。「短い間だったが……」
「で、こんなもの見つけたので持ってきてみました」
おもむろにユンが荷物の中から大きな鏡を出した。
「あ。これって♪」
きぇーっ
目ざとく鏡を見つけたグリーデルが、窓の外から中に飛び込んできた。
「ほぉらグリちゃん、コレとっておいでっ♪」
アーマが、持ち主追尾機能をパワーアップしたナタを投げた。
きぇーっ
いーち、にーい、さーん
「うっぎゃあああああっ!!」
窓の外を、村人が追いかけられていった。どうやらナタが一回転するごとに数を数える機能もついているようだ。
「あいかわらずですねぇ、グリーデルも。はっはっは」
何事もなかったかのように笑っているユンの横で、青ざめているジェダ。まだまだ学習が足りない。
「この鏡、キオーさんの持ってたのですね♪」
「ええ。もう一枚は、今はロワのゼゼのところにあります。どっちかに魔術師がいないと機能させられないらしいんですけど、アーマさんならできるでしょう?」
「やってみるです♪」
現在、鏡には普通にアーマの家の中が映っている。しかししばらくごそごそとアーマが鏡の裏表を調べ、何事か唱えたかと思うと、
「……え? あ、もしかして映ったの?」
聞き覚えのある声が鏡の向こうから聞こえてきた。
「ゼゼ様♪ お久しぶりですぅ」
「きゃーっお久しぶり、アーマちゃん! それに、ジェダさんもっ」
どうやら、鏡を神殿の外に持ち歩いていたらしい。外出モードだ。
「とまあこういうわけですので、お会いできなくはなりますが、ときどき話くらいはできると思いますよ、お父さん。はっはっは」
「……そ、そうだな」
何だかさっきしみじみしたのが無駄だったような気がしてくるジェダだった。
「あ、そーだわユン兄さまぁ」
鏡の向こうのゼゼが、意味ありげに笑った。
「頑張ってね」
「……?」
「それではそろそろ、私は失礼しますね。もう一カ所、行かなければならないところがありますので」
そう言って、ユンが立ち上がった。
「ああ、大した剣腕の持ち主だな、あの女性は。もっとも、気はそれ以上に強そうだが」
ジェダの言葉に、ユンがちょっと意外そうな顔をする。ジェダがにやっと笑った。
「〈剣の王子〉としてフリーダ城で対峙していたとき、あの場にいた人間の感情はだいたいわかってしまったからな」
ささやかに逆襲してみるジェダ。ユンが頭をかいた。
「一つ、大きな問題があるんですよね……フリーダっていう国のことが大嫌いなんですよね、あの人は」
「父親の件か。あれに関しては、正直私もはっきりとした事実関係を知らないから、何も言えないが……。
だが、少なくとも、彼女の中の〝もう一つのこと〟に比べれば、それほどのウェイトはないさ。ま、とりあえず当たって砕けてみるんだな」
「……はいはい。それでは、女性の扱いに慣れた人の言うことに、従うとしますか」
「慣れ……って、別に私は」
「その歳で、こんなに大きな息子を持っといて何を言ってるんですか」
「ちょっと待て、その表現には問題があるぞっ」
ユン・シュリ26歳、ジェダ・ロー18歳。
やっぱり言い負かされたジェダであった。
◇
その日の深夜。
ふぅっふっふっふっ
ビアズ村に、不気味な笑い声が響き渡っていた。
「やっぱりいいわぁ、このキレ味、この輝き……」
焼け跡に再開した武器屋で、ディジーが剣を磨いていた。こいつも相変わらずだな。
しかし。
突如、ふぅっ、と大きなため息をついた。
「どうしたんですディジーさん?」
「うわっ!」
驚いて飛び上がるディジー。一応店は閉めてあったのだが、仮小屋みたいなものだからどこからでも入りようはあるのである。
「びっくりしたぁ……いきなり入ってこないでよ、ユン様」
「一度声はかけたんですが、磨くのに熱中していたみたいなので」
それを言われると返す言葉もない。
「……そーいや、いいの? こんなトコにいて。忙しいんだろ?」
「……何のことです?」
「継ぐんだろ。フリーダ」
ユンが目を見張った。「どうして、知って……」
「ゼゼから速達が来た。昨日」
ディジーが手紙をピラピラさせる。
「サイア・ベルの親父に泣き落としされたんだって? 娘のほうは外国にいるらしいね。ま、もう戻っては来れないだろうけどさ」
「……ゼゼ……何でわざわざ速達まで使って……」
ユンがため息をつく。これで話がややこしくなった。
「……やめるんだろ。巡回神官」
「ええ。神官はやめる必要ないみたいなんですが、少なくとも今みたいにオルガンやビアズには、来られなくなります」
「ふーん、そう」
気まずい沈黙。
「……あのですねディジーさん」
「なに」
「私、フリーダの王様やることになっちゃいましてね」
「それは知ってる」
「で、ものは相談なんですけど。
ディジーさん、王妃様やりませんか?」
「……は?」
ディジーが
「……あ、あのねーユン様。冗談ならもーちっとマシな……」
「マジメに言ってるつもりなんですけどねえ、はっはっは」
そう言ってにこやかに笑う。
「前から言ってるだろ、その笑い方が信用ならないって。何っかダマされてるよーな気がするんだよねー」
渋い口調で返したディジーだったが、やがてふっ、と笑って、
「……でも、ま。一度くらいはダマされてやっても、いいかな」
そしてまた今日も、オルガン村の朝は
ちゅどどどおんっ
という爆発音で始まる。
「えへ♪ またやっちゃいましたぁ」
「だからどうして毎日爆発するんだあーっ!!」
「諦めなってあんちゃん」
「そーそー」
果たしてこの村で、この先ジェダはやっていけるのか?
そもそも、アーマって何考えているのか?
二重人格の王様と刃物マニアの王妃様に治められる国は果たして大丈夫なのか?
ゼゼやウォルフはこのまま大人しく引っ込んでいるのか?
などなど、気になる節は多々あるが、それはまた別のお話。
なお、魔剣〈カモン! 幽体くん1号(仮)〉は、アーマの家の棚にひっそりと飾られて、毎日爆発に巻き込まれているということである。
【完】
まほうのかじや 卯月 @auduki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます