第2話 依頼其の一、米特殊部隊を撃滅せよ2


「──で、あ──に───よ」

「オレ──へ行く────必──」


 ───どうしてこうなった……



 の意識が現実逃避を始めている一方で、オレ・・の口は絶えず動き続け、目の前に座るマフィアの大幹部とも違和感のない会話を繰り広げている。ちなみに、俺の頭にも内容はちゃんと入ってきているから大丈夫だ。

 どこぞのゲームにあるような、所謂オート機能とでも捉えればいいだろうか? 創り上げた『オレ』という人格を『俺』から切り離し、表層に露わにする。そうすることで『俺』は現実から切り離された空間に隔離され、虚構の空間を揺蕩うことができる。対して『オレ』は、俺が創り上げた人物であり、俺が思う最善の振る舞いを自動でこなしてくれる。まあ、これも俺が今まで培ってきた役者としての経験が生み出した技術の一つだ。



さて、こんな状況になったのはどうしてか、それを説明するにはこの街に来た経緯から遡らなければいけなくなる。

 もう十年近く前になるか、あの原因不明の墜落事故を起こした飛行機からした命からがら這い出て、鬱蒼とした森を何日かサバイバルした後に辿り着いたのがこの街だ。場所はどこか知りもしないが、日本の羽田空港からヨーロッパ行きの飛行機便に乗ったのだから恐らくアジア圏の何処かの国なのだろうと思っていたのだが、街のとある看板を目にした瞬間、思考が飛んだ。そこには、この国の公用語である英語でこう書かれていたのだ


『ようこそ、アトロシャスへ』


 『アトロシャス』。それを聞けば真っ先に連想するのは『犯罪』と言われるほどに治安が酷く、アトロシャス=犯罪という等式が全世界レベルで一般常識となっているほどだ。片耳で噂程度に聞いたことがあるが、まさかそんな物騒極まりない場所に自分が赴くとは思っていなかった。

 だがそう思った瞬間、周囲の俺に対する視線に悪意しか込められていないことに気が付いた。ギラギラと、それでいて舐め回すように俺に向けられる思惑は、金目のものは何処かといった類のそれだ。

 

 冗談じゃない、こんなところで終わってたまるか。


 俺がこの街で生き延びるためにできること。それは舐められない人物を演じることだ。これでも、俺は役者としてはそれなりに才能があると自負している。何人かのプロの俳優にも言われたことがあるからこれは間違いでもない。先ずは一日街の中を散策して様子見に徹する。そしてそこから得た情報から、ここで必要そうな素質を備えた人物像を脳内で描き出し、創り上げた偶像に命を吹き込む。



 そうして出来上がったのが、『オレ』という人物だ。



 冷酷無比にして、容易く引き金を引ける残忍性。そして大胆不敵にに挑む、人を惹きつけ魅せてやまないカリスマ性。それらを併せ持つ、生粋の戦闘狂バトルジャンキー



 配役が決まれば、後は容易い。ただ、演じるだけだ。脚本も、監督も、アシスタントもいない舞台で、誰に助けを乞うこともなくゼロから物語を探り、実際の舞台上から物語を俯瞰し、『オレ』という人物を演じ切り、最後まで生き残らせる生存ルートまで持っていく。ただ、それだけだ。



 与えられた配役ならば、喜んで演じよう。銃で撃たなければならないなら、喜んでその引き金を引こうではないか。その血肉が糧となるなら、喜んで奪い取ろうではないか。



 らなければられる。なら、るしかない。生き残るために他人を殺す。それを自分の意思でなく、配役としてでしか為せないのだから、俺の根底は酷く臆病者なのだろう。

 覚悟を決めたその日、俺は人を殺めた。難癖つけて絡まれた連中に態と連行されるように装い、こちらを格下と認識させ警戒を怠った瞬間を狙って反撃した。胸倉をつかんできた男の下顎を横合いから殴り意識を混濁させ、腰に携えられた拳銃を抜き取り眉間に押し当てる。あとは引き金を引くだけ。誰にでもできる簡単な作業だ。

 生きるために、舐められないように振る舞う。街でそれなりに名が売れて、それなりに敬遠されるようになれば万々歳。街を実質支配する組織ともそこそこに面識を持ち、あくまで一匹狼でやっていければ十分。それだけで、少なくとも大きな火事に首を突っ込んで手痛い火傷を負うこともないだろう。




―――そう、思っていたんだがなぁ……



 

「じゃ、ジョーカー。そういうことでよろしくね」

「ああ、確かに請け負った。先程の宣言通り、依頼を完遂してみせよう」

「……ええ、頼もしいわ。……これが例の品よ。予備はないから、くれぐれも無駄にしないでちょうだい」

「誰にものを言っている」



 目の前のソファから立ち上がりながら送られるのは男を惑わす妖艶な微笑み。しかしこちらを誑かす意思はなく、剰え親しみを込めて手を振って去っていく金髪の美女は、リェシール・ヴェナス・ハルフォート。アトロシャスを裏から牛耳る『ユニオン・コルス』の大幹部。そして……俺のビジネスパートナーだ。



 ……何故だ。もっと、こう、大組織から距離を置いた位置に落ち着くはずだったんだが、どうしてこんな親し気に肩すら並べられそうなポジションにいるんだ。これではすぐそばに特大の火種抱えているようなものじゃないか。俺の自由気ままな安全未来設計が頓挫する未来しか見られない。



―――畜生、俺の安全はどこにいったら保障されるんだよ



「……んで、こっちもこっちでまたとんでもなく厄介そうな案件を持ち込んでくれたもんだ」



 オートを解除して、『オレ』の仮面をつけたまま『俺』へと身体の主導権を移し替える。手に取って見るのは一冊の依頼書の冊子。依頼の出どころを見るべく裏から見ようとして、イギリス首相の押印が目に就いたのでサッと冊子ごと裏返して通常通り表面から目を通す。

 一字一句、裏に隠されているだろう意図を読み解いてみたが、二、三個浮かんでもなんらこれからの行動を変えるまでに至らないものばかり。

 手詰まりか、そう諦めて依頼内容を頭の中で簡潔に纏めてみる


『アメリカの開発した無限機関『ルシフェル』を破壊し、特殊兵装部隊『グレート・ウルフ』を撃滅せよ』




 ふむふむ、なるほど































………俺に、死ねと?






◆◇◆◇






 宛ら軍人の如く統率された動きで静かにオフィスの階段を上る集団がいた。私服に身を包んだ彼らだが、細かなハンドサインと目配せだけで周囲の様子を一瞬にして確認し、流水のごとく止まることのない動きをする様はどこぞの軍人を彷彿させる。リーダーと思われる女性を先頭に、二人の男が追随する。鉄のようにぶれない一本芯を身体に内包している彼らの動きは、彼らが只者ではないことを容易に察せられるだろう。



 リーダーである彼女の名は、リェシール・ヴェナス・ハルフォート。イタリアに拠点を置き、今やその根を世界各国にまで伸ばしているマフィア『ユニオン・コルス』の大幹部だ。金と権力にものを言わせるデスクワーク型でなく、自ら荒事を片付けられる武力と部下を率いる手腕を兼ね備えた実力派。絹糸を思わせる優美な金髪に整った容姿、抜群のプロポーションを持つことから首領の女ではないかという説もまことしやかに囁かれているが、その実態は定かではない。

 その彼女が部下を引き連れて訪れようとしている先は、この街である意味で知らぬ者がいないほどに有名な男が居を構えるオフィスだ。特段変わったことのない、綺麗な外壁・・・・・のこじんまりしたオフィスだ。

 そう、綺麗な外壁・・・・・だ。それだけで、この場所の異常性が窺える。荒事など日常の一コマでしかなく、銃声など一日一発は響くこの街では、どの家屋も少なくともいくらかは銃痕があるはずなのだ。なのにそれがない。それだけ、このオフィスの主は怖れられているのだ。


 ジョーカー


三つ巴の抗争を生き抜き、今尚存在するだけでその威光を知らしめる生きる都市伝説。魔弾を操り、幾百人をも冥府へ導いた死神。

 彼女の組織とも過去に幾度となくぶつかり合い、互いに死地に追い込み追い込まれ、殺意と銃弾と硝煙を浴びせ合った間柄だというのに、今はビジネスパートナーだという事実に笑いすらこみ上げる。



「ハァイ、ジョーカー。あなたに仕事を持ってきてあげたわよ?」

「リェシール……お前がオレのところに来るときに限って、ロクなことになった覚えはないんだがな。この前、オレを内線地帯に送り込んだのはどこの誰だったっけ?」

「ふふふ、まあそんなことは置いといて、その物騒な物は収めてくれないかしら? 私はもう貴方と殺り合うのはごめん被るのだけれど」

「ハッ、どの口が言うんだか。……まあいい。後ろに引き連れている部下も入れよ。茶くらいはだそう」



 ドアを開けた瞬間にこうして銃口を向けられるのは、もはや恒例のお決まりというやつだ。互いに軽い口調で話しているが、警戒心は抜かない。いつ何時敵になるかもしれない相手に、隙を晒すほど両者は愚かではない。今は互いに益があるから関りを持っているだけで、立ちはだかるなら再び銃口を突き付け合う覚悟すらできている。

何か火種が起こればすぐに壊れてしまうほどに脆く、危なげない関係なのだ。



「今日は、あなたにやってもらいたい仕事があって来たの」



 来客用のテーブルを挟んで向かい合って間を置くことなく、そう切り出した彼女の背後から部下の男が持っていたカバンから冊子を取り出しテーブルに置く。その冊子に纏められた今回の依頼書だ。



 その内容は、アメリカが開発した無限機関『ルシフェル』の破壊。並びに特殊兵装部隊『グレート・ウルフ』の撃滅。



 あまりにも荒唐無稽。そう言わざるを得ない内容の依頼を、彼女はあろうことか彼一人に持ってきた。値踏みするような視線が、彼女に向けられる。対面に座る一人の男から発せられる視線が、それだけで彼女に言葉を伝える。



 続きを話せ、と



「アメリカが十数年前に無限機関『ルシフェル』を開発したのは知ってるわね?」

「ああ、当時はかなり話題になったな。オレはまだガキだったが、うろ覚えながらにそう記憶してる」

「そう。それで合ってるわ。そして現在に至るまで、アメリカがその恩恵を自分たちだけで独占しているということも」

「当然、知ってる。そして躍起になった他国が今まで何人も諜報員を送り込んでも成果がなかったということも。それにあいつらは……」

「ええ、そう。各国政府からしてみれば死神の鎌にしか見えない光学兵器があるわ」



 無限機関『ルシフェル』。当時エネルギー問題を解決できる起死回生の一手と目されたそれは、既存のエネルギーに取って代わる新たな代替エネルギーを生み出す代物だった。だが、製造工程は一切不明。各国が情報開示を打診しても『国内における試験稼働中につき情報開示に応じられない』の一点張り。国連での会議も荒れに荒れ、事態は一向に前進しなかった。

 日に日に迫っていくエネルギー資源枯渇のタイムリミット。目の前に打開策があるというのに手をこまねいて見ているしかできない状況に、ついに堪忍袋の緒が切れた国がいた。当時各国から核兵器開発に対する経済制裁を受けていたその国は、各国が手をこまねいている状況を自らが打開することでその後の世界の英雄にならんとし、アメリカに対して核を搭載した弾道ミサイルを何十も発射した。

 各国のメディア放送、地元の役所から発令された緊急速報とサイレンの嵐。元々近くに位置し、度々危険に晒されていた日本の自衛隊が総動員され、迎撃ミサイル『PAC-3』が緊急発進スクランブル。各地に配置され、うち何発が発射されるも全てを撃ち落とすにはあまりにも時間が遅すぎた。どうするべきか、日本政府が成す術なくなったその時、一条の光が空を、雲を割き、高度1000kmに向かって伸びあがっていくミサイルを全て撃ち落とした。

 政府関係者の誰もが唖然とする中、ネットやテレビではこの事象にたいして大いに盛り上がった。やれ『ついにレーザー兵器が開発された』、『二次オタにとっての天国ヘヴンの幕開けだ』などと好き勝手騒がれていたものだ。

だが、ことはそんな楽観的なものではなかった。何せ発射された地点がアメリカ・・・・という時点で勘の良い者はすぐさまアメリカが無限機関の情報を隠匿した理由を察したはずだ。


 光速で飛来する殺戮光線兵器を、軍事大国アメリカだけが有する


 ことの大きさをその身で感じた各国政府は見事なまでの掌返しを披露し、アメリカへの言及を取りやめ。細々と諜報員を送りながらも、別のエネルギー開発の方に舵を切ったのだった。



「で、その状況でオレにこの依頼を出してくるってことは……」

「ええ、ようやく見つけたらしいわ。アメリカが開発したエネルギーと、それを打ち消す最凶の対抗策を。……これよ」



 スッと彼女の後ろに控えていた男が前に出て、アタッシュケースの中身を見せる。ケースに収められていたのは彼が使うストレイヤーヴォイトと同じ9×21mm、IMI弾。軍事用に使われる9×19mm、パラベラム弾をモデルに作られた銃弾だ。だがそれには金属の持つ金属光沢一色ではなく、薬莢は黒く、そして弾頭はシルバーメッキが施されているかのように日の光を反射して煌めいていた。



アメリカ彼 らが使う未知のエネルギーを『X』と呼称して、それを打ち消すことに特化した物質『アンチ-X』。それをふんだんに混ぜ込み、『X』を打ち消すためだけに開発された弾『アンチ-X弾』。通称『A-X弾』。弾を所持しているだけで、一定範囲内に光学兵器にのみ効く斥力磁場を形成してくれるらしいわ。お抱えの『グレート・ウルフ』は試作兵器を扱う部隊だから兵装はすべて光学兵器。つまりそれを使ってくる限り、あなたは無敵になれる」

「そしてアメリカを除いた各国首脳が集う秘密裏の会議では既にアメリカと同種の無限機関を各国で同時に運用する上での協定も、最後の微調整を終えてあとは調印式を迎えるだけになっているわ」

「で、これを扱うのがオレになったのはどこの組織にも属さず、まして国に加担すらしていないから。奴らは直接的には手を出さず、万が一失敗した際の責任はすべてオレに擦り付けて自分たちは素知らぬふりができるから、と」

「……へぇ」



 サラリと、各国政府の思惑を看破してみせた彼に目を細め、小さな称賛を送る。たったこれだけで、相手の思惑などお見通しというわけだ。

 彼の圧倒的な個の力を高めているのは、その武力だけでない。真に恐ろしいのは、読心術とも取れる類稀なる洞察力と、そこから生まれる未来視に近い未来予測だ。こちらの手の内を隠しているというのに、何事もないかのように尽くを見抜き、封殺する。盤上で動かしているつもりが、逆にこちらが動かされているなんてこともあった。

 欲しい、と彼女が何度思ったことか。彼の気を引くものをチラつかせても、彼は靡かない。ちょっと小悪魔染みたハニートラップを彼女自ら行っても、その都度彼には断られている。しかし、それでも彼女は諦めない。それほどまでに、彼は魅力的に過ぎた。



 カチ、カチ、と時計が時を刻む音だけが場に流れる。一分か、はたまた十分か。目の前に座り顔を伏せ蹲る男の肩が、小刻みに震えだす。恐怖か、緊張か。

 否、そんなものではない。もっと禍々しく、得体の知れない、底知れぬ狂気の発露に他ならない



「ク、ククク…クハッ……ハハハハ…アッハッハッハッハ!!!」



 ガバッと表をあげた男の顔に浮かぶのは、隠し切れない喜悦の色。まだ見ぬ興奮に誘われてか、口角をこれでもかと吊り上げ声高らかにして笑う、嗤う、哂う。

 心底愉しそうな男を目にし、彼女もつられて口角を上げる。嗚呼、そうだろうとも。そうであろうとも。お前という男は、どこまでいっても戦闘狂そ うなのだから。



「ハ、ハハッ! オレの行動一つで、世界が動くだと?! ああ、嗚呼、最ッ高だなァそれは! これは滾らずにはいられない!これは狂笑わらわずにはいられない! 何だ、お前はオレを哂い殺したいのかッ!!クククク、ハッハッハッハ!!!」



 底抜けな哂いはいっそ禍々しく清々しく、それでいて戦慄を走らせる気持ちがいいほどのものだった。

 膠着状態に落ち着いたせいか、この街での大規模な戦闘など皆無。その間に溜め込んだ鬱憤は募りに募り、内包するどす黒く渦巻いている狂気をより一層熟成させるに至った。紛争地帯に放り込んでみたものの、それは彼のにとってガス抜きにもならなかったようだ。いるのは戦略の『せ』の字も知らぬ有象無象ばかり。ただ銃さえ撃っていればそれでいいと思っているだけの連中ばかりだ。そんな相手が、まともに彼を相手どれるはずもない。期待していた分、余計にフラストレーションを溜める結果となってしまった。だが、今その彼の前にあるのは、極上の獲物

 挑むは世界最強の軍事国家アメリカが誇る特殊部隊。最新式の兵装に、効率的な殺人に特化した正真正銘のプロフェッショナル。相手にとって不足無し、その遠き喉元に、この弾丸を届かせてみせようではないか!



「ハハハッ……、いいぜ、その依頼請け負った。誰にも文句すら言わせない、これ以上なく鮮烈に、やつらの喉元を食い散らかしてやろう」



 得物を得た狩人のように、その喜悦に富んだ顔は狂気を帯び、どこまでも獰猛に嗤う。底知れぬ狂気の渦を垣間見せ、戦慄迸る最凶の鬼札(ジョーカー)は、その災厄の切符を手に取った。



 これから起こるは、後にも先にも最初で最後の単騎での米研究所強襲事件。全米を震撼させ、混乱の狂地に叩き伏せたとある男の、物語が動き出した瞬間である。



 これから何が彼を待ち受けるのか、それは神のみぞ知る

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外面大悪党は今日も戦火に這い寄られる 時偶 寄道 @watasontius

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