『夢うつつの灯火』

『夢うつつの灯火』・壱

「──おい! 裄芳ゆきよしは居るか!?」

「ん〜? あ、薇守海びしゅみさん」

「おお、ユエ坊久し振り! ところで裄芳は何処どこや!?」

「…………煩い、黙れ、人畜有害物質が」

「言い草が酷いでな、裄芳!?」


古書堂『ナミコシ古書堂』に慌ただしく駆け込んできたのは、新聞記者を自称するフリーライター兼ぼくらの情報源の一つ、薇守海びしゅみ かやだ。

本を片手に珈琲を飲んでいた所を邪魔され、裄芳は冷たい視線を薇守海に向ける。絶対零度よりも低い凍りついた視線だ。静かすぎて逆に怖い。


「で? 何、用が無いなら今すぐ土に還れ」

「用が無いなら来んへんわ! …こほんッ……裄芳、菅野すがのの怪事件、知っとるか?」

「怪事件?」

「かいじけん、ですか?」

「そうそう。菅野で最近妊婦だけが死ぬ怪事件が起きてるんや、だから俺は今回こそスクープする事にしたんや! 今度こそ大スクープをものにするんや! まっとれ怪事件! 今行くさかいにな!」

「ふーん行って勝手に死ね」

「だから裄芳は何で俺にはそんなに冷たいんや!?」


「まぁまぁ」とゆえが裄芳の肩を叩き、宥める。

裄芳がむすっとして本を捲るのを見て呆れたように息を吐き、ゆえは薇守海の方を向き、話の続きを促す。


「それで…菅野の怪事件に取材に行くんですか?」

「もちろん! 行って大スクープ取ってくるさかい、待ってなやユエ坊!」


ゆえの頭をぽんぽんと撫でて薇守海は古書堂を飛び出していった。


「……騒々しい奴…」

「まぁいいんじゃないかなぁ…?」

「……ゆえ、準備しろ」

「行くの?」

「馬鹿野郎に首突っ込まれるよかマシだろう。…怪書の匂いがする」

「あーそれなら、そう、だねー?」


ゆえが頷いて読み掛けていた本をパタリと閉じつつ言う。

それを横目で眺めつつ、俺は思った。


「(…………クソ狐野郎め…)」

「今『クソ狐野郎め』ッて思ったでしょ? 解るよ?」

「げッ……」


俺は口に出してないのにゆえに即座に思った事がバレた。流石長年生き続けてきた古狐──もとい、ゆえじじぃ──である。

……まぁ良い。茶番は終わりだ。そろそろ店を出なければ列車に遅れてしまう。

俺は鞄を取り玄関に向かう。ゆえがその後ろをついてくる。


「怪書だといーねー」


全くだ──そう思いながら俺はゆえと事件現場に向かう足取りと相成った。

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ナミコシ古書堂の怪書碌 壱闇 噤 @Mikuni_Arisuin

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