ナミコシ古書堂の怪書碌

壱闇 噤

『夢』

「『ある時、わたしはぽたりとなみだを零した。

哀しくて、淋しくて…そして何よりも愛おしくて。

わたしは争い続ける彼らを見下ろして、ただ独り雫を零していた。』──か…」


手の内にあるほんをぱたりと閉じる。この本の終わりはその言葉で締めくくられていたからだ。

その音に気付いたゆえ此方こちらを見る。またその手にも──本は握られていた。


「読み終わった、の?」

「あぁ、つい今しがたな。お前は?」

「ぼくはこれから。お客が来るまで読むつもり〜」

「…そうか。……ゆえは、『アイツ』の感情を肯定するのか?」

「ううん。否定も肯定も、しないかな。ぼくは『かれ』の意志を見てたいだけだもの」

「そうか…」


ゆえの言葉を聞きつつ、俺は手元の本を見る。題名タイトルは『シェヘラザードの卵より』。

作者、執筆時代、その他全て不明。あるのは本の内容。ただそれだけだ。

ゆえ』の名を持つ眼の前の少年は言う。


「『かれ』の意志はぼくらの答え、違う? 結愧ゆき

「……確かに、それは変わらないが…」

「ならそれで良いんじゃないかなぁ? 『かれ』はまだ、起きてすらいないんだから。つかの間の平穏を楽しもうよ」


そう言い切って少年ゆえはにこッと無邪気な笑顔で笑った。


「…………そう、だな……。『あの人』が起きるまでの…平穏だ」


ゆえの言葉に無理矢理自分を納得させ、本を机の上に置き立ち上がる。

それに疑問を抱いたのか、ゆえが首を傾げた。


「お客さん?」

「いや……少し、頭を冷まそうかと思ってな」

「じゃあプリンとか食べたいなぁ〜?」

「作んのと買うのと、どっちが良いんだ?」


俺は答えの分かりきった質問を返す。その質問にゆえはにっこりと邪気のない、笑みを浮かべて当然のように答える。


「もちろん手作りで!」

「……はいよ」


いつもながらの答えにはぁ…ッとため息を吐き、少し長い前髪を掻き上げつつ台所に向かう。

そしてまた──…





いつもの日常が終わりを告げる…。

変わりのない一日に俺は眠るようにを閉じた。

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